19 双子の兄妹は街に繰り出す
「そうだ、クレイ―――あのガキに関して。もう一つだけ、気になることがあるんだが」
「貴殿の言っているのは、マグナス家の双子のうち、どちらの方だ?」
「確か、ヴァレルって言ったな。無闇やたらと絡んでくる、オスの方の糞ガキだよ」
クレイはヴァレルの顔を思い出したようで、思わず苦笑した。
「ヴァレル・マグナス殿が、どうかしたのか?」
「てめえは、あんなガキでも敬称をつけるのか―――まあ、いいや。ヴァレルというガキが使った武装技術
だがな。赤い光を放っていたが、あれは炎のイメージというよりも、もっと赤黒い―――まるで血の色だった」
「血の色だと―――」
クレイも白鳥号の船上で、ヴァレルが武装技術を使うところを二度見ていた。
一度目は、クレイとの一戦で鞘ごとの剣から溢れ出た光。二度目は、磁気嵐に向けて短剣から放たれた閃光だ。どちらも赤い光だったが、血の色だと認識するほど、濃い色ではなかった。
しかし―――より強い魔力を発するときに『使い手の色』が鮮明になるのは、よくあることだった。
体内で精製したマナを剣に流し込むと、剣の柄に埋め込まれた中枢結晶体が魔力を増幅させて、通常の何倍もの力を発する。これが、白兵戦用特殊装備を使用した武装技術の基本原理だ。
武装技術の使い手は、『回路』と呼ばれる特殊な精神構造によって、体内から生命エネルギー『マナ』を精製する。ここで言う『回路』とは比喩的な意味ではない。使い手が自らの肉体からマナを抽出・精製する『回路』をイメージすることで、マナそのものが回路の構造をトレースするのだ。
従って、理屈の上では『マナ』と『回路』さえイメージできれば、武装技術を使うことができる。
しかし、実際に武装技術を習得できる人間は、二十人に一人と言われている。
頭の中で『回路』を構築するには、才能と修練が必要だった。『回路』の細部まで正確に描写できるようになるには、最低でも一年、長ければ十年以上の時間が必要だ。
さらに、エネルギー体である『マナ』そのものを、具体的にイメージすることは、人間には困難なことだった。そこで、大抵の使い手は、『マナ』を直接イメージするのではなく、炎や雷、嵐といった、自分が力の象徴として連想するモノに置き換えてイメージする。
置き換えられたイメージは、使い手の『マナ』に干渉して、本来は無色である魔力に色をつける。ヴァレルなら赤、アストリアスなら水色という具合だ。これが俗に言う『使い手の色』というものだった。
赤色の使い手は、炎やマグマなど、火に関係したものをイメージするものと相場が決まっている。力を象徴する赤色など、そのくらいのものだろう。
しかし、ヴァレルが本当に『血』を自分の色としているのだとしたら。彼が力の象徴としてイメージしているものは、何なのだろうか。
「なあ、面白いだろう? 血の絆というか、要は特別な血統を継いでいることで、自分に力があると思うことは判らんでもないが。それが『血』そのものを力の象徴としてイメージすることには繋がらないだろう?」
「一つの仮定ではあるが―――」
クレイは思考を巡らせて、ひとつの答えを出した。
「本当に『血』を力の象徴として捉えているならば、自分自身を『マナ』と同一視しているということではないか? つまり、彼の発想の仕方は、カイエに最も近いことになる」
「なるほど。だから、あのガキは性格が捻くれてるんだな」
軽口で応じるアルペリオに、クレイは小さく溜息をつく。
「貴殿という男は―――」
「まあ、良いじゃねえか。結論を出すのは早すぎる。それよりも―――」
背中を伸ばして、関節をボキボキと鳴らせると、アルペリオは、狡猾な笑みを浮かべる。
「オレは、そろそろ自分の仕事をさせて貰う。やり方は、好きして良いんだな?」
「ああ。ほどほどに頼む」
クレイを残したまま、アルペリオは部屋を出て行った。
※ ※ ※ ※
ヴァレルとヘルガが陸走船ドックのある施設から外に出ると、周囲には、倉庫や工房と思われる大きな建物が並んでいた。
無骨な石造りの街並みの所々から、五十メートルはあろう煙突が突き出している。建物がある敷地の間を走る街路は、馬車四台が横に並んで走れるほど広く、薄い灰色の石畳が敷き詰められていた。
こんな風に、夕闇の下でも都市の細部がはっきりと見えるほど、クランベルク市外は光に満ちている。光の正体は、街路の両端に規則的に並べられた、光を放つ木を模した柱『灯輝柱』だった。
「すごい数の灯輝柱だよね!」
ヘルガは思わず、感嘆の声を漏らす。話には聞いていたが、故郷のジェノベスタ王国では珍しい灯輝柱が、視界の彼方まで連なっている光景を目にすると、驚かずにはいられなかった。
ヴァレルは両手に大きな鞄を持ちながら、苦く笑う。
「あんまり、興奮するなよ。今からそれじゃ、身体がもたないぜ」
「……つまんない奴」
ヘルガがはしゃぐ姿に、ヴァレルは違和感を覚える。
アルペリオとの命を削るような遣り取りは、ヘルガにとっては初めての経験のはずだ。普通なら、疲れ切ってグッタリしていそうだが、妙にハイなのが気になった。
通り沿いには、陸走船の乗客のために用意された馬車が止まってる。二人が騒動を起こしていた間に、他の客は出発してしまったようで、残っているのは一台だけだった。
馬車に気づいた瞬間、ヘルガの目が再び輝く。
「私、車輪馬って、初めて見たわ」
都市の美化に重きを置くクランベルクの馬車は、『馬車』という名に反して、馬が車体を引くのではなかった。本物の馬を模した滑らかな曲線の造形物は、足ではなく、前一輪、後ろに二厘の車輪で支えられている―――クランベルク公国の名物の一つ、車輪馬だった。




