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11 双子の勝負


「判ったわよ。それなら私も、ここに残るわ」


 ヘルガは諦めて、次のことを考え始めた。磁気嵐に対抗するには何が最適かと、思考を高回転で走らせる。


「ヘルガ」


「何よ、邪魔しないで! こっちは、どうすれば安全か、必死に考えてるんだか」


「だからさ。ロープを具現化することくらい、おまえならできるだろ? そいつで、自分の身体をマストに固定するんだよ。ロープをあまり長くすると、船外に投げ出されるぜ」


 ヴァレルは自信たっぷりに、ヘルガに指示をした。


「おまえさ。忘れてるだろうけど、オレは海軍の士官候補生なんだよ。船上の嵐なんてね、吐き気がするくらい経験してるさ」


「判ったわ」


 こんなときに、船上の禁止事項など気にしていられなかった。ヘルガが左手の指二本で小刻みに印を結ぶと、淡く光るロープが空中に出現する。マストの方に腕を伸ばすと、ロープは、ヘルガの意思に従うように伸びて行き、周りで唖然としている船員を他所に、マストにしっかりと結びついた。


 再び、風が吹き始めていた。夕暮に受けていた風とは全く異質な、粘り気のある重い空気の塊が、ヘルガの身体を押し流そうとする。船体の魔力の力場が、風の勢いを幾分か和らげてくれることを期待していたが、大した効果はないようだ。


「ほら。あんたも早く、こっちに来なさいよ」


 ヘルガは、ロープをもう一本、具現化しようとしたが、ヴァレルは手を振って断った。


「いいよ、オレは。邪魔になるからさ。それよりも、あとは風を中和するなり、元素の壁を張るなりして、少しでも衝撃を減らすんだ」


 ヴァレルは姿勢を低くして、風を受け流している。器用に空気の塊を避けながら、船首の方に歩いていく。そして、手擦りを右手で掴むと、いつもの長剣ではなく、逆側に挿していたナイフを引き抜いた――長剣と一対となった銀製の柄のナイフには、剣と同じように封印がされており、同じ赤い宝石が埋め込まれている。


 風はすでに、まともに立っていられないほど、強くなっていた。風が擦れるような轟音は、瞬く間に大きくなり、陸走船に迫ってきた。


「いよいよ、だな―――」

 

 ヴァレルが睨む視界の先から、磁気嵐は、夜そのものが動くように押し寄せてきた。金属質の砂塵を含んだ重い空気の渦は、高速回転する砂の塊にも見える。


「嵐というより、岩だな……。さすがに、本物の岩ほど硬くはないだろうが。このままだと、不味いよな?」


 本当に危険であれば、クレイ船長が何とかするはずだと、冷静な自分が告げる。しかし、ヴァレルはそれを、あえて無視した。無意味な行動か、美味しいところを持っていかれるだけかも知れない。それでも、目の前にある現実を、自分の直感を、ヴァレルは受け止めた。


「磁気嵐なんて切ったことはないけどな―――まあ、やってみせるさ!」


 封印を歯で噛み切ると、鞘を口に咥えて投げ捨てる。ナイフの刀身には、刃の数ミリ内側に沿うようにして、溝が刻まれていた。


 右手にナイフを持ち替えると、ヴァレルは意識を、ナイフに集中した。身体の中心からマナの力が噴出し、腕を伝って指先からナイフへ。小ぶりな赤い宝石は、ヴァレルの意思に反応して、鈍い赤色に輝いた。赤い光は一気に噴き出して、ナイフ全体を輝かせる。


「行けえ―――!」


 叫びとともに、ヴァレルは手摺から手を放す。身体を支えながらの不自然な姿勢では、力が伝わらないような気がしたからだ。途端に、身体が重い風に押し流されて、重心が崩れるが、ヴァレルは構わず、強引に足で踏ん張りながら、弓なりに右腕を絞る。


 背負い投げをするかのように、ヴァレルは自分の身体を巻き込むようにして、右腕を振り抜いた。同時に、ナイフに集中したマナを、自分の体重ごと投げるイメージを浮かべる。


 その瞬間、赤い光の塊が、ヴァレルのナイフから放たれた。火花を散らしながら飛翔する深紅の魔力の塊は、加速しながら、磁気嵐の中に飛び込んでいく。


 このとき。ヴァレルの後方で雷鳴が聞こえた。刹那、微かに赤みを帯びた金色の稲妻が、ヴァレルの頭の上を通過して、一直線に伸びていく。


 ヴァレルが放った光の塊と、金色の稲妻が、磁気嵐に命中したのは、ほぼ同時だった。二つの光が高速回転する砂の塊にぶつかると、闇と光は、互いを食らうように混ざり合う。


 まるで爆発が起こったかのように、激しい衝撃がヴァレルを襲った。叩きつけるように正面から降り注ぐ砂に、ヴァレルは目を開けていることができなかった。衝撃に煽られながら、うつ伏せに倒れて膝を突く。


