紙一重の生と死
――――2245年4月30日 早朝
ルドウ中心部
戦車との激しい戦闘が一晩中続いたルドウの街中。ジョニーは街中のどこかで拾ったマットレスを瓦礫の山に敷いて、泥のように眠っていた。深夜から始まったシリウス軍のM-1重戦車との戦闘は、とにかく全てが初めての体験だった。
そして、救援を友軍に感謝され、街の守備隊から『三つ星ホテルを使って良い』と案内されたのだが、そこは見渡す限り瓦礫に囲まれた『元』ホテルのなれの果てでしかなく、何故ここが三つ星?と訝しがったジョニーを余所に、そろそろ空が明るくなり始めていた時間だった事もあって501中隊の下士官以下は争うように寝に入ったのだった。
ふと、どこかで手榴弾の爆発音が鳴り響いた。ビックリして目を覚ましたジョニーは、身体に手榴弾の破片が刺さってない事を確かめて安堵した。とにかく身体中痛い朝だった。インナーアーマーの上から装甲ポンチョを被り、ヘルメットを被ったまま眠ってしまったようだ。
背中に鈍い痛みが走り、首と言わず肩と言わず、動かすだけで電気の走るような激痛があった。だが、目を覚ました以上は動き出すのがセオリーだ。マットレスを瓦礫の隅へを追いやり、まだ眠っている高級下士官達の間を縫って、なんとか天井があるだけの建物の外へ出た。
ひんやりとした空気が漂うルドウの朝は、湿気た硝煙の臭いと死んだ人間が放つ血生臭い臭いが入り交じった、すがすがしさの欠片も無い朝だった。
「ジョニー 目が覚めたら先ず歯を磨け」
「歯?」
「そうだ。戦場だと虫歯になったら命に関わる」
寝ぼけ眼で水を飲んでいたジョニーは、いきなりそんな言葉をリーナーから掛けられた。余り目立たない少尉であるリーナーは寡黙な男で、必要以上のことは喋らないし冗談を言うところも聞いたことが無かった。
「少尉はもう長いんですか?」
「ながい? なにが?」
「いえ、501中隊が」
「……正直、覚えてないんだ」
「え?」
ゴシゴシと歯を磨いているリーナー少尉は不思議そうな顔でジョニーを見た。
知らないのか?と言わんばかりの顔でいるのがジョニーにも不思議で仕方が無かった。ただ、そんなジョニーの反応など構う事無く、リーナー少尉は黙々と歯を磨いた後、顔を洗って上着の袖を通した。
「必要な事は複数ある。だけど同時には出来ない。そんなときに優先順位をちゃんと見極め、順番を正しくこなしていく事が重要なんだ。それが出来れば生き残れるだろう。昔から言うだろ? 戦場において捨てて良いのは愚かさだけ。そうすれば生き残れるってな。けだし名言だよ」
ジョニーの肩をポンと叩いたリーナーは戦闘装備を整え、501中隊が事務所に使っている部屋へと歩み去った。完全に廃墟となりつつあるルドウの街だが、ところどころにポツンポツンと奇跡的コンディションで崩れていない家があり、家主が何処かへ逃げ去った家を勝手に事務所に使っているのだった。
「おはようジョニー よく寝たか?」
「おはようございます曹長殿」
「おいおい」
鈍く笑ったドッドは歯を磨きながらジョニーの肩を叩いた。
「昨日の夜は普通にドッドと呼んでたじゃ無いか」
「……申し訳ありません!」
背筋を伸ばしたジョニーだが、その頭に乗っていた帽子をグイと引っ張ったドッドはジョニーの胸に指を突き立てた。
「あの混戦に生き残った以上、お前はもう一人前だ。正直言うが、昨日の夜はお前も死ぬと思っていた。だけど……」
瓦礫の山に向かってペッと泡玉を吐いたドッドは水を口に含んですすぎ、それも吐き出した後でうがいをする。口の中を綺麗にすることがどれ程重要なのかを実感するほどジョニーは老練では無い。だが、少なくとも一つ解る事がある。それは、歯を磨くと口の中がさっぱりしてスッキリすると言うことだ。
「ジョニーもヴァルターも生き残ったしドゥバンも無事に生き残った。新兵が3人とも生き残ったってのは実は凄い事なんだぜ」
