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33 ルシアーノとヴァレル


 ヴァレルは、半分以上勘に任せて、防御の剣をかざす。ルシアーノは、それを嘲笑うかのように、ヴァレルの剣をかわし、身体を切り裂いていった――。


――なるほど。ホント、興味深いね。


 精魂技術によって防護壁を張ることもできたが、ヴァレルは敢えてしなかった。その程度で防ぎ切れるとは思わないし、力は有限なのだ。マナを分散させてしまったら、見えるものも見えなくなる。


 クレイ船長と戦ったときは、何をされたのか解らなかったが――あのときと比べれば、少しは感じることができる。


 全身のマナを視覚に集中させて、ルシアーノの動きを見極めようとした。銀色の柄の剣から、赤い光が消失する――。


 このときヴァレルは、仄かな光が見えた気がした。反射神経と意識を総動員して、剣を反応させると――激しい金属音が鳴り響く。


 光を失って鋼を剥き出しにした剣は、ルシアーノの曲刀を受け止めていた。マナの力を借りずに防ぐことができたのは、驚愕したルシアーノが剣を止めたからだ。


「――ほら。できたじゃないか」


 ヴァレルは不敵に笑うが、今は、これが限界だった。二人の間を隔てる圧倒的な実力差は、ほんの少しだけ埋まったに過ぎない。

 ルシアーノは一瞬の躊躇から醒めると、微かに笑った。鈍色の目が、感情のない冷たい光を放つ。


「判った。褒めてやろう」


 刹那、視覚で捉えられない動きで、ヴァレルの剣を払った。そして、ヴァレルが剣を戻す時間を与えずに首を狙う――この瞬間。ルシアーノの視界を、目映い光が覆った。


「――チッ!」


 咄嗟に焦点を反らすが、視界が霞む。ルシアーノは、聴覚と気配に意識を切り替えながら、斜め後方に跳んだ。しかし、相手は、ルシアーノが避けるのを待っていた――魔力を帯びた金色の雷光が、顔面に直撃する。


――今しか、ないだろ?


 最初の光に背を向けていたせいで、ヴァレルの視界は、ほとんど影響を受けていない。目の前には、光に視界を焼かれたキサラが、数メートル前方には、顔面を押さえるルシアーノがいる――ヴァレルは迷わなかった。


 キサラの脇を擦り抜けて、ルシアーノとの距離を詰める。全身から振り絞るようにしてマナを集中すると、銀色の柄の剣は、深紅の光に包まれた。小さく呻き声を上げるルシアーノを目掛けて、渾身の一撃を叩き込もうと剣を振りかぶる。


「ヴァレル、駄目――」


 声だけで、ヘルガだと判った。しかし、ヴァレルが言葉に反応する時間を、ルシアーノは与えなかった。

 両目を閉じたままのルシアーノの顔が、ヴァレルの正面に迫る――ルシアーノは聴覚と気配だけで、ヴァレルの動きを完璧に把握していた。


「わざわざ、殺されに来るとはな――」


 ルシアーノの曲刀は見えない速度になり、ヴァレルに襲い掛かる。


※ ※ ※ ※


 十分ほど時間を遡る――


 『不死者の宴』の一階奥。オーケストラのステージがあるフロア。


 ヴァレルが退室した後、入口の扉は、すぐに閉じられた。密室になったフロアでは、アスカ・アララギ少佐が、数人の黒服を集めて、何か指示をしている。扉の向こうから、喧騒とともに、金属がぶつかる音が聞こえていた。


――こんなことをしている場合じゃないわ!


 ヘルガは、焦燥感を感じる。ヴァレルが強引に脱出したおかげで、とても自分まで外に出られる状況ではなくなった。しかし、このまま安穏と待っていられる場合ではない。ヴァレルが何を考えているのか――ヘルガには手に取るように判った。武装集団の来襲という絶好の機会を、見逃すはずはないのだ。


――どうなっても、ヴァレルの自業自得じゃない。もう、勝手にやれば良いのよ!


