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21 双子の妹は消えてしまいたいと思う


 互いを睨みつけて、二人は向き合った。色々な感情が噴き出して渦を巻く。


「あのう。お話のところ、申し訳ありませんが……」


 突然聞こえた第三者の声に、ヘルガは目を丸くした。

 反射的に振り返ると、御者が車輪馬の上から、こちらを窺っている。


「な、何よ? クランベルクの御者は、乗客のプライバシーに口を挟むの?」


 ヘルガは恥ずかしさを隠すために、わざと横柄な口調を使う。

 御者は困った顔をした。


「非礼はお詫びしますが―――あまり大きい声を出すと、外に聞こえますよ」


「えっ!」


 ヘルガは思わず周囲を見回した。馬車の中からの声が、それほど響くとは思えないが、何かの違和感に感じる―――そうだ。御者の声がはっきり聞こえている。

 ヘルガが察したことに気づいて、御者が頷いた。


「車輪馬の馬車は、馬で引く普通の馬車と違って静かでしょう?」


「あ、ありがとう……気をつけるわ」


 ヘルガは顔を真っ赤にして下を向く。

 ヴァレルは、少し馬鹿らしくなって横を向いた。


「あーあ。やっちまったな」


 ヘルガはキッと睨んで、ヴァレルの足を思いっきり踏みつける。


「いっ……痛ってえな! 何すんだよ」


「うるさいわね。大きい声を出すと、周りに迷惑だわ」


 鼻を鳴らすヘルガ。ヴァレルは苦笑してから、もう一度ヘルガを見た。


「―――それよりも、さっきの話の続きだ」


 青い目が真っ直ぐに向けられる。ヘルガは嫌な顔をした。


「あんた、まだ私を怒らせたい訳?」


「そうじゃない。ヘルガ、真面目に聞いてくれ」


 ヴァレルの真剣な顔に、ヘルガは渋々頷いた。


「オレが言いたいのは、こういうことだよ。おまえから見れば、オレは無茶苦茶やっているように見えるだろうが、そうじゃない。あえてギリギリの状況を選択して、どこまで足掻けるのか、自分自身を試しているんだよ。だけど―――おまえのやり方は、違うだろう?」


「言いたいことは、判るけどさ」


 ヘルガは、少しだけ小声にして応えた。


「あんたが自分のやり方を貫きたいように、私にだって、譲れないことがあるわ」


 ヴァレルは溜息をつく。


「だからって、わざわざ殺意の真ん中に飛び込むこともないだろ? 少しは自重しろよな」


「それは、あんただって―――」


「だから、オレのことは良いんだよ。オレは好きでやっているんだ。そのせいで、たとえ自分が死んだとしても―――」


 いきなり頬を叩かれて、ヴァレルは黙った。

 ヘルガが両目に涙をためながら、睨みつけている。


「……今すぐ、取り消して! 死ぬなんて、軽々しく使わないでよ!」


「おい、ヘルガ。また、声が大きくなってるぜ」


「―――そんなの関係ないわ!」


 声が漏れていることも、ポロポロとこぼれてくる涙も、今のヘルガには、どうでも良かった。そんなことよりも大切なものがある。


「あんたが死んだら……家族が、妹が、どんな思いをするのか、想像もできないの? ねえ、ヴァレル、お願いだから……そんなこと、二度といわないで……」


 ヴァレルはバツが悪そうに、頬を掻いた。


「ヘルガ、オレが悪かったよ。もう死ぬなんて言わない。約束するから―――おまえも、何かを言われたくらいで命を張るような真似は、二度としないでくれ」


「……私も……努力するわ……」


 ヴァレルは『無茶をしない』とは言わなかった。

 ヘルガは気づいていたが、それ以上追求することはしない。無理矢理に言わせたとしても、どうせ嘘になるから。そのくらいのことは、判っていた。


 ヘルガが涙を拭いていると、再び、御者の声がする。


「お取り込み中のところ、何度も申し訳ありません」


 御者は振り向いて、二人の方を見ていた。

 ヘルガは申し訳なさそうに応える。


「……何度も恥ずかしいところを見せて、ごめんなさい」


「ああ。大声を出して悪かったよ。もう、やめるからさ」


 ヴァレルも、今後こそは自分も悪いことをしたと、素直に応じた。

 御者は恐縮した様子で、首を横に振る。


「いいえ、そんな―――謝らなければいけないのは、私の方です」


 戸惑う二人をそのままに、御者は車輪馬から降りた―――いつの間にか、馬車は停止していたのだ。

 二人が座る馬車に近づきながら、御者は言葉を続ける。


「こんなことを言っても、言い訳に過ぎないとは思いますが―――私も限界まで、馬車の速度を落としました。それから、何度も声を掛けようとしたのですが、とても、そんな雰囲気とは思えませんでしたので―――」


 馬車の扉を開けると、御者は深々と頭を下げた。


「本当に申し訳ありません。五分ほど前に、『銀月館』に到着しておりました」


 扉の向こうには、間接照明に映し出される古風な建物が聳えていた。派手な演出をする訳ではなく、静かに佇む光景は、気品を感じさせる。そして―――


「ようこそ、お出でくださいました」


 淑やかなメイド服を身に纏う十人以上の女性たちが、一斉に会釈をして二人を出迎えた。呆然とする間もなく、女性たちの中心から、二十代半ばの女が進み出る。褐色の肌とピンクの唇が印象的な南方系の美女だった。明るい茶色の髪を後ろで束ね、胸元が大きく開いた紫色のドレスを優雅に着こなしている。


「銀月館の主ノエル・フラウズでございます。お客様のご到着を、心待ちにしておりました」


 女性たちの深々とした一礼を受けて、ヘルガは消えてしまいたいと思った。



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