20 双子の兄妹喧嘩
「そんなに、珍しいモンでもないだろう? ジェノベスタの王宮親衛隊のところに、何台かあったぜ」
海軍提督の嫡男であり、自身も士官候補生であるヴァレルは、王都にある軍の施設なら大半は訪れたことがあった。数年前にヴァレルが見たのは、クランベルクから鳴り物入りで導入された初期型の車輪馬だった。
ジェノベスタ王国だけではなく、陸走船の航路上に並ぶ国々は、クランベルクと通商協定を結んでいる。マナ・テクノロジーの産物である数々の発明品は非常に高価ではあったが、王侯貴族などの富裕層にとっては、魅力的な商品だった。
「うるさいわね。あんただって、たまたま見たことがあるってだけでしょ?」
「いや、それだけじゃ―――」
言い掛けて、ヴァレルは途中で止める。自分が起こした昔の事件を、危うく暴露するところだった。
ヘルガが疑わしそうな顔で見ている。
「はあ? あんたは、また私の知らないところで、何かやらかしたの?」
「別に、何もしてないって。それより、急ごうぜ。今日は、スケジュールが詰まっているんだからさ」
二人が馬車に近づくと、御者が一礼した。
「クランベルクへようこそ」
サラサラした栗色の髪と、少し大きめの琥珀色の目。年齢は二十歳くらいだろうか。襟のあるシャツと朱色のアスコットタイ、黒いパンツにロングブーツ。御者の格好はしていたが、雰囲気は大学生という感じたった。
「さあ、荷物をこちらに」
華奢な体つきの割に力があるようで、御者はヴァレルから両手の荷物を受け取ると、軽々と持ち上げて、後方の荷台に載せる。
ヴァレルが興味ありげな顔をする。
「へえ。あんた、結構鍛えてるんだな」
「はい。一応、こういう仕事をしていますから」
飾りのない、爽やかな笑顔を浮かべながら、御者は馬車の扉を開いた。
「それでは、どちらに参りましょうか?」
ヘルガはつられて微笑む。
「『銀月館』という旅籠ですけど、判りますか?」
「はい、有名な特級宿屋ですから」
御者は二人が馬車に乗り込むの待って、扉を閉じた。
もう一度、礼儀正しく一礼すると、馬車の御者台ではなく、車輪馬の背中に跨った。
「それでは出発します。念のため、手摺につかまってください」
車輪馬の首の部分から横に伸びる操舵。御者が手を掛けると、薄っすらとした燐光のような光が浮かんだ。燐光が車輪馬の全身に広がると、三つの車輪が回転を始める。操舵技術と呼ばれる初歩的なマナ・アートだった。車輪馬を動かす程度であれば、訓練をすれば、誰にでも使えるようになる。
馬車はカラカラと音を立てて走り出した。緩やかな加速に、ヘルガが歓喜の声を上げる。
「動き出したわ!」
車輪馬と馬車は金属製の軸で繋がれていたから、加速する感覚が、そのまま馬車の方にも伝わってきた。速度そのものは普通の馬で引く場合と変わらない。しかし、普通なら四頭立てで引くサイズの馬車を一台で引くのだから、パワーの方は、相当あるようだ。
―――新型だからか? それとも、乗馬用とでは構造が違うのか―――試してみたいぜ。
ヴァレルは良からぬ笑みを浮かべるが、ヘルガは気づかなかった。
「ヴァレル、見てよ。光が流れていくようだわ……」
ヘルガは、馬車の窓に張りつくようにして外の景色を眺めていた。ガラス越しに見える景色は、相変わらず装飾のない大型の建造物ばかりだったが、灯輝柱の光が、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ヴァレルは、ヘルガをじっと見つめた。
「―――なあ、ヘルガ」
「何よ? 今、忙しいんだから……」
「良いから、こっちを向けよ」
煩わしいそうにヘルガが振り向くと、ヴァレルは、いつになく真剣な顔をしていた。ヘルガは空気を読んで、椅子に深く腰を下ろす。
「いったい、何なのよ?」
ヘルガと同じ色の瞳が、気遣わしげに煌く。
「おまえさ。勝手に無茶をするのは、止めろよ」
この一言に、ヘルガは唖然とした。
「はあ? 何を言っているのよ。無茶苦茶やるのは、あんたの方じゃない!」
「オレは良いんだって。おまえの話をしてるんだよ」
余りにも身勝手な言い分に、ヘルガは顔を真っ赤にして、捲くし立てる。
「ふざけないでよ! クレイ船長のときも、アルペリオ大佐のときだって、あんたが先に喧嘩を売ったのよ! 私は、あんたを止めるために、仕方なく動いただけじゃない!」
ヴァレルは鋭い視線でヘルガを見据えた。
「だけど、さっきのは話が別だ―――アルペリオの挑発に乗って、おまえが引き返さなければ、その時点で話は終わっていたんだ」
「だから、何だって言うのよ? いつも自分がやってるんだから、ヴァレルに文句を言う権利はないわ!」
ヘルガは引き下がらなかったが、それはヴァレルも同じだ。
「オレが受け止めなかったら、おまえは銃で撃たれてたんだぞ」
「何よ、銃弾くらい。私の言錬技術でも防げたわ!」
「―――いいから、聞けよ!」
馬車の背もたれを殴って奥歯を噛み締める。ヘルガは、ヴァレルがモノに感情をぶつけるのを初めて見た。
「アルペリオは、いつだって、おまえを殺せたんだ―――自分から危険に飛び込むなんて、全然、おまえらしくないだろ」
「何よ……」
ヴァレルが、ヘルガのことを本気で心配していることは判る。その気持ちは、素直に嬉しかった。しかし―――保護者か教師のような台詞にヘルガは苛立った。自然に、どんどん声が大きくなる。
「……私だって、心配で、心配で、いつも胸が張り裂けそうななんだから……あんただけ、特別だって言うの? 勝手なことを言わないでよ!」




