運命の騎士
『テッド ちょっと来てくれ』
唐突な呼び出しが無線の中に響いた。
声の主はエディ。呼び出された先はシェルのハンガーだった。
『いま行きます』
『急いできてくれ』
『イエッサー』
空母ハルゼ―の艦内を走って行くテッド。いつの間にかジョニーという男はいなくなっていた。そして、それが当たり前であるかの様に、空が青い事に誰も疑問を抱かない様に、テッドと言う男がそこにいた。
最初からそうであったかのように、そうなっていた。そしてそのテッドという男は、いつの間にか501中隊の若手の中で一番になっていた。
「すいません。遅くなりました」
ハンガーに姿を現したテッドをエディが手招きした。
「こっちだ! こっちこっち!」
1G環境に仕立てられている通路から一歩踏み出し、人工重力が遮断されているハンガーへと一歩踏み入れたテッド。
ふわりと身体が浮き、その中を脚力で飛んでいくテッドは、エディ達が集まっていたシェルの裏手に到着した。
「……なんですか? これ」
「これが? 聞いて驚くなよ?」
ニヤニヤと笑うエディは勿体ぶる様に言った。
「これはシェル向けの新型エンジンだ」
「新型?」
「そう。グリフォンMarkⅡ」
溢れる笑みを堪えきれぬ様に笑ったエディ。
周囲の技術官達も笑っていた。
「バンデットの大気圏外向けエンジンと同じ、純粋な熱核反応エンジンだ」
「……えっと」
座学で習った記憶を必死に思い出すテッドの脳裏に一つの単語が蘇る。
――プラズマの渦の中、制御された核爆発を連続して行うエンジン……
「これって…… 核爆発その物な……」
「そうさ。まぁ、威力としてみれば弾道ミサイルなんかとは比較にならないが」
ごく少量の使用済み核燃料にレーザー状の加速粒子を当て、強制的に核反応を起こさせてその爆発的反応によるイオンを加速媒体に使うものだ。
「……大丈夫なんですか?」
「テッドはバンデットの宇宙向けエンジンに疑問を持っていたか?」
「……いえ」
「じゃぁ、大丈夫さ」
「でも…… テストは?」
不思議そうに首を傾げたテッドは、食い下がる様に質問した。
その姿が面白かったのか。エディは楽しそうに言った。
「これからテストする」
「……誰が?」
「俺たちさ」
テッドは右手で顔を押さえた。アチャーのポーズだ。
ある程度覚悟はしていたが、まぁ、予想通りの展開だった。
「さて、遊んでいる暇はないぞ? まだダイナモ作戦の途中だ」
楽しそうに笑っているエディは、テッドに出撃の仕度を促すのだった。
――――――――ニューホライズン周回軌道上
2247年 6月 25日 1800
「このエンジンは推力の次元が違う」
「そうなんですか?」
どこか訝しげなテッドの声にエディが笑う。
ハルゼ―の磁気カタパルトに引っかけられたシェルは、発艦体制になった。
「推定だが、最大速力は秒速39キロに達するだろう」
「あんまり変わらなくないですか?」
「速度だけならな。問題は加速が違うんだ」
エディとテッドの二人は、140ミリを抱えたままグッと奥歯を噛んだ。
瞬間的に猛烈な加速が始まり、磁気カタパルトは二人を宇宙へ放り出した。
150メートル程の加速で、シェルは毎秒4キロ弱を獲得していた。
そして、この時、テッドの意識の時間軸は大きく引き延ばされていた。
1秒を1時間にも感じる様な錯覚だ。
デジタル時計の秒表示が先に進まないもどかしさを感じた。
――あぁ……
――またこれだ……
この3週間、テッドはこの妙な感覚と戦っていた。
戦闘中、テッドの意識がゾーンに入ると、これに陥るのだ。
「ブースターは無い! ここからメインエンジンに火を入れる!」
エディの言葉がスローモーにならないのは妙な感覚だ。
ただ、その原因を考えている暇は無い。
「ハルゼ―のカタパルトもパワーアップしてます!」
「シェルが軽くなったからな1」
エディの説明を聞いたテッドだが、正直、余裕のある状態では無かった。
世界が湾曲している錯覚を感じ、同時に視界の半分が黒ずみ始めている。
視野網膜では無く、脳殻内の脳漿液が偏って発生するブラックアウトだ。
目を見張る様な速度だが、本当の加速はここからが本番だった。
「ぶっ飛ぶぞ! 計算上とんでもない加速だが覚悟は良いか? 俺は出来た!」
「いつでも! 俺もエディと飛ぶときは覚悟してる!」
「よしっ! 良い答えだ!」
――俺の魂はあの縫い包みの中だ!
