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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
氷樹の森の大賢者
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幕間-大賢者の気ままな一日

 カーテンの隙間から射す陽の光で目が覚めた、どうやら今日も良い天気らしい。

 ベッドから体を起こそうとして、隣で寝ている人物のことを思い出し動きを止める。

 そうだ、昨夜は彼女のせいでなかなか寝付けなかった、だというのに当の本人はなんにも気にせずさっさと寝付いてしまうのだからひどい話だ。


 未だに熟睡しているようで、ぺろんと力なくたれた耳が時折ぴくぴくと動いている。

 毛布の下、私に触れているふさふさの尻尾の感触、このやり場のなさをどうしろというのだろうか、今すぐにでも抱きしめてもふもふを堪能したいのだが流石にそういう仲ではないためはばかられる。

 私が暫くの間それらの葛藤に苛まれていると、ついに意識が覚醒に向かったのか彼女もようやく起き出してきた。

 もぞもぞとベッドの中で寝返りをうち、目を何度かこすった後に猫がする顔洗いのようなしぐさをし、顔を上げてようやく私のことを思い出したようだった。


「……おはよう、リーシア」

「おはよ、アラクネ」


 寝相が少し悪かったのか、若干乱れたアラクネの寝間着の奥に褐色の肌が覗いている。

 そう、見えてしまっているのだ。


 大変魅力的なのだが、そちらに余り意識を向け無いよう必死に視線をそらす。

 根本的なところがいろいろ壊れているとは言え、最低限ベースになっているのは男なのである。

 そんな私の抵抗を、彼女は寝ぼけ眼で平気で踏み潰してきた。


「あとちょ、っと……」


 そう言って私の腰をつかみ、抱きついた上で寝始めたのである。

 幸いにもいきり立つものなんてないのだが、撫で回したい衝動を必死にこらえて改めてアラクネが目を覚ますまでの間、私は一人でなかなかに辛い戦いを強いられたのだ。




「しかし意外だわ、あそこまで朝に弱いとはおもわなかった」


 あのあと三十分ほどの間寝て起きてを繰り返すアラクネに、いい加減我慢の限界がきた私は耳を触ってやったのだ。

 そうしたら可愛い声とともにようやくちゃんと起きてくれた。


「どうにもいい日和の朝はダメなのよ、あと耳は勘弁して」

「起きない時の最後の手段にする」

「むぅ……」


 流石に私のメンタル方向にきついからね、あとは役得だということにしておこう。

 アラクネのせいで朝食を作るには少々時間的に遅れたこともあり、私が予め作っておいたサンドイッチをインベントリから取り出して振る舞うことにした。

 インベントリの中は時間経過がないため予め作っておけばいくらでも保存できる。

 それを利用してこの半年でいくつも料理を多めに作っては保存してを繰り返してあるのだが。


「ねえ、リーシア。これどう見ても出来立てに見えるけどどうなってるの?」


 と、追求を受けることになった。

 そのことを皮切りに半年前の戦闘での出来事をあれこれ聞かれるにいたり、結局インベントリに関して彼女に話すことにした。

 話を聞いている彼女は少ししたあと眉間にシワを寄せる。

 頭が痛いとでも言わんばかりの様子である。


「その反応は傷つくよ?」

「これでも控えめな方よ。貴女は自分のその能力が、それ単体でどれだけ危険なものか理解していないのかしら?」

「んー、まぁ……中身は相当ヤバいとおもうけど」


 入ってる武器アイテム類だけで一体いくらするか、そしてどれだけの戦力になるか想像もつかない。

 幸いなことに重装備系はほとんどないが、それでも下手な鎧並の防御力を持つ服とかがざらにあると考えるとね。


「理解してないのね、貴方が一人いれば輸送の概念が変わってしまうわよ。ゴルディオスが聞いたら卒倒しそうね」

「ゴルディオス?」


 効いた感じアラクネの仲間の名前なのだろうけど初めて聞く。

 何かそういった事柄に従事している人なのだろうか。


「私達の仲間の技師でね、とある計画を主導してる人だけどいろいろ物資のことで悩んでるから……でも、そうね。貴方のそれは、貴方だけが使うべき……いいえ、貴方が使うべきと思った事柄にのみ使うべきだと思う」

「まあ、ホイホイ誰かの物を運んだりはするつもり無いよ、そもそもアラクネ以外には話してないしね」


 アラクネにも当初は話すつもりは無かったんだけどね。


「さて、ご飯も済んだし……そろそろアレを試すかな」

「アレ?」

「私にとって重要なものだよ、見る?」

「興味深いわね、ぜひ見学させてもらおうかしら」


 アラクネがそういうので、この段階で隠すことも特に無い私は彼女を連れて家の裏側へと回る。

 そこには蓋のされた巨大な木桶が置いてある。

 蓋を開けてみれば中身はいい具合に溶けて望む形になっていた。

 これなら今度は成功するかもしれない、ちなみに中身はおがくずと乾燥させた草を水、加熱、収束、収束+反転で撹拌する感じに組み合わせた魔術でじっくり煮込んで溶かした代物である。

