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宗次と女神と女神の昔話



縁切りの間、女神の元へ行けと命じられた宗次はその言葉に従った。


女神の住む大井の山へたどり着いたころには、日はすでに暮れていた。


こんな時間に山へ入ると、最初にこの森に入ったときの事を思い出す。


生贄にされた、あの日。


美童を好む、不思議な女神と出会ったあの日。



手元の火が揺らめく。



女神は、一人ヌシの沼のほとりに座っていた。

宗次に気づくと


「取り残されたもの同士、寂しく語らおうか」


そう言って宗次を手招いた。




「のう、宗次。お主呪いを信じるか?」

唐突に問われ、なんと答えるかを逡巡する。


「私はな、呪われた子としてここに来たのだ」


それは一人語りのように女神の口から語られた。

女神のその言葉は、自身に掛けられた呪いとサトミの因果とを重ねている。


「私も最初は、お前たちと同じ存在であった」


人であり、生贄であると。


「遥か昔、まだ人々の都も定まらぬ頃の話だ。私は生まれた頃から体に鱗があった」


今、女神の体に鱗があるのかどうかは宗次にはわからなかったが、何も言葉を挟まず静かに女神の昔語りを聞く。


「物心つくころまでムラから隔離され、山里から遠く離れた場所に住む目の見えぬ老婆に育てられていた。その老婆は私には何も教えてくれなかったから、体に鱗があることも異質なことであると思っていなかったのだ」


女神はゆっくりと沼の水面に足を下す。

ヌシとのつながりを求めるように。


「私が17になった年だったか……。実際歳など数えてはいなかったのだが、まあ、そのくらいだと思ってくれ。その年に、遣いが来て私を渡せという」


その時、老婆以外の人間を初めて見て少し驚いた。


女神はそういって笑う。


「老婆がなぜかと問うと、遣いの男は私を生贄にすると言ったのだ。老婆はそうか、とだけ言い、私はその男に連れて行かれた」


女神は人里に下り、多くの言葉を耳にした。

その中でも強烈に印象に残っているのは、母の父親とされる人物の声だという。


「その父親、つまり私の祖父が、お前は蛇神に呪われた子供だから、今から蛇神に返すというのだ」


そこで、母親がいたこと、またその母親が自分を生んで死んだこと、集落が飢饉で存続の危機にあることを聞かされたらしい。


「……女神様」


「そうやって私はここに来てヌシ様に出会った」


ヌシは、女神の姿を見るなり何とも言い表せない微妙な表情をしたとのこと。


「最初は話もろくにしなかったのだが、そんな私を見かねてヌシ様は世話を焼いてくれてな。その内、私は命を奪われた」


「え」


「昔はな、生贄に差し出して祈願が叶うとその贄を殺していたのだよ。天に、それこそ本当に神の供物とするために。神はこの世のものではないから、贄もこの世のものではなくするのだ」


だからサトミさんも霊なのか、と納得する。

宗次だけが偽りの祈願の為に差し出された生贄だった為に生き延びている。


「でもまさか、ヌシ様が殺したわけではないですよね」


「それはそうさ。ヌシ様は私に名をくれ、大事にしてくれた」


宗次は少し安堵する。


「私が死した時、ヌシ様はこの沼にはいらっしゃらなかった。あの方はもともと土地神ではないのだ。様々な土地に行き、子を成す……そうだな、適格な言い方をすれば、霊験や利益のような、または奇跡のような事を土地に残し、人々の信仰を集めるのだ。その人々の信仰が、神を生かす」


子とは、信仰の証であり、奇跡の象徴。


「そうやって、神を信仰する土壌を作るのがあの方の本当の役目だ」


女神はわずかに瞼を伏せた。


「あとで知った事だが、私はそのヌシ様の奇跡の業の影響で体に鱗が出たらしい。だから、ヌシは私を見たとき微妙な顔をしたそうだ」


そうして、ヌシは死した後も女神をこの場所にとどめた。

自分の業により悲しい運命を背をわせてしまったことに、多少なりとも罪悪感を覚えたのだという。


「ヌシ様は、あなたをここに置いておくために神にしなかったのですか?」


宗次は思っていたことを聞いた。

天狗たちとの戦いの中で、女神は真の意味で神様ではないことには気づいていた。


では。

神とはなんぞやと。


その疑問が首を持ち上げる。

その答えも、すでに宗次の中にはぼんやりと形作られている。


「神であろうが、なかろうが、それは私たちの世界では大した問題ではない。社を持ち、奉られようが、妖の類とされようがそれは存在に何の差もない。現に、一部の天狗は神として祀られておる。比企の天狗たちがそうではないだけだ」


女神は沼の底をじっと見つめた。

その先にヌシの姿を求めるように。


「私はヌシ様の元を離れぬと誓ったのだ。あの人の子供のようなものだから、あの方が戻ってこられる場所を見守れるように」


「女神様……」


「まぁ、サトミをここにとどめたのは完全なる私の趣味だがな!」


「存じております」


宗次は女神の話を聞き終わり、サトミの身を案じた。

縁切りはうまくいくのか。

女神もそれを願っていると、空気感で伝わる。


ヌシが女神をとどめた理由と、女神がサトミをとどめた理由は違う。

それが、サトミやサトミの子孫の運命にも影を落とした。

責任を感じているのだ。


その気持ちを汲み取り、二人でただ待つ。



ただ、待つ。

すべてが終わるのを。

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