機械的な音声がイグニッション5秒前を宣言した。
そして、4,3,2,1とカウントダウンし、ゼロを宣言した瞬間、テッドの意識は宇宙の虚空で遠心分離された様な状態になった。
――ッグ!
従来のグリフォンエンジンも猛烈な加速だった。
強制酸化剤を入れたエンジンは、猛烈な加速度を発生させていた。
だが、このグリフォンMarkⅡはそれを遙かに上回る暴力的なエンジンだった。
全くクッションのないただの板のシートだが、そこに身体がめり込む錯覚だ。
背骨にあたるメインピラーがギシリと軋み、両腕の油圧系統が異常を叫ぶ。
グッと食いしばったテッドの目は、計器の速度計に目をやった。
――速力…… 秒速38キロ!
――機体の抗遠心力限界まで余裕が殆ど無い!
テッドは視界の隅の機動限界線に意識を集中させた。
本来なら朝顔型の様なその花は、細く閉じたテッポウユリの様に咲いている。
この速度域では、シェルの機体が速度に耐えられないのだった。
「迂闊に旋回するなよ! 機体がバラバラになってしまう」
加速限界に達し、アイドル状態にまで出力を絞ったエンジンがカラカラと音を立ていた。完全に切ってしまえばエンジンは壊れてしまう。ハチャメチャな構造のエンジンは、一言『バカ』としか言いようが無かった。
「さて、行きがけの駄賃だ」
エディは楽しそうに言うのだが、テッドの顔は引きつっていた。
レーダーにうつる前方には、大きなクラウド状の『敵らしきエコー』があった。
「抜かるなよ? テッド!」
「あぁ。大丈夫だ」
……あの日以来、テッドはエディの影の様になっていた。
目に見えてエディはテッドを重用した。アレックスやマイクを越える程に。
そして、同じ少尉候補生達もその理由を分かっている。
このひと月程の間にテッドが見せた技量の向上がずば抜けていたのだ。
現状では、ディージョやヴァルターやロニーがジャンとドッドとウッディのサポートを受けた状態でテッドに襲いかかっても、軽くあしらう様に全滅の憂き目に遭うのだ。
エディと唯一互角に渡り合える程の技量。つまりソレは人類最強レベルと言って良かった。
「さて、それでは試してみようか」
「ほんとにやるんですか?」
「その為に出て来たんだ。やらなきゃ意味がない」
一瞬だけ気後れしたテッドだが、やることは分かっていた。
いずれは来る事なのだから、早めに経験した方がいい。
「遠慮するなよ」
「……はい」
敵が存在する可能性の高いエリアはこの辺りだ。
テッドのレーダーにはそう言う状態の雲が表示されている。
コンピューターによる識別ではシェルの可能性が高い。
――ここには居ないでくれよ……
テッドは神様とか言う不公平で不公正なマスカキ野郎を脳内に呼び出し、念ため祈りの聖句を唱えた。
――いつか必ずぶっ飛ばしてやる!
