56話「旅人」城新地。
皆は学生だったり、社会人だったりするのか。
おれは実は旅人なんだ。つっても、旅人でメシが食えるような芸能人でもない。その時その時、必要なだけのカネを稼いで、あちこち放浪してんだ。
色々思い出もあるし、ちょっと語ってみるか。
確か・・・N県だっけ。船を見に行ったんだ。デカいのも可愛いのも、たくさんあって楽しかったな。
夜は旅館で泊まる。小さな宿が港の近くにあってな。メシが当たり前のように新鮮な魚介類で、本当に美味かった。
朝は早い。皆が起きる前に朝の運動と金稼ぎを終わらせて、宿を出る。これも日課だから、慣れたもんだ。警察の到着は数時間後。その頃には、おれはもう次の街に入ってる。泊り客も従業員も、目撃者は全員消してからな。
こんな生活をしてると、ふと安らぎの時間が欲しくなって来る。家庭を持った友達の気持ちが分かるぜ。
だからそんな時は、家族客の多く居るホテルに泊まる。流石にそのサイズじゃ皆殺しには出来ない。おれは無力さを噛み締めながら、でもなんとなくホッとするんだ。次の狩りに向けての、充電期間だな。
その時、幸せそうな家族連れを見かけたら、次の小さな宿では家族旅行の連中が居る事を願う。そうして英気を養う。
おれは小さな子供も、その子供達を愛する親も、大好きだぜ?子供を殺せば親が。親を殺せば子供が。必ずリアクションを返してくれるからな。それに観光客の懐は温かい。幸せそうな家族連れを見ると、おれまで幸せになっちまうんだ。
おれもいつか、温かい家庭を持ちたいもんだぜ。
百物語だからな。もちろんフィクションだぜ。
でも安心してくれよ。ここに寄ったのは、金銭目的でもないし、人が居るなんて思ってもなかったんだ。だからいつもみたいな真似はしない。約束するよ。
それに。なんだか、あんたらは、他人みたいな気がしなくてよ。生き別れた兄妹に会ったみてえな気分だ。
だから今、ちょっと楽しいんだぜ?
んじゃ、次。