初めての二年一組
二年一組での初めてのHRは担任の挨拶とクラスメイトの自己紹介。深雪は、初めて担任になる先生の話をよそに、優斗が座る座席の方を見る。
二年になって、同じクラスに優斗が居るというのは新鮮な気分だ。今までどれだけ望んでも手に入らなかった光景が目の前に広がっている。それだけで、深雪のテンションはMAXであった。
自己紹介は出席番号順に行なわれた。トップバッターは深雪。クラス替えがある度に、ほとんど最初に自己紹介しなくてはいけなかった深雪は、出席番号順という言葉に理不尽さを感じていた。
けれど、今の深雪にとってそんなことは些細な事に過ぎなかった。
担任に促され、起立して口を開く。
「蒼深雪です。趣味は、強いて言えば動画を見ることです。よろしくお願いします」
よろしく、なんて心にもないことを口にする。深雪にその気が無くとも、何回も繰り返した自己紹介の定型文だから、仕方ないと納得している。
言い終えると、直ぐに着席する。深雪の着席に入れ替わるようにして、次の人が起立し自己紹介を始める。
何回目かの着席と起立の入れ替わりで、優斗が席を立った。
「霧江優斗です。趣味はアニメを見ることです。一年間よろしくお願いします」
緊張で少し震えつつも、ハキハキとした声で深雪よりも丁寧な自己紹介をする。同じ定型でもただのタスクのようにこなす深雪と心の籠った優斗の自己紹介では、優斗の方が断然好感が持てる話し方であった。一、二周目で優斗がクラスに馴染めていたのはこれが理由であろう。
優斗の趣味は言葉通りのアニメである。いわゆる「オタク」までとはいかなくとも、アニメ好きと言える程度には熱量をもっている。好きなジャンルはラブコメであり、アニメのような恋愛に憧れがあるのだとか。
深雪との会話でもたまに、アニメのことを話している。一方、深雪はそこまでアニメには興味はなかった。優斗が好きなものなんだ、と思う程度で嫌悪も好感もなかった。
それでも、全く触れようとしてこなかった訳ではない。一周目の不登校時期、もう遅いと感じながらも話題作りとして優斗が好きだと言っていたアニメを視聴していた。
優斗の勧めたアニメは王道なラブコメものであり、当時失恋で傷付いた心では到底楽しめなかった。画面の中のキラキラとした恋愛模様に、妬みや自己嫌悪した覚えがある。それよりも、自分の失恋をライバルキャラと重ねたり、王道よりも略奪愛的な作品を好んだりした。
現在は、優斗にアニメを見たことを隠している。理由は、認識のズレをなくすためだったり、好みが異なっていたことだったり、である。
「望月朝日です。陸上部に所属してます。よろしくお願いします。」
自分の自己紹介が終わった後、退屈そうに考え事をしていた深雪であったが、その声が嫌でも耳に入ってきた。
改めて、顔を確認する。真っすぐと伸びた髪は、後ろに一つにまとめられている。曇りのない綺麗な瞳に、スラッとしたスタイル。
その整った姿に、二周目の朝日の告白を思い起こさせる。強さの中に美しさを感じる、姫騎士のような人である。
朝日は言い終えると、淀みのない動作で着席した。深雪の眉間には自然としわが寄っていた。
◇
HRが終わり放課の時間となった。クラスメイトが一斉に動き出すため、一気に騒がしくなる。
その中で、教室の外からする一つの声が響いた。
「朝日―!部室行こー!」
朝日と同じ陸上部の生徒と思わしき人物が顔を覗かせている。
朝日は、わかったと大きな返事をして教室を後にする。
深雪の席と近い、教室の前側の扉からでていったため、深雪と朝日の距離がグッと近づく。周りに気を付けながらも、風を切るように去っていく朝日。揺れるポニーテールと、疾走感の溢れる姿は妙に様になっていた。
朝日が深雪の前を通り過ぎる瞬間、朝日の鞄に付いていたストラップに目が行く。一見すると普通の女子高生が付けていそうなキャラクターのストラップだが、深雪は違和感を覚える。
完璧ヒロインの朝日にはそぐわないようなストラップ。それは、優斗がおすすめしていたアニメに出てくるマスコットキャラクターのものであった。
(意外。望月朝日は、アニメなんて見ないと思ってた。いや、もしかしたらアニメなんてしらなくて、ただキャラクターのビジュアルだけで付けてるのかも。その方が納得がいく)
にわかが、なんて古参のマウントみたいな感想が出てきたことに、自分でも驚く。深雪自身だって大してアニメを見るわけではないが、なんとなくオタク文化に染まっているのだろうか。
そんなことを考えながら帰りの支度を終わらせる。
そして、左斜め後ろの優斗の席まで迎えに行く。
「霧江、帰ろ♪」
「うん、ちょっと待って!」
◇
約一週間が経った。これまでは、特に異常はなかった。
優斗と会話したり、朝日を監視したりしている限り、二人の距離が近くなることもなかった。
(もしかしたら、私が介入したことで二人の出会いは無くなった!?それとも、まだこの段階では出会わないだけ?)
深雪の知る余地もないが、間違いなく言えるのは前者だと楽観的に考えてはいけないということ。もし仮に前者でも、用心するに越したことは無い。
深雪の知識からいけば、少なくとも文化祭までには二人は出会う。それまでに出会わなければ、前者と言い切れるだろう。
(だから、それまでは用心しておかなきゃ……)
放課後、深雪はいつも通り優斗と帰宅していた。他愛もない雑談を交わしながら、優斗との仲を深めていく。一年生のころからしていた、深雪のタスク。現状深雪にできるのはこの程度のことしかない。
けれども、深雪の行動が全くの的外れとは言えない。心理学に単純接触効果というものがある。簡単にいえば、毎日顔を合わせている相手に好意を持ちやすいというものである。
その効果により、一周目二周目よりも優斗の好感度が上がっているはずである。けれども、二人の関係は進展しないままでいた。
「あのさ……、」
優斗が口を開く。
先ほどまでの楽しい会話ではなく、真剣な様子である。優斗はたまにこういった真剣な顔をして話す。勉強のことだったり、将来のことだったり、優斗がこの顔の時は真面目な話が多い。
「どうしたの、改まって?」
「えっと、ちょっとした相談なんだけど……誰にも言わないでね」
「うん」
そもそも、深雪には秘密を言いふらすような相手は居ないのだが。ちょっと複雑な気持ちになりつつも、優斗の言葉を待つ。
「ちょっと、気になる人が居るんだよね…」
「それって……、霧江の好きな人ってこと!?」
頭に浮かんだ名前をいいかけそうになって、踏みとどまる。
「違う、違う!ただ気になるってだけ。他意は無いよ」
「あぁ、ごめん。それで?」
「同じクラスのね……、」
胸の鼓動が速くなる。同じクラスという条件は深雪の思い描く人物に当てはまる。
それでも、違う人だと言い聞かせて心を落ち着かせる。
「望月朝日さん、なんだけど」
ついにその名前を優斗の口から聞く。なぜ?どうして?そんな疑問が頭を埋め尽くす。
この一週間、優斗と朝日の様子を見てきた。二人が接触するところは見ていない。
「……どうかした?」
「いや、なんでもないよ……」
深雪は必死に冷静さを取り繕う。その内心は困惑、焦燥、言い表せない程の淀んだ感情を募らせていた。