「だけど……」
ジョニーの目はフレームだけ燃え残っているシリウス軍の装甲車と、その前に並べられた地球連邦軍のマークが入った死体袋を見ていた。
「新兵3人の代わりにヴェテラン3人が死んだ。だけどコレは神の御手の上だ。俺たちは結果を受け容れるしか無い。拒否は出来ねぇのさ。だからなジョニー」
ドッドは右の拳を握りしめ、ジョニーの胸にドンと当てた。
予想外に強い一撃だったので少し驚いたのだが、それでもジョニーはドッドを見ていた。
「ジョニー。言いたい事はハッキリ言え。俺たちは何時死んでもおかしくない場所に居る。そんな場所で変に遠慮して自分の内側にため込んで、それで悶々としていたら、土壇場の土壇場になった時、本当に言いたい事が言えなくなるぞ。士官様相手じゃ気を使うべきだが、俺たちただの兵隊は階級こそ有るが普段は余り気を使うな。ただ、必要な時にはちゃんと振る舞え。そんな使い分けもそのうち覚えるだろうから、ここじゃ口を酸っぱくして言うことはしない。ただな、変な遠慮だけはするな。いいな?」
ジョニーはやや小さな声で「はい」とだけ返事をした。
それを見ていたドッドも寂しそうに笑って、死体袋を見ていた。
「戦場って所じゃ人が死ぬのは良くあることだ。だからいちいちそれに気を病んでいると人間が壊れてしまう。まぁ、上手く付き合うしか無いってこった」
「はい」
素直に返事をしたジョニーをドッドは優しい眼差しで見ていた。
「何か変ですか?」
「いや、変じゃ無い。ただな」
「ただ……?」
「ジョニーの素の状態ってのは、基本的に素直でまっすぐな人間なんだなってつくづく思うんだよ。実はな、事あるごとにエディが言うんだが、ジョニーを卑屈な人間に育てるなって。エディが仕切りに言う時は、大概が見込みのある人間か、大きく成長するかどっちかだ。長い事エディと組んでいるが、あの男は人の悪口を言わないタイプだ。だけど、ダメな人間は容赦無く切り捨てる。そんな男が随分とお前を買ってるのさ。だから」
もう一度ジョニーの胸を拳で突いたドッドは、首を大げさに振って死体袋を見た。
「あぁならないように気を付けろ。エディが悲しむ」
「……はい」
「昨日の夜は酷かったな」
ジョニーとドッドの意識は前夜遅くへ飛ぶ。
激しい戦闘をした、まだ煙の燻る街中にヘッドライトと砲口からのマズルフラッシュが瞬いた夜へ。
――――6時間程まえ
「10時方向! Mー1戦車ダブル!」
「一撃で仕留めろ!外すなよ!」
ジョニーの絶叫にエディが合いの手を入れた。
ドッドは円周モニターをタッチして攻撃優先順位を指定し、荷電粒子砲の設定を書き換える。内圧が一定なら絞りを閉めてやってベンチュリ効果で速度を上げてやれば良い。ただし、荷電粒子の固まりも細くなるので空気摩擦により解けて行くのも早くなる。従って射程が短くなるおまけ付きだ。まだまだ兵器としては進化の余地がある荷電粒子投射兵器は、個人携帯レベルにまで進化するのにまだまだ時間がかかりそうな代物だった。
「口径88ミリ、内圧一杯255倍で撃つ! マルコ! 死ぬ気で突っ込め!」
「よし来た! 外すなよ!」
「俺が外すかよ! ロックンロール!」
全速力で接近して行く装甲車の中、中隊指揮席でエディは薄笑いを浮かべていた。
マルコは恐れを知らず突撃し、ドッドは次々と砲のセッティングを変えて攻撃準備を整える。
恐怖を知らぬかの様に振る舞う彼らは誰よりも恐怖を知っているのだ。準備を怠り先頭に突入する恐怖。油断と隙だらけで戦場を行く恐怖。相手を侮り自らを過信する恐怖。だからこそ、万全の準備を整えなければならない。
「行くぞ!」
ドッドの叫びと同時に、凄まじい音が装甲車の中に轟いた。
ほぼ最大出力で投射された荷電粒子の一撃はシリウス軍重戦車の側面装甲を簡単に貫通し、反対側の装甲ですらも撃ち抜いて大爆発を発生させた。間違い無く弾薬を撃ち抜いたのだとジョニーは直感した。
