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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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小熊のテッド

前話と前々話のタイトルを変更しました

~承前









「違うの! 待って!」


 ジョニーの背中に隠れていたリディアが一歩前に出た。

 両手を広げジョニーの前に立ちはだかるように……だ。


「リディア!」

「お願い! 待って!」


 リディアは真剣な表情で立っていた。

 全身に緊張感を漂わせるその姿は、ジョニーの知るリディアではなかった。


「お願い! バーニー! 話を聞いて!」        


 声を嗄らして叫ぶリディアの背中には、装甲服越しにも分かるほど筋肉が付いている。その背中を見たジョニーは、レプリと言えどもシェルの機動には耐え切れないのだと気がついた。


「こっちへおいでリディ」

「違うの! 違うのよ!」


 必死の叫びが通じたのか、シリウスシェルのコックピットが静かに開いた。

 リディアの乗っていたシェルと同じように、全身をエアバッグ状の緩衝材で包んだコックピットだった。

 そして、その椅子に座っていたのは、リディアと同じようなスラブ系の女性だ。


 ――アッ!


 ジョニーの眼が何かを捉えた。

 リディアがバーニーと呼んだその女性は、右手に拳銃を持っていた。

 ジョニーは考える前にリディアを後ろから抱き締め、そして振り返って自分の身体を盾にした。流体金属で作られた強靭なシェル用の装甲服は、拳銃弾如きで貫通できるようなものじゃ無い。


「地球人! 死にたくなければその女を離せ」


 高圧的な叫び声と共に銃声が響いた。

 ジョニーの背中にズシンと衝撃が走る。


「ジョニー!」

「こんくらい平気だよ。どって事ねぇ」


 ハッと笑ったジョニーだが、リディアはジョニーの手を解いて振り返った。


「ダメ!」


 リディアはジョニーの前に立ちはだかり両手を守るように広げる。


「リディ!」

「バーニー! この人は…… シリウス人よ!」


 リディアの声が響いた。

 一陣の風が吹きぬけ、あたりが静まり返った。


「そうか…… なら、その男を連れて帰ろう」

「え?」

「ぼうや。お前の名前は?」


 バーニーと呼ばれたその女性は、拳銃を下ろし左腰のホルスターへと仕舞った後でジョニーに向かって誰何した。


「ジョン……だ。ジョン・ガーランド。いや……」


 ジョニーはもう一度後ろからリディアの肩を抱いた。

 白銀のパーツが露呈している腕に、リディアが手を添えた。


「ジョニー・マーキュリーと言ったほうが良いな。リディアの夫だ」

「マーキュリー……だと?」


 一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたバーニーは、ややあって僅かに笑った。

 唇の端だけを僅かに持ち上げるような、倣岸な笑みだ。


「ジョニーと言ったな。抵抗しなければ殺しはしない」


 バーニーはチラリとジョニーのシェルを見た。

 肩に書いてある識別ナンバーを見て、もう一度ニヤリと笑った。


「……借りもあるしな。ただ、その銃はこちらで預かる」


 ――ばれた!


 ジョニーは奥歯をグッと噛んだ。

 腰のホルスターを検め、静かに抜け落ち留めをはずす。

 そして、毅然とバーニーを睨み付けた。


「断る」

「……なに?」

「断ると言ってるんだ」


 バーニーはもう一度拳銃を引き抜こうとした。

 だが、ジョニーは左腕を逆手にしてリディアを左へ押しのけ、素早くコルトを抜いて構えた。そして、引き金を引いたまま左手でハンマーを叩き、初弾を放った。

 オートでは撃てずシングルアクションしか出来ないコルトSAAを早撃ちする為の技。ファイニングショットはジョニーの父親の得意技だった。

 バーニーの拳銃を狙って放たれたその銃弾は、抜きかけだった拳銃のスライド部分に当ったらしく、スライドが外れて拳銃が崩壊してしまった。


「バーニー!」


 リディアは咄嗟に叫んだ。

 だが、ジョニーはまだ引き金を引き、左手をハンマーの上に浮かせていた。

 熟練者のファイニングショットは1秒と掛からずに六連射を可能とする。

 至近距離における打ち合いならば、リボルバーはオートに勝るのだ。


「良い銃だな」

「だろ? 親父の形見さ」


 緊張感溢れる姿で構えたままのジョニー。

 バーニーは凄みのある妖艶な笑みを浮かべた。


「強い男が好きだ。ジョニーと言ったな。お前を歓迎する」

「歓迎される言われはねぇ」

「ならばどうするのだ?」


 質問の意味を掴み損ねたジョニー。

 バーニーは畳み掛けるように言う。


「レプリボディに入ったリディをつれてお前は何処へ行く?」

「……それは」


 返答が出来ず息を呑んだジョニーだが、それでも強気の姿は崩していない。


「それは後から考えるさ」

「シリウス軍へ来るんだ。お前を歓迎する。本当だ」


 バーニーの言葉にリディアは表情を緩めた。

 そしてジョニーの顔をジッと見た。


「リディと暮らせるよう取り計らう」


 その言葉に無くなった筈の心臓がドキリと震えた。

 だが、その言葉の返答を帰す前に、突然猛烈な爆音が響いた。


 ――なにっ!