「ヴァレル……大丈夫?」


 ヴァレルが目を開けたとき。青い目に映ったのは、何もない夜の闇だった。

 陸走船に迫っていた砂嵐は跡形もなく消え去っている。上空を見上げると、銀色に輝く半円の月と、大粒の星が見えた。


「ヘルガ、助かったぜ―――そっちは、大丈夫か?」


 ヴァレルが振り返ると、ヘルガは、マストの近くにしゃがみこんでいた。


「全然、平気よ」


 ヘルガはロープを消し去って、ゆっくりと立ち上がる。服についた砂を払うと、ヴァレルの方に歩いてきた。


「あんたの武装技術と、あんた自身が盾になってくれたからね」


 そうかと、安堵の息を漏らしながら、ヴァレルも立ち上がる。

 船員たちにも、大きな怪我をした者は、特にいないようだ。彼らは何事もなかったかのように、帆を張る作業を始めている。


 彼らが余りにも平然と作業をしていたので、自分のしたことは本当に意味があったのかと、ヴァレルは疑った。しかし、さすがに船員に聞く気にはなれない。


―――意味があったかどうかは、大した違いじゃないさ。


 ヴァレルは鞘を失くしたナイフを、袖の中に隠す。船を下りるときに、少し面倒だなと思いながら、自分が満足していることに気づいて、苦く笑った。


「なあ、ヘルガ。さっきの光は、おまえだろう?」


「まあね。私だって、結構やるでしょ?」


 上機嫌なヘルガの肩を、ヴァレルはポンと叩く。


「これで、おまえも共犯だな」


 そうだった―――ヘルガは、自分の間抜けさに愕然とした。船上では、船員たちがずっと作業を続けていたというのに、散々言錬技術を発動させたのだ。ロープくらいは、身を守るためと言い繕うつもりだったが、最後の一撃は余計だった。


「仕方ないでしょ。こっちだって、必死だったんだからね!」


「そんな言い訳。クレイ船長が、聞くと思うかよ?」 


「……あんたの性格って、最悪よね」


「はいはい。それよりさ、ヘルガ―――」


 ヴァレルは目を反らすようにして、横を向いた。ヘルガの左側、陸走船の進行方向の左やや前方に、視線を向ける。


「俺たちも、幸運な一握りの人間の仲間入りだな」


 ヴァレルの言葉の意味を、ヘルガは一瞬で理解した。反射的に、ヴァレルの視線の先を見る。


 磁気嵐は、辺り一帯の吸光霧を飲み込んだかのように、すっかり消し去っていた。銀色の月明かりの下には、後方に過ぎ去った山岳地帯が、黒い影のように見える。船体よりも低い位置に、今でも深い森が広がっていたが、甲板の上からは、周囲一帯を見渡すことができた。そして――。


 ヴァレルの青い瞳が見つめる先には、夜の闇に包まれた世界に、光の塊が浮かんでいた。


 高い城壁に囲まれた都市は、城砦周囲の監視塔と、中央にそびえる城の尖塔しか見えなかった。しかし、それらの搭と、都市の内側にあるであろう街並みのそこかしこから溢れる光が、噴水のように溢れ出して見える。周囲の白い壁と塔が、その光を反射して、さらに白く輝いていた。


「計算していたよりも、近くまで来ていたんだな。『眠らない光の都市』か――大げさな表現だって思っていたけどさ」


「ホント……」


 ヘルガは、無意識に口に手を当てて、目の前の光景に魅入られていた。


「こんなに綺麗な都市が、実在するなんて……信じられない。ああ、感動なんてものじゃないわよ……」


「おいおい。また泣く気じゃないだろうな? 面倒くさいから、やめてくれよ」


「あのねえ。あんたデリカシーなさ過ぎ。だから彼女ができないのよ」


「あれ? いないって、いつ言ったっけ?」


「いるはずないわ。断言してあげる」


 軽口を続けながらも、ヘルガは、光の都市から目を離すことができない。

 しかし、ヴァレルは、もう別のことを考えていた。


―――ホント、見せつけてくれるよ。


 溢れるばかりの光は、力の象徴だった。高度なマナ・テクノロジーを屈指しなければ、これだけ大量の光を生み出すことなどできない。膨大なマナを制御する技術を、それを維持できる力があることを、クランベルクは、都市を訪れる者に見せつけているのだ。


「楽しくなってくるね」


 挑み掛かるように、ヴァレルは光を睨んだ。


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