自己爆発力の無い荷電粒子は装甲を貫通する事はあっても、粒子それ自体が爆発することは無い。それ故、どれ程ビーム兵器が進化しても戦場から爆発系の兵器が消えることは無い。戦車でも自走砲でも野砲でもでも、榴弾を使えない物に意味は無く、相手に火災を発生させるか爆発させることが出来なければ、兵器としては役に立たないのだ。
「よっしゃ! 2輌目行くぜ!」
ハンドルと格闘するマルコはスタビライザーのセッティングを調整しながら急ハンドルを切った。無限軌道で走る戦車の様に超信地旋回の出来ない装輪型装甲車は、急ハンドルを切ることでしか旋回が出来ない。だがこの時、曲線の内側へ向かって砲を撃つことは出来ない。重心がアウトカーブ側へ遠心力で持って行かれ、車体は外へ大きく傾いているからだ。こんな状態でカーブ内側へ射撃すれば重量のある装甲車とは言え簡単に横転する。スタビライザーを使い横転を防ぐのに精一杯なのだから砲撃など勘弁してくれと言うのがドライバーの本音だ。
「マルコ! まだか!」
「あと5秒!」
「諸元入力良し! いつでもぶっ放せるぜ!」
ドライバーのマルコはスタビライザーのスイッチを切らないままドッドにサムアップした。
直後にドッドは発射ペダルを踏みつけ、再び砲塔内に大音響を響かせる。
同じタイミングで2輌目のシリウス軍戦車が大爆発した。正確に砲塔内部の弾薬ラックを撃ち抜いたドッドの腕は大した物だとジョニーも感心する。
「ここから奇襲は出来ないぞ」
エディは注意を促しつつも、戦況マップに続々と情報を書き込んで行く。
通りの反対ではマイクの率いる2輌がシリウス軍戦車を3輌ほど破壊していた。
残りの戦車は推定で8輌。随分数がいるなとエディは苦笑いだ。
「随分仕事熱心だなあいつら!」
「ボーナスの査定に響くんじゃねーのか!」
「そりゃ仕事熱心になるわけだぜ!」
「だな!」
マルコとドッドは掛け合い漫才に興じつつ、次の獲物をさがした。アンディー達が送ってくる戦況情報を頼りに、ハンドルを握るマルコは待ち伏せしている戦車の背後へと回り込んだ。その意図を理解したドッドは再び砲のセッティングを変えた。点ではなく面で破壊する撃ち方へ。
「口径140! 内圧160!」
ドッドは照準手席からエディに声を掛ける。
「エディ! 拡散破甲射撃する! 電磁リークするからアースを取ってくれ!」
「もうやってるよ! 遠慮なくやって良いぞ!」
「さすがだ!」
不思議な会話をしていたドッドとエディを不思議そうに眺めた後、ジョニーはドッドの後ろでオペレーティング手順を観察していた。回転する砲塔の一部として動く照準手の席に座るドッドは、機械の様に冷静に戦闘を続けていたのだが、ふと、エディの足元に細いコードが出ているのを見つけた。
――――なんだアレ?
その一瞬の油断が車体の動揺からジョニーを置いてけぼりにした。激しく振られた振動で姿勢を崩したジョニーは慌てて壁に手をつく。しかし、ドッドはそれに気が付かず砲塔を回転させたので、ありえない角度に手首が曲がり激痛が走った。
「いて!」
「油断すんなよジョニー!」
「すいません!」
ドッドはガンッと音がするほどの勢いで発射ペダルを蹴りつけた。かなりの至近距離から発射された主砲によりシリウス戦車の砲塔後部がそっくり吹き飛ぶほどのダメージを与え、エンジンルームから火災が発生した。
動けなくなった戦車はただの的でしかない。地上側にいた歩兵により携帯型対戦車兵器でトドメを入れられると、黒い煙を噴き上げ行動不能となったのだった。
「残り5輌!」
エディが叫ぶ。ドッドとマルコは残りの的を探して市街地を走り回った。ふと振り返ったジョニーは後部モニターに2号車の姿を確認する。リーナー少尉の指揮する2号車も各方面へ砲撃しつつ、1号車と付かず離れずの距離で走っていた。
「エディ! 西側の通りに例のパワーローダーがまとめて居やがる!」