 慌ててリディアを抱き寄せたジョニーだが、その目の前に連邦軍カラーのシェルが現れた。砂を巻き上げズシンと着陸したそのシェルは、近接火器を全てオープンにしたまま、外部スピーカーから言葉を漏らした。


「ちょっと待て。そいつは俺のもんだ」


 驚いて見上げたジョニー。

 スッと音を立てて開いたコックピットには、エディの姿があった。


「勝手に連れて行ってもらっちゃ困るぜ」


 驚いてエディを見上げているリディアは、振り返ってバーニーを見た。

 同じようにジョニーもバーニーを見るのだが、そこには先程までの高圧的なシリウス軍士官ではないバーニーが立っていた。


「あら…… 随分久しぶりじゃ無い」


 数歩進んで立ち止まったバーニー。

 その言葉に振り返ったジョニーは、エディがコックピットから降りるのを見た。


「あぁ、あんまり良い女がいるもんだから出てきたよ」

「冷たい男ね。先に言えば良いのに」

「先に言ったらベッドで待っててくれたか?」


 普段のエディに有るまじき言葉が漏れた。

 そして、艶っぽい溜息を吐いた女が呟く。


「いつでもあなたを待ってる…… ビギンズ……」


 ビギンズの言葉に腰を抜かすほど驚いたジョニーとリディア。

 だが、エディとバーニーの二人はゆっくりと歩み寄り、まるでリディアとジョニーのように抱き締めあった。エディの胸に顔をうずめ、バーニーは楽しそうに笑った。


「エディ…… 予定通りなの?」

「あぁ。順調だな」

「そうなんだ。じゃぁ、この子が……」

「間違いないな」

「……そう」


 意味の掴み難い会話は続き、ジョニーとリディアは顔を見合わせた。

 そのはるか彼方の空では、501中隊とウルフライダーのシェルが、双方睨み合ったまま飛んでいた。


「リディアを殺さないでくれ。頼んだぞバーニー。いや…… リリス」

「……その名前で呼んでくれるの?」

「俺の妻はお前だけだ」

「嘘つき」


 もう一度バーニーを抱きしめたエディは、ジョニーとリディアに歩み寄る。


「なんと言う運命だろうな。君も手元に置いておきたかったが」


 ジョニーの前だと言うのに、エディはリディアを抱きしめた。

 されるに任せたリディアは、泣きそうな顔でエディを見た。


「いいか、絶対に死ぬなよ。レプリの身体は定期的に乗り換えられる。いつか必ずジョニーと暮らせる日がやってくる。俺がそうするさ。必ずな。その為に俺は地球へ行ったんだ」


 リディアはフルフルと子犬の様に顔を振った。


「救いの御子が…… なぜ地球軍に……」

「そうか。君も知ってしまったか」


 苦笑いを浮かべたエディは右手の指を一本立ててリディアを見た。


「シリウスの…… その奥底に巣食う虫を退治しなければならない」


 エディはリディアの頬に手を当てて静かに言った。

 そして、恐ろしく厳しい目線でジョニーを見た。


「俺の率いる隊は、すべてシリウス人だ。地球人は一人もいない」


 その時、ジョニーは今までなんとなく疑問だった全てが氷解したと思った。

 なぜ、苛烈なまでに軍の不名誉行為を行なった者に措置を下すのか。

 なぜ、連邦軍のやり方の中で浮いた事をしていても責任を追及されないのか。

 なぜ、他に比べ圧倒的に恵まれた補給体制にあるのか。


「俺は……ハーメルンの笛吹き男(パイドパイパー)だ。シリウスの独立に必要な人間を育て、足りなければ地球から連れてくる。そしていつか必ずシリウスを穏やかで安定した形で地球から独立させる。その為に必要なら、俺は悪魔とも取引をするのさ」


 キッパリと言い切ったエディはニヤリと笑った。


「俺は最初の男性シリウス人だ。そして、バーニーは女性シリウス人だ」


 驚きの表情を崩せないジョニーとリディアは、顔を見合わせた後でエディとバーニーを見た。浜辺には、眩いばかりにシリウスの光りが降り注いでいた。


「……救いの御子」


 そっと呟いたリディアの眼は、神々しい何かを見つめるような眼差しだ。

 もちろんジョニーの眼も同じようだった。


「御似合いの二人だな。何度見ても」


 エディは上着の中からドッグタグを取り出した。

 そこにはシルバーに輝くリングが通されていた。

 ジョイントカプラーの無いドッグタグのチェーンに通されたリング。


 そのリングをエディは引き抜いた。

 チェーンを切る事無く。リングを割る事も無く。


「これは、俺と妻の為に最初の50人が、ヘカトンケイルが用意したリングだ。始まりの50人の願いが詰っている。これを君に渡しておく。対になるリングがある限り、君の身体をヘカトンケイルの祈りが護ってくれるだろう」