 苛立ちと同時に、悔しさを覚える。自分がヴァレルを放っておけないことも、ヘルガには良く判っていた。


 黒服との話が終わったようで、アスカは彼らを扉の前に残して、一人でフロアの中央にまで進み出る。フロアに残っている客は、百五十人ほどだ。アスカは客たちを見渡すと、良く通る声で告げた。


「善良な客人方には申し訳ないが――この中にも襲撃犯が紛れ込んでいると、私は疑っている」


 騒めく客たち。アスカは唐突に、黒い鞘から剣を引き抜いた。先端だけが緩やかにカーブする長剣――アスカが剣をかざすと、漆黒の中枢結晶体から、蒼白い炎のような光が噴き出す。客たちは威圧され、或いは魅了されて、押し黙った。


 当然の反応だと、アスカは気に止める様子もない。凛とした表情で、言葉を続けた。


「襲撃犯に告げる――貴様たちの好きして構わない」


 ほとんどの客が、耳を疑っただろう。再び騒めきが広がるのを、青みを帯びた黒い瞳が制する。


「何も心配することはない。襲撃犯が行動を起こしたときは――客人方に危害が及ぶ前に、私が始末しよう」


 アスカの言葉を鵜呑みにする客など、皆無だった。不安に襲われた人々は、混乱して騒めき、互いを疑い合う――このとき、アスカが蒼い光を放った。


 剣の先端から放たれた蒼いマナの炎は、光線のように細く伸びて、フロアを直線に横切る。一瞬で部屋の奥まで到達すると、テーブルの傍に立つ男の額に命中した。炎は額を突き破って、後頭部を貫通した後に、空中で四散する。


 血塗れの顔に虚ろな目。膝を折って崩れ落ちる男。客たちが騒然と見守る中で、懐に差し込んだ男の右手から、小型のマスケット銃が転がり落ちる――銃の撃鉄は、起こされていた。


「仮に、その男が恐怖心から銃を抜いた客人であったとしても、私が躊躇う理由にはならない――」


 アスカは毅然とした態度で、周囲の客たちを見据える。


「武器を抜いた以上は、己が死ぬ可能性を受け入れることだ。我々が手にする鉄の固まりは、相手の命を一瞬で奪う。お互いが同じ条件、フェアな殺し合いなのだ。ここには、加害者も被害者も、存在しない――だから、私の反撃を恐れるのであれば、今すぐに武器を捨てることを御勧めする」


 客たちは息を呑むと、慌てて武器を投げ捨てた。武器の持ち込みが自由なクランベルクの客は、大半が武装していたようで、フロアの床は、たちまち剣と銃で溢れる。


 ヘルガの青い目は、横たわる死体をまじまじと見つめていた。


――本当に、殺す必要があったの?


男を止めるだけなら、他にも方法があった。少なくとも、アスカの実力ならば、武器だけを壊すという選択肢もあったはずだ。


アスカは平然とした顔で、今も周りの人間を挑発している。襲撃犯を炙り出して、皆殺しにするつもりなのか――そんなやり方は、ヘルガには受け入れられなかった。


――ヴァレル……悪いけど、まだ、そっちには行けないわ。


 ヘルガは心の中で謝る。


――人の命は、そんなに軽くない。襲撃犯は、私のやり方で止めてみせる!


 フロアの奥に向かって歩き出そうとしたとき、耳元で声がした。


「子供の感傷などで、邪魔をするな」


 聞き覚えがある声――アスカだ。ヘルガは咄嗟に視線を戻すが、アスカは先ほどと変わらぬ場所にいた。


――告知ノーティスの能力――やっぱり、あの人も、知覚系技術の使い手なのね。


 予測していたことではある。アスカは男の殺意に気づいたのは、あまりにも早過ぎた。おそらく、知覚系技術で聴覚を研ぎ澄ましていたから、男が撃鉄を上げる音に気づいたのだろう。


 アスカは印を結ぶことも、詠唱した様子もなく、簡単に能力を発動させた。言錬技術の使い手としても、相当な実力者なのは間違いない。


――それだけの力があるのに。どうして、命を救うために使わないの……。


 アスカの肩越しに見える、青みを帯びた漆黒の目は、強かに煌めいていた。


――あの人は、邪魔をするなって、言ったわよね?


 先ほどのアスカの言葉を思い出す。彼女は、何かを仕掛けようとしているのだ。

 だったら――見極めなければならない。


「――そろそろ、良いだろう」


 アスカが再び、客たちに向けて話を始める。


「これから、全員の所持品を確認させて貰う。私の警告を無視すれば、どうなるか――身を持って、理解して頂こう」


 あからさまな挑発の言葉に、再び騒めきが起きた。



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