「承知! アンディー! どうにかできるか?」
「任せてくだせぇ!」
何処かで戦闘していたらしいパワードスーツたちが、背中のジェットバーニアをふかして空を横切った。半分崩れたアパートの向こうへと着地した彼らは早速大暴れを始めたらしい。次々と爆発や炎上が続き、その都度に空が赤く染まっていた。
「装甲パワーローダー50機! 大型の対戦車カノンを装備しています!」
「なんだって!」
「注意してください!」
戦域マップが更新され戦術情報表示欄に危険度判定AAA表示のパワーローダーが並んでいた。ただ、その輝点は次々と消え始め、パワードスーツたちが大活躍しているのが手に取るように分かった。こちら側に被害はない。全てが上手くまわっている。ふと、そんな事を思ったジョニーだが、戦場では油断や過信は死に直結する。
「エディ! 通り一本向こう側でシリウス戦車が待ち伏せしているぜ!」
マイクの言葉が再び無線に流れ、戦域マップにピンクの大きな光が点滅を始めた。その背後へ回り込もうとしている3号車と4号車が表示され、さらに、それを仕留めようと動いているシリウス戦車が2両いるのが見えた。
「リーナー! 3、4号車を支援しろ!」
「イエッサー!」
1号車の後ろを走っていた2号車がハンドルを切って迂回を始めた。マルコはその2号車を支援するべく、回り込みつつあるシリウス戦車に向けて接近を始めた。彼我対峙距離がグングンと短くなっていき、ジョニーは思わず息を飲み込む。
「さて、こっから必要なのは度胸と根性だぜ。エディを見ろよ。どっしり構えてうわつかねぇだろ? アレが男って生き物よ!」
照準調整を続けるドッドはニヤリと笑った。
「側面ばっちり! いただきだぜ!」
シリウス戦車の横へ飛び出た1号車は砲塔を左へ向けて砲を撃った。眩いマズルフラッシュで街が一瞬明るくなり、同時にシリウス戦車の砲塔が吹っ飛んでひっくり返っている。完璧な一撃でまた一両減らしたのだが、今度は至近距離からシリウス戦車の砲撃を受けた。
咄嗟に急ハンドルを切ったマルコのおかげで直撃こそしなかったのだが、マズルブラストの直撃を受け車体にドシン!と言う衝撃があった。
「やるじゃねーか! くそったれ!」
マルコは再び急ハンドルを切って肉薄する。自動装填のシリウス戦車は砲身を1号車にぴったりロックし、動態予測を行いながら射撃段階に入ったのが分かった。
「止まるぜ!」
マルコが急ブレーキを踏み、車内にあった様々な物が乱舞する。だが、その甲斐あってか1号車の前方15メートルほどにシリウス戦車の主砲弾が着弾し、崩れ残っていたビルの外壁を完璧な瓦礫へと変えていた。
「ドッド! 突っ込むぜ!」
「よっしゃ!」
アクセルを蹴りつけ急発進した1号車はシリウス戦車に肉薄した。彼我距離130メートルの至近距離でドッドは主砲を撃った。口径75の内圧255。最大出力だった。
「っおし!」
正面装甲を貫通した荷電粒子の固まりは砲塔後部の弾薬庫に誘爆を引き起こし、シリウス戦車の車体が浮き上がるほどの大爆発をした。その直後、今度は3号車と4号車が2輌ずつシリウス戦車を破壊し、残り2輌となった。
「残りはどこに居る?」
戦域マップをにらみつけたエディ。ドッドも360度モニターをしっかりと見ながら敵を探す。アンディー達がパワーローダーに掛かりきりになったら残りのシリウス戦車を見逃してしまったらしい。
「全車注意しろ! いきなり発砲を受けるぞ!」
エディが注意を促した瞬間だった。何処からともなくライフル砲の発砲音が鳴り響き、直後に何かが激しく壊れる音がした。
「全車無事か!」
エディの金切り声が無線に流れる。
「2号車無事です!」
「3号車問題ない!」
「4号車生存!」
どれがやられた?と首をかしげたエディ。
嫌な汗を背中に感じたジョニーは無線に聞き耳を立てた。
「フランシスとボリスとヘクターがやられた! 即死だ!」
パワードスーツだったか!