 エディはリディアへそのリングを手渡した。

 地球の古代文字で、何事かの呪文が書いてあった。


 そのリングを見るリディアは、どこか恍惚的な表情になった。

 ふと顔を上げジョニーを見るリディアは、幸せそうに笑った。


「ジョニーと言ったね」

「あぁ……」

「エディが見つけただけあって良い男じゃ無い。リディアにお似合いだわ」


 エディからリリスと呼ばれたバーニーは、同じ様にドッグタグからリングを外しジョニーへ差し出す。ただ、バーニーのタグチェーンにはカプラーが付いていて、そこからリングを抜き取っていた。


「それは、最初のシリウス人、ビギンズの為に作られた祈りのリングよ。今はエディと呼ばれている男の為のリング。あなたが持っていなさい。リディアを泣かせないようにね。女を泣かせるダメな男は私がこの手でヴァルハラへ送ってやる」


 ジョニーが眺めたリングには楔文字が描かれていた。

 読めるわけではないが、それでも何が書いてあるのか見当くらいはつく。

 対になって作られたリングに込められた意味など、考えるまでも無い……


「……リディア」

「なに?」


 ジョニーはバーニーから渡されたのリングを握り締め、心からの祈りを込めた。

 バーニーが持っていたエディの為のリングだ。

 ならばそれはリディアに渡しておかねば成らないと思ったのだ。


「俺の祈りを込めた」

「ジョニー」

「きっと…… きっとな……」


 何かを言い掛けて言葉を飲み込んだジョニー。

 リディアはその姿を震えながら見た後、同じ様にエディから渡されたリングを両手で握り締め、胸の前で願いを込めてジョニーに渡した。金属がむき出しになった指には、女物のリングがスッポリと通ってしまった。


「死なないでね」

「……あぁ」


 リディアをギュッと抱き締めてキスしたジョニー。

 涙をボロボロとこぼしながら、リディアは笑った。


「……ちょっと待って」


 リディアは突然走り出し。自機のコックピットから熊の縫い包みを取ってきた。

 あの日、ジョニーの家に初めて入ったとき、リディアが抱えていた小熊だ。

 ボロボロになってなお、大切に手当てしながら持ち続けていた縫い包みだった。


「これを預かってて」

「……テッドか」

「そう」


 小さく『TEDDY』と刺繍されたそのクマの縫い包み。

 それは、貧しいシリウスに育ったリディアの為に、母の作った手製の縫い包みだっただ。そして、二つと無い、リディアの母の形見だった。だが……


「おいおい……」


 エディは笑いながら小熊のテッドの首に有った、小さなバッジを引き剥がした。

 小さな穴が空いたのだが、エディは突然ジョニーのドッグタグを引き抜き、そこにテッドのバッジを重ねて貼り付けた。

 一瞬だけ鈍く光ったジョニーのドッグタグには、テッドの文字が浮かび上がっていた。そして、もう一度小熊の縫い包みのバッジを触った時、鈍い光を放った後にはテッドではなくジョニーと陽刻されたバッジがぶら下がっていた。


「テッド。今日からお前が、リディアの何より大事なテッドだ」

「エディ!」

「地球まで縫いぐるみを持って行く訳には行かないだろ?」


 驚愕の表情でエディとテッドを見ていたリディアは、小熊の縫い包みを見た。

 どこか笑っているようにも見える縫い包みの首にはジョニーの文字があった。


「……あんまり無理すると」

「これ位なら平気さ。問題ない」


 リリスの言葉にエディは笑っていた。

 そして、もう一度リリスを抱き締め、そしてリディアを抱き締めた。


「君に神の恩寵があらん事を。シリウスに平和が訪れる日まで死ぬんじゃないぞ」

「はい」

「その縫い包みにジョニーの魂を入れたからな。何があっても壊すんじゃないぞ」


 驚いてエディを見ていたリディアは、フンフンと何度も首肯した。


「行くぞテッド。時間切れだ」


 くるりと背を向けシェルへと乗り込んだエディは、何も言わずにエンジンを始動して待っている。


「……エディ」

「テッド! 早くしろ!」


 最後にもう一度リディアを抱きしめたジョニー…… テッドが走り出す。


「じょ…… テッド!」

「さよならなんて言うなよ! また会おうぜ!」

「……うん」

「じゃぁな!」


 完全に壊れているジョニー機を放棄し、エディのシェルに搭乗したテッド。

 一気にエンジンを吹かしたシェルは、白い雲を引いて上昇して行く。

 その後姿を見つめながら、リディアはボロボロと涙を流していた。


「リディ…… 泣くんじゃないよ」

「はい」

「良い女ってのはね、何があっても泣くんじゃない」


 コクリと頷いて振り返ったリディア。

 そこには静かに涙を流すバーニーが立っていた。

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