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12 魔王の国への入国


 陸走船白鳥号は、速度を落としながら、城砦都市の南西部に舵を切った。

 都市全体を取り囲む高さ十メートルの外壁が、一キロほどに渡って、その部分だけ切り出した扇を外に押し出したように、大きく張り出している。


 張り出した部分の外壁は、地上から壁の上まで伸びる鋼鉄の門扉が、間隔を空けて四つ作られていた。そのうちの一つ、一番右側の門が、巨大な歯車を組み合わせた開閉装置により軋み声を響かせながら、外側に倒れるようにして、ゆっくりと開いていった。


 白鳥号は補助動力である空気櫂(エアオール)を小刻みに動かしながら、門扉の手前で百八十度旋回する。船尾の方向へ進む慣性の力を相殺して、ほぼゼロになったタイミングで全ての帆が畳まれた。そして、空気櫂の力だけを使い、人が歩くような速度で、船尾から門の奥へと進んでいく。


 陸走船ドックは、門の外から見えた横幅一キロの空間全体が、区切りのない一続きの区画だった。門の反対側には、外側と同じ十メートルの高さの壁があり、都市の内部とは完全に独立している。白鳥号のほかに陸走船の姿はなかった。


 ドックの中に入っても陸走船は着陸することなく、地上一メートルほどの高さに浮遊し続けていた。

 奥の壁まで数メートルという位置まで移動すると、船首と船尾の両側に取り付けられた四つの碇を大地に落とした。


 地上では、ドックの作業員たちが碇の落ちた場所に走り寄ると、碇と船体をつなぐ鎖を手繰り寄せて、直線になるまで弾き絞った。その角度で、人の腰までの長さのある楔を鎖の輪に通して、木槌で地面に打ち付けることで、陸走船は完全に固定された。

 