 実際はいろいろ薬品とか複雑な工程が必要なはずなのだが、そこは詳しくないので魔術でゴリ推した。

 中身は白くドロリとした粘性のある液体に変わっており撹拌もうまく言っているのか均質のように見える。


 私は近くに置いておいた布を貼った木枠を手に取り、その粘性の液体を救い上げては背後にある棚に並べていく。

 試験的に5つほど作ったところで様子を伺うと、水分がゆっくりと抜け落ち初めていた。


 良い物ができればいいんだけどもね。


「リーシア、これはもしかして紙作り?」

「そうよ、紙を作るの。それも準備の段階なんだけどね」

「一体何を作るつもりなの?」

「本」


 私の答えにアラクネは少々面食らったのか目をぱちくりとさせる、その仕草が思いの外可愛くて私は小さく笑うのだった。


「本って……何か書き残したいことでもあるの?」

「いや、流石に人の書いた本を使うのも気が引けるし、買うとそれなりにするから自作しようとしてるだけよ。中身に意味は無い、と思うしね」


 そう、まだ試しているわけではないのだが、私の持つスキルの一つに本一つを触媒として使用するスキルが有る。

 触媒として使った本は解体されてしまうため、ゲーム内では専用の触媒がNPCによって結構高額で販売されていたのだが、この世界にそんなものは存在しないためすでにある本を使うか、作るかしか選択肢がないのだ。


 私がやっているのはそのための触媒づくりというわけである。

 幸いにして皮などはエウリュアレ周辺の魔物から手に入れたものが多数あるため表紙の素材には事欠かない。

 あとは本の体裁を整えるための紙を作り表紙を貼って実際に使えるか試してみようという話。


 水分が抜けきったのを確認して木枠を魔術で強制乾燥させて出来上がったものをそっと剥がしてみる……見た感じはいい具合だけどもさて、どうだろうかね。


「何かよくわからないけれど、そこまでするってことはリーシアにとって重要ということね?」

「そうだね、手札を重要視する私にとっては結構大きな意味があるわね」


 アラクネの問いに答えながら、私は続きの作業を再開するのであった。




 途中からアラクネが手伝ってくれたこともあり、昼前までに百枚近い紙を作ることができた。

 乾燥があっという間に済ませられるのは非常に便利である。


 出来た紙はとりあえず家に置いておき、昼食を済ませたあと軽くお茶の作成をするつもりでいた。

 アラクネに好評だったこともあり、長く出ることになるなら作りおいておきたいというのが理由だ。


 無論、それ以外にも理由はある。

 この半年で栽培するようになったものの中に霊草もあるのだが、うまくそれらをうまく育てることで結構な株を確保することができている。

 今回はそれらを素材としたお茶を作ることで、回復効果を持つお茶を作れないかという試みである。


 例によってアラクネを連れて裏の菜園部へ着てみると、そこに群生する霊草に明らかに驚いた様子を見せる。

 ノフィカも見て驚いていたことを思い出した。


「霊草がこんな狭い場所に群生してるなんて、どういうことなの?」


 驚くアラクネの視線の先、私の栽培する霊草の菜園は五メテル四方ほどの範囲に赤や白の葉を茂らせていた。

 実は透霊草にするべく育てている鉢もあるのだがこれはナイショにしておこう。


「ちょっとした栽培のコツがあるのよ。貴女ぐらいならできると思うわよ」

「私ならできる……? つまりこれはリーシアが意図的にしているということなのね……信じられない」


 まあ、システム的に考える私と違って普通ならそんなこと考えないだろうから仕方ないかもしれない。

 魔力を吸って成長する多年草、ということを踏まえれば案外気が付きそうなものなのだが、アラクネはまだそこまで柔軟ではないのだろう。


 考えこむアラクネをそっとしておき、わたしは頃合いの大きさの葉を籠へ摘み取っていく。

 この半年の試行錯誤の結果、大きすぎるものは苦くなるし若すぎると味が出ない、だいたい2セテルぐらいが頃合いだと私は思っている。

 大きめに育った葉は治癒の霊薬にできるため、まとまった数を採取して下ろすことで収入源にしている、あいにくと錬金術方面の知識はないのでそこまでは出来ないのだ。


「それにしてもリーシア、随分と好き勝手してるのね」

「そのために村から離れた場所に家を立てたしね。村には顔を出すようにしてるからうちに来るのはノフィカとゼフィアぐらいだから知られないし、ああカレンさん夫婦もたまに遊びに来るかな」