140ミリの発火電源を入れて射撃体制に切り替えると、テッドの目は前方を捉えた。ざっと200程のシェルがいた。
そのどれも動きが素人そのもので、いかにもトレーニング中と言う状態だった。
「これって」
「思った通りだろうな」
「気乗りしませんね」
「地球側が負けてもいいなら見て見ぬふりするぞ?」
従来なら素人状態のレプリに最低限の知識だけをインストールし、まずは実戦経験を積ませるやり方だったはずだ。だが、どう見てもこのシリウスのシェルはド素人だった。つまり、インストール出来ないパイロットを養成している。
「中身は人間ですね」
「そう言うことだな」
速度リミッターを掛けているのか、驚くほどトロくて鈍い動きだった。
秒速38キロまで加速しているのだから、相手は止まった様に見えるほどだ。
「迂闊に旋回するなよ」
「分かってますって」
細心の注意を払ってシェルを旋回させたテッドは、機体自体が強靭さを上げている事に気がついた。そして、反応も良くなっていた。
恐らく、初めてシェルに乗るパイロットでは制御しきれないだろう。一つ一つの操作に対する反応が鋭すぎる。もはや身体の一部になっているテッドですらも、操作を慎重にと思うほどだ。
「ハハハ! 見ろ! 素人の群れだ!」
エディは一切遠慮することなく、その群れに突っ込んでいった。後方から追い越すように飛び、その中で必殺のライフル砲をお見舞いした。
次々と爆発が発生し、シリウスのシェルが火だるまになっている。その光景にテッドは息を呑むのだが、エディは全く臆することなどなかった。
「エディ!」
「心配するな! ここには居ないさ!」
テッドの内心を見透かしたようにエディは叫んだ。
心の中に引っ掛かっていたのは、間違いなくリディアの存在だ。
ウルフライダーはシリウスのシェル乗りを鍛える集団なのだから、ここにいるかも知れないとテッドは思ったのだ。
「エディ……」
「テッド 俺の経験的にな、こんな戦闘中はまず遭遇しない」
「そうなんでか?」
「あぁ 狙って遭遇しに行かない限りな」
ハッと笑ったテッドの声が無線に流れた。
すべて見透かされていたのだの笑うしかなかった。
エディはいつもこうなのだ。
全部承知でテッドを連れ出しては、こうやって経験を積ませるのだ。
テッドよりもやや前方を行くエディのシェルが僅かに振り返った。
その姿は、遠い日に馬上で振り返った父親の姿を思い出させた。
怖れず怯まず退かず、自らの運命と全てを受け入れ戦った父の姿。
――オヤジ……
テッドは一気に加速して再び厳戒一杯まで速度をのせた。
そして、遠心力に負けないように機体を巻き込みながら、全方位射撃を行う。
瞬く間に周囲を行くシリウスのシェルがスクラップとなり、テッドはライフル砲のマガジンを代えた。
「このライフル砲にもう少し弾が入ると良いんですが」
「新エンジンのお陰で発電容量が随分上がった筈だ。上手くすれば」
「荷電粒子砲が使えますね」
「そう言うことだな」
訓練中のシリウスシェルが逃げ始めた。どうやっても勝てない相手だと気が付いたらしい。
インストラクターらしきシェルが必死に時間稼ぎしようとしているが、エディとテッドには良いカモでしかなかった。
「なんか気が引けるな」
「戦争に綺麗も汚いも無い。勝つか、さもなくば死ぬかだ」
エディは戦争の真実を語った。
どんなに取り繕った所で勝利の対義語は敗北てはなく死であり、滅亡なのた。
「また、リディアの顔を見たいだろ?」
「もちろんです」
「なら、手段に拘るな。とにかく勝て。勝って勝って勝ち続けろ」
「ですか……」
ふと視線を走らせた先、シリウスの新米シェルライダーが操縦を誤りシェル同士が激突した。
制御を失っている状態だが、エンジンはまだ生きていた。
テッドは機の舳先を返し、真っ直ぐにそのシェルへと向かった。
そして、そのシェルの機動を調え、帰還方向を目掛け加速して押し出した。
「……テッド。俺の言った事を聞いてたか?」
「もちろんです!」
「じゃあ……」
呆れるように笑ったエディの声が無線にこぼれた。
シリウスのシェル達は呆気に取られてエディとテッドの二機を見ている。
「シェリフは逃げない。シェリフは卑怯を善しとしない。シェリフは堂々と勝つ」
父から教えられた保安官の聖句。テッドはそれを音吐朗々と唱えた。
エディはコックピットのなかで満足そうに笑いながらそれを聞いていた。
「テッド」
「はい」
「それは保安官じゃない」
「違うんですか?」
「あぁ、違うぞ」
違うぞと否定したエディ。
テッドは黙って次の言葉を待った。
「それは保安官ではなく、騎士の生き方だ」
「騎士の……」
「そうだ」
小さな声で『騎士』と呟いたテッド。
エディは言う。
「自分の信じた道を裏切るな。自分の決めた生き方を裏切るな。自分の信念を絶対に裏切るな」
「……はい」
「テッド。騎士の叙勲が出来る訳じゃないが、その高潔な魂を絶対に汚すな。それを絶対に忘れるな。お前も…… 救いの御子に導かれた、運命の騎士だ」
「……はい」
辺りのシリウスシェルを横目に眺め、エディとテッドは大きく旋回して空域を抜けた。後方から高速飛翔体がやって来るとレーダーな警告するのだが、もはや追い付かない加速度を獲得していた。
グングンと流れるニューホライズンの地上を眺めながら、テッドは前を行くエディの背中を見つめていた。
――我が王……
何となく、そんな事を呟きながら。