 続いて、木製の階段に車輪をつけた巨大な物体が、別の作業員たちによって運ばれてきた。両側に手摺が付いた階段の最上段は、白鳥号の甲板と、ほぼ同じ高さだった。

 階段が白鳥号の船体右側に運ばれてくると、白鳥号の船員がロープで固定する。


「さてと。ヘルガ、さっさと繰り出そうぜ」


 二人は自分たちの船室に戻って、手早く荷物を纏めた。

 甲板へと続く階段を登り、下船を待つ乗客の列に並ぼうとしたとき、後方から声がした。


「君たちには、御礼を言うべきかな?」


 クレイ船長だった。船体の縁に取付けられた手摺に、背をもたれさせながら、蔦模様が刺繍された制服姿で、腕を組んでいる。


「何のことですか?」


 ヴァレルは、まるで心当たりがないという顔をした。

 クレイ船長が苦笑する。


「安心したまえ、白鳥号の旅は終わったのだ。今さら、君たちの罪を問う気はない」


「だったら。何のために、オレたちを待っていたんですかね?」


 ヴァレルは、挑戦的に語気を強めた。


「まさか、本気で礼を言いに来たなんて、信じるはずがないでしょう?」


「ヴァレル、やめて……」


 ヘルガが腕を掴んで、心配そうな顔をする。

 ヴァレルは、クレイ船長から、視線を外さなかった。


「はっきり言ってくれないと。オレは馬鹿だから、判りませんよ」


「私の用件は、一つだけだ」


 ギラギラした挑発の言葉を、クレイ船長は軽く受け流した。


「君が勘違いをしないように。種明かしを、しようと思ってね」


 ヴァレルは鼻を鳴らした。


「磁気嵐を消したのがホントはクレイ船長ということなら、想定の範囲内ですよ。オレは別に、自分が船を救ったなんて思ってない」


 クレイ船長は、感心したという感じで、少しだけ大きく目を開ける。


―――なんか、ムカつくなあ。


 ヴァレルは、さらに幾つも挑発する材料を探すが、クレイ船長の台詞が、それを遮った。


「磁気嵐を消したのは紛れもなく君たちだ―――しかし、あのまま放置したところで、白鳥号も、君たちも、傷つくことはなかった」


 反応したのは、ヘルガだった。


「そんなはずがないわ! 磁気嵐が起こした風は、実際、甲板まで侵入してたじゃない?」


 白鳥号の魔力の力場は、嵐が引き起こす周囲の風すら中和しきっていなかったのだ。磁気嵐そのものを消し去る力があったとは、とても思えない。


「ヘルガ嬢が言うことも最もだが、これは本当のことだ。我が国の機密に触れるため、残念ながら、詳細まで答えることはできないが」


 ヘルガは黙り込んで、自らの思考に沈んだ。まさか、陸走船が、対象の力を自動判別して、魔力の力場を調整したとでも言うのか―――。


「なるほどね、よく判りましたよ」


 ヴァレルは笑っていた。ホント、面白くて堪らない。


「クランベルクには、オレたちの想像を超えるモノが溢れてるから。馬鹿をやって自滅しないように、せいぜい気を付けろ。そういうこと、ですよね?」


「さあ、どうかな。解釈の仕方は、貴殿の自由だ」


「ご忠告、感謝します」


 大袈裟な身振りで頭を下げると、ヴァレルは歩き出した。


「ちょ、ちょっと。待ちなさいよ」


 ヘルガもペコリと頭を下げて、慌てて後を追う。

 ヴァレルに追いつくと、いきなり後頭部を叩いた。


「あんな言い方、クレイ船長に失礼でしょうが!」


「痛ってえな!」


「文句を言う前に、反省しなさい!」


 口喧嘩をしながら離れて行く二人を、クレイ船長は無言で見送った。


 二人は木製の階段を駆け下りて、列の最後尾に並んだ。すぐ目の前には、三人の使用人を従えた、いかにも貴婦人という感じの女性がいる。クレイ船長との口論が聞こえのか、あからさまに嫌な顔をした。


「ヴァレル、判っているわよね?」


 ヘルガが小声で囁くと、ヴァレルは頷いた。


「ああ。オバサン相手に、騒ぎなんて起こすかよ」


 物凄い形相になった貴婦人から目を反らして、ヘルガは引きつった笑みを浮かべる。


「……ヴァレル、後で憶えてなさいよ」


乗客の列は、白鳥号の船首の方向に向かい、正面の壁に開かれた両開きの扉の先に続いた。扉の先は、石壁に囲まれた長方形の部屋になっており、クランベルク軍の兵士が、乗客の入国手続きを進めていた。


 白い儀礼用の軍服を着た赤い髪の若い士官らしい男が、受付のカウンターに立って、乗客から書類を受け取る。カウンターの左右には、同じ制服の兵士が一人ずつ居た。肩から木製のストックが付いたマスケット銃を下げて、腰にはサーベル状の剣を挿している。


 山積みの荷物を載せた台車が運ばれてくると、兵士たちは作業員に指示を出して荷物を確認させた。高額な乗船料が掛かる陸走船の乗客たちは、大抵は貴族か豪商であり、ドレスや装身具を詰めた鞄を所持品規定のギリギリまで持ち込んでいる。

 大量の荷物を確認するだけでも時間が掛かりそうなものだが、手際よく作業が行われたため、十分程でヴァレルたちの番になった。


「外航許可証をこちらに」


 赤い髪の士官が促す。

 二人は手に持っていた紙片を順に見せた。氏名と身分に関する記述、そして、それらを保障する父親のサインが書かれている。


「はい、結構。それでは、こちらの書類にサインをお願いします」


 先ほどの貴婦人は、ろくに文面を読むことなくサインをしていた。ヴァレルは何気なく視線を走らせて―――ニヤリと笑った。


「さすが、クランベルクだな」


 書面の最初に、船を下りた瞬間からクランベルク公国に入国したものとみなすという旨の定型の文章があった。それに続いて書かれていたのは、宣誓の文章だった。


一、一切の武器について、公国内では封印をしない。自己責任により保持すること。


二、マナ・アートの使用についても、自己責任を前提に許可する。


三、入国した外国人の生死その他、安全について、クランベルク公国は一切の責任を負わない。



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