「言い換えるとその辺には知られても構わないってことよね……信頼してるのね」

「悪いようにはされないとおもってるわ」


 実際の所この栽培方法とか広めたら薬の供給事情が激変する可能性はあるだろう。

 いいことかもしれない、ただどこまで影響するか想像もつかないから私から踏み出したくないというだけで……。

 自分が管理できる範囲なら別にいいかなと思っている。


 そんな感じで昼過ぎの時間を過ごす。

 茶葉にする霊草の発酵だけは魔術では細かい調整が出来ないので時間を置くことにして家の前でひなたぼっこタイムである。

 くそう、隣にあるアラクネのしっぽを枕にできたらどれだけ幸せだろうか……いやいや、考えないぞ。


「ねえ、リーシア」

「なーにー」

「あなた、本当は刻印いくつ使えるの?」


 唐突なアラクネの質問に、私は寝たふりをしようかとしばし迷った。

 真面目に返してしまっていいものだろうか、と。

 今のところユナさんにしか話していない秘密である。

 正直な所しらばっくれたいのだが、いろいろ見られている以上ごまかしは効かないだろう。


「氷樹を生み出した時で9つ同時、しかもあれは風が含まれていないからこの時点ですでに10を数える……はっきり言って、歴史上に名前を残している刻印術師に匹敵するわ」

「まー、神使いですから」


 いろいろとスキルの恩恵があるからねぇ。

 逆に言うと全部貰い物で自分の力で手に入れたものではないんだけども。

 そんなことを考えていると、アラクネは青い瞳をじっとこちらへと向けてきた。

 ごまかさないでと言っているようなその目を見ていられなくて、視線をそらす。

 

「まあ、内緒よ」


 はっきり言って、あのスキルはこの世界でまっとうに刻印術師をしている人間にとっての侮辱のような気がして、なんとなく彼女に口にする気にはならなかった。

 彼女に誇れないような、そんな気がして……。


 そんな私の内心を悟ったのか、あるいは今聞いても無駄そうだと思ったのか、彼女はまた別の話題を探し始めるのだった。




 いろいろとイベントがあって夜も更けた頃、アラクネが寝静まっているのを確認して私はベッドから抜けだした。

 今日作り上げたばかりの本を一冊手にとって外へと出ると、晴れ渡った空に二つの月が浮かんでいる。

 今日は藍色の月リューナが綺麗な満月で、ほんのりとした月明かりが夜の世界を照らして輝いていた。


「今夜は良い月夜ねぇ……」

『こんな夜更けにどうされましたお嬢様』

「クロウ起きてたの?」

『自慢ではありませんが、我らの中で一番気配に敏感なのは私ですよ』


 頭のなかに響く声にひとりごとのように答えながら、"能力値増強式フィジカル・エンチャントメント"を起動する。

 数秒の発動時間ののち、体が軽くなるのを確認してから私は森のなか、いつものルートを駆け出した。

 今ではすっかり慣れたからこそこうして駆け抜けることができるが、最初の頃は夜目も聞かずなかなかに時間がかかったものである。

 十数分程を駆け抜けてたどり着いたのは穴だらけの岩場だった。

 なんということはない、私がスキルや魔術を試し撃ちするために足を運ぶ場所である。


「今日作った本がちゃんとスキル発動媒体になるかどうか確認しておきたくてね」

『なるほど、そういうことでしたか』

 

 腰のブックホルダーから──オラクルは流石に見える場所で持ち運びたくないのでインベントリの中へ収納し──今日製作したばかりの本を取り出し、白紙のページを開く。

 枚数はそう多くないため薄い作りではあるが、確かに本と言える形にはなっている。

 果たしてうまくいくだろうかと、内心でちょっとどきどきしている自分が居た。


「──"理を記した彼方の記憶、綴られた真理は何処、今その身を糧として、ここに顕現せよ"……"解体真書(エクステンション)"!」


 直後、本が解かれた。


 無数のページが舞い踊り月明かりを反射して白く輝く、革張りの表紙は端から解けて細かいピースへと変じ、それらが私を中心として円を描くように漂う。

 ゲームの世界で見た、自キャラの周囲を本の(ページ)が飛び回るエフェクトはそのまま再現され、視点の変わったそれは私を不思議な気持ちにさせるのだった。


 感覚的にどれぐらいの能力強化(バフ)がかかったのかを頭のなかで考え、軽く数発の魔術を放って様子を見るに、本来の触媒を使って得られる効果の半分にも満たなさそうだ。


「だいぶ出力が低いな」

『そのようですな』

「中が白紙なのがまずかったかなー。詠唱的にもなんか書いてあること前提っぽいしなぁ」

『ままならないものですな』

「まあ、使えることがわかっただけ収穫かな、いろいろ試してみればいいよ」


 能力強化を解除すれば飛び交う頁は風に攫われて散っていった。


 余談であるが、家に戻るとアラクネが起きだして夜着のまま家の前で待っていて、そんなに隠し事がしたいのかと愚痴られた。

 確かに、隠し事だらけだなぁと思いつつ、そのうち全部話す日が来るのかなぁと思いを巡らせるのだった。


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