驚いてエディを見たジョニー。エディは苦虫を噛み潰したようにしている。
戦域マップが更新され、パワードスーツを挟み撃ちにする形でシリウス戦車が存在していた。味方のパワーローダーごと破壊したらしい。
「アンディ! そこを離れろ!」
「しかし!」
「三人の遺体は後で収容する! まずはシリウス退治だ!」
「了解しました!」
アンディー達が空中退避した直後、あちこちから壁越しに主砲を打ち始める501中隊の装甲車たち。次々と壁を壊しながら直進し、障害物がなくなった段階で、最大出力射撃を行った。たった2輌の戦車に対し4輌で打ち込めば文字通りの蜂の巣になるだけだ。シリウス戦車が大爆発し、その直後、今度は中出力連射モードに切り替わった主砲でパワーローダーを次々に破壊した。
僅かに生き残ったらしいシリウス側の装甲車が散発的に抵抗を試みていたので、その掃討を行い、戦闘が完全に終了したのは深夜3時を回って4時近かった。
酷い乱戦を思い出していたジョニーの心をドッドが現実へと呼び戻した。
「ジョニー」
「はい」
「チャッチャと飯を食って後片付けだ 今日は忙しいぞ」
上級兵曹長と言う階級は下士官の頂点で士官にこき使われる兵隊を束ねる責任者なんだとジョニーは学んでいた。ドッドはとにかく隅々まで気を配り、メンバーの面倒を見なければならないし、いつでも戦闘が出来るように隊をコントロールしていた。
「了解です」
「モタモタすんなよ」
「イエッサー!」
ドッドに続き入った事務所の中では黙々とエディ達士官がすでに食事をしていた。
「おはようございます」
「おぅおはよう。昨日はご苦労さん」
そうマイクに労われ、ちょっと離れた席に着いたジョニー。
エディはマイクやアレックスを交え、昨夜救援した連邦軍士官とディスカッションを続けていた。聞くとは無しにその話を聞いている下士官以下の兵隊たちは、時々聞こえている際どい言葉に身を固くしていた。ここから酷い事になる。そんな予感だけがジョニーの頭の中をぐるぐると回っているのだった。
「自分がが把握してる限りですが、正面に十五個師団です」
「そりゃ厄介だな。痛い目に遭いそうだ」
モグモグと景気良くハードウェルダンのステーキに齧り付くエディは、フリーズドライになった野菜と一緒に口内へ放り込み、水を含んで飲み込む作業を繰り返していた。おそらく味なんて無いに等しい物だろうと皆が思うのだが、エディはそれを実に美味そうに食べているのだった。
「昨日の夜はマズッたな。上手く負けたほうが良かった」
「全くだ。戦略的には負けだな」
エディと話をしてるマイクもアレックスもそんな事を言っている。
なんとなく沈痛な空気なのだが、レトルトのパウチ食品になっているレットビーンズのスープをそのまま飲み込んでいるアレックスは、真空パックのパンを袋ごとナイフで切って、スープでふやかす作業にいそしんでいる。完全密封され真空処理されたパンはパサパサになるまで水分が抜けている関係で、スープででも水戻ししないと、風味もクソもあったもんじゃ無いのだが、それでも軽快に食事を続けるのだから大したものだと皆は思っていた。
「しかし、向こうの増強ペースは恐ろしいな。ほっとけばあっという間に酷い事になりそうだ。こっちの補給はどうなってんだろうな」
どこか苛付いた口調のマイクだが、レーションのデザートについているビスケットに蜂蜜をつけてペロリと平らげたあと、口いっぱいに広がる甘さに目を細めた。どんな時でも甘味を欠かさない食生活にジョニーは眩暈を覚えるのだが、それより凄いのは、これだけ高カロリーな生活をしているのに全く太っていないことだった。
そしてそれはマイクが話しかけたエディも一緒で、どっちかというと甘党系と思われるエディはバゲットにピーナツペーストと蜂蜜とイチゴジャムを載せ、さらにそこへパウダーシュガーをまぶしてモグモグと食べ続けていた。眺めているだけで胸焼けしそうな甘さ加減のパンなのだが、それを平気そうに食べるエディは甘党の域を軽く通り越しているとジョニーは思っていた。
「――まぁ、いずれにせよ委細了解した。支援に向かう」
夜明けを迎えたルドウの街は静寂に包まれていた。
シリウスの地上軍は奇妙な事に、食事時となると攻勢の手を休める。おかげでジョニーはレーションを温めゆっくり食事が出来るのだが、正直不気味でもある。
いつ何時、当然の大攻勢を仕掛けてくるとも限らないのだ。油断させておいて総攻撃と言うのは定番なだけに一度始まると手が付けられない。
「おぃ。少佐殿がやる気だぜ」
食後のコーヒーを飲みながらジッとエディを見ていたヴァルターは、隣に座っていたジョニーに怪訝な顔でそう言った。ジョニーもジョニーで肩を窄めてうんざりの表情だ。
「最初の一週間を無事に乗り切れると生き残る確率が高いんだってさ」
「へぇ…… そうなんだ」
「昨日の移動中に3号車のアレックス大尉がそんな事を言ってたよ」
「じゃぁ、生き残れるようにがんばらねぇと」
「死ぬのも生きるのも時の運だろ?」
「あぁ。だけど、家に女が待ってんだ」
リディアの事を思い浮かべ微妙な表情を浮かべたジョニー。その肩をドンと乱暴に叩いたヴァルターは冷やかすような表情だった。
「おぅおぅ! 見せ付けてくれんじゃねーか!」
「声でけぇよ!」
ニヤニヤと笑うヴァルターがどこかへ消えていった。
なんとなく失言だったと後悔し始めたジョニーだったが、懸念は現実の物となるのだった。




