第1章:運命の拾い物は、顔面国宝級
記憶喪失のイケメン(中身は最強の王子)×下町の心優しい少女。
平和な下町ライフを楽しんでいたはずが、隠しきれない「ハイスペック」が漏れ出して……!?
ほのぼの日常から一転、暗殺者の強襲、そして王都奪還の戦記へ。
怒涛の展開をお見逃しなく!
1.災難続きの土砂降り
その日の雨は、まさに「バケツをひっくり返した」という表現がぴったりな土砂降り。
夕闇が迫る下町の路地裏は、ひどく冷たくて、なんだかどんよりした水の匂いが充満している。
「もうっ、最悪、最悪、最悪……!」
私、リナは、ボロボロになりかけた買い物袋を必死に抱えて、泥跳ねを避けながら猛ダッシュしていた。
お気に入りの靴が汚れちゃうのもショックだけど、
今の私にとって世界で一番重要なのは、袋の中にある
『特売のたまご』。
奮発して買った1パック。
これさえ割れていなければ、
今日の最悪な一日はギリギリ帳消しにできるはずだったのに――。
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2.路地裏に落ちていた「非現実」
最短距離で家に戻ろうと、
普段は通らない細い裏路地へ足を踏み入れた、その時。
積み上げられた木箱の影、ゴミ箱の脇のぬかるみの中に、
「それ」は横たわっていた。
「……え、嘘。死体!?」
喉まで出かかった悲鳴を、冷えた指先で押し込める。
泥水に半身を浸しているのは、一人の青年だった。
着ているマントはボロボロで、あちこちに裂け目がある。
けれど、その下からのぞくシャツの生地は、
こんな下町では一生お目にかかれないような、
きめの細かい上質な絹のように見えた。
おそるおそる近づき、膝をつく。
泥水がスカートを汚したが、それどころではなかった。
前髪の間からのぞく彼の素顔を間近で見た瞬間、
私は卵の心配も、雨の冷たさも、すべて忘れて固まった。
(……待って。何、この顔。人間なの?)
稲光が走る一瞬、彼の輪郭が白く浮き上がる。
陶器のように滑らかな肌に、スッと通った高い鼻筋。
閉じられた瞼にかかる睫毛は、驚くほど長くて濃い。
この泥だらけの不潔な路地裏で、
そこだけが神殿の奥深くに安置された彫刻のように、
神々しいまでの光を放っているのだ。
「ちょっと、起きて! あんた、大丈夫!?」
肩を掴んで揺さぶる。体温がひどく低い。
私の呼びかけに応じるように、青年がゆっくりと瞼を持ち上げた。
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3.記憶喪失と、捨てられた仔犬の瞳
現れたのは、深い夜の海のような、吸い込まれそうなほど美しい青い瞳。
彼は焦点の定まらない目で私を見つめ、ひび割れた唇をかすかに動かした。
「……ここは……。君は、誰だ……?」
声まで、低くて心地よい。まるで上質な楽器の音色のようだ。
「誰だっていいわよ! あんた、動ける? 自分の名前や家はわかる?」
青年は痛みに耐えるように眉をひそめ、片手で自分の額を押さえた。
その指先すら、長くしなやかで、労働の痕跡がひとつもない。
「……わからない。思い出そうとすると、頭の中に霧が立ち込めるんだ。
私は……私は、どこへ帰ればいい?」
――出た。記憶喪失。
これほどの美貌をぶら下げて、身元不明の記憶喪失。
普通の感覚なら、関わらないのが一番だ。
どう考えても厄介ごとの種でしかない。
けれど、震えながら私を見上げるその「捨てられた仔犬」のような瞳に、
私のちっぽけなお節介心(と、少しばかりの顔面への敗北感)が負けた。
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4.割れた卵と、拾った厄介ごと
……結局、見捨てられなかった。
「はぁ……。もう、卵が割れても知らないからね!」
私は覚悟を決め、自分よりふた回りも大きな彼の腕を肩に回した。
立ち上がった彼から漂うのは、泥の匂いに混じった、かすかな香木の香り。
ずぶ濡れの「非現実」を肩に担ぎ、なんとかアパートの自室まで運び込んだ。
タオルで水気を拭き、ようやく一息ついたところで、
私はテーブルの上の無惨な買い物袋に目を落とした。
奮発した卵は、無慈悲にもパックの中で全滅している。
「……はぁ。最悪だわ、本当に」
ため息をつくと、
ベッドの端に座っていた彼が、びくりと肩を揺らした。
記憶がないという彼は、
まるで自分の居場所を探す仔犬のような瞳で私を見つめている。
「……私の、せいだろうか。君を、困らせているのか」
「そうよ。大迷惑。卵は全滅だし、部屋は砂だらけだし」
ぶっきらぼうに答えると、彼は消え入りそうなほど項垂れた。
その姿が、雨の中で散っていたハルジオンの花に重なって見える。
「……名前、ないのよね」
「……ああ。思い出せないんだ」
「いつまでも『あなた』って呼ぶのも不便だし。
……じゃあ、今日からあんたは『ハル』よ」
「ハル……?」
「そう。春。
……この雨が止んで、あんたの記憶が戻るまでの仮の名前。文句ないわね?」
彼はその音を確かめるように何度か口にすると、
今日初めて、ほんの少しだけ口角を上げた。
「ハル……。素敵な響きだ。ありがとう、リナ」
――そんな風に、キラキラした顔で笑わないでほしい。
割れた卵のショックすら一瞬で吹き飛ぶようなその破壊力に、
私は「やっぱりとんでもない厄介ごとを拾っちゃったかも」と、
改めて頭を抱えたのだった。
この顔面国宝級の「迷子」を拾ったことで、
私の平穏な生活が、
粉々に割れた卵どころではない大惨事に見舞われることになるなんて――。
第2章に続く…
第2章:招かれざる『観光客』たち(あらすじ)
泥を落としたハルの姿は、まさに「顔面国宝級」。
下町の治安を揺るがすと確信したリナは、必死に彼の外出を禁じ、シーツを被せて隠蔽工作を図る。
しかし、美青年の噂は一瞬で広まり、リナの家には女性たちが押し寄せる「聖地巡礼」状態に!
さらには近所の住民に彼氏と勘違いされて揶揄われ、リナに惚れている幼馴染のテオまでが嫉妬に燃えて薪割り勝負を挑んでくる始末。
本人の無自覚な魅力によって、リナの平穏な日常は音を立てて崩れていく――。




