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リベルラ・ロッサ  作者: わをんわをーん
3章
19/21

仇討ち

 ファレナは、ノゲ・レイに会うために皆が順番待ちする待合室を横切っていく。


 ロビーと同じくいくつもある太い柱と何十とあるソファ、長テーブル、幾人もの給仕係が日中は何時もひしめく広い待合室だが、今は誰もいない。


 昇降機を降りた正面、向こうの壁に、二つの大階段が両羽を広げるように右回りと左回りに曲がりながら最上階の取締役室へと続いている。


 最上階全体が取締役ノゲのために作られたフロアになっていた。


 壁がなく、広いバルコニーで囲まれている中に、三十の等間隔に並ぶ太い柱が建つ、だだっ広い空間。

 フロア真横に満月が見える。


 半円の、人が二人横に寝そべらないと向こうまで届かない大きな社長机が、広いフロアの端に一つ設置されて、パッカの光が一つ、その上に浮かんでいる。


 ノゲ・レイはその社長机に座っていた。


 ファレナは力強い顔つきでノゲへと近づいていく。


「話たい事があるんです」

 プカプカ浮いて、ノゲを前まで来たファレナは、武者震いをしながらそう言った。


 懐のナイフには誰にも気づかれなかった。

 身体検査さえされない。

 自分をなめている証拠だと、ファレナはただ喜んだ。


(殺す!隙を見て殺してやる!)

 ファレナの鼓動が激しくなる。


 社長室を取り巻く様に十二脚置かれている、訪問者が座るためのソファを手で指し示し、

「話は伝えられてますよ、座ってください」

 とノゲは言った。


「……どうも」

 ファレナは座らなかった。


「……それで、私に話とは何なんでしょう?」

 ソファにどっしり腰を下ろしながらノゲが尋ねる。


「あなたに協力します、私の体を好きにして下さい。金庫でも何でも、開けましょう」

 ファレナは堂々とした態度であった。

「お父様の残された金庫です。あなたにとって大事なものも出るかもしれません」


「いりません」

「しかし、あなたはこれから実物の体を手に入れるんです。もう一度人間として生きていけるんです。あまり過去にはこだわらずに生きていけるよう、私としても協力を惜しみません」

「ありがとうございます」


 その時だった。


 二人が居る反対側、上ってきた階段の後ろにはノゲ・レイ専用の書斎や寝室、トイレ、風呂がある。


「良い景色でしょう?」

 ノゲがソファから立ち上がってバルコニーに歩いていく。

 ファレナもその後からついていった。


(こんなにも早くチャンスが来るなんて!)

 ノゲの後ろでファレナはナイフを握りしめる。

 感情に任せて行動しているファレナには、ノゲ・レイを殺すのに特に何の考えもなかった。

 協力した振りをして、隙を見て刺し殺す。

 ただそれだけの考えであった。

 それが成功しそうであった。


 ノゲはバルコニーにへと出る。

 そこからはパルティーレの街が一望できた。

 ノゲ・レイは、子供のような目をして望んでいた。


――やるなら今だ


 横に並んで一緒に見ている振りをしていたファレナはおもった。


 そっと、しかし素早く下界に夢中のノゲの後ろに回る。


 鼓動が激しくなる。

 音もなく抜き去った刃が薄く光った。

 力いっぱい握りしめた手が震える。


 狙いすまして、一気に、

「やあぁぁ!」

 力任せに体当たりするように、突き立てて刺し込んでいった。


 ノゲの体がバルコニーの手すりにぶつかり、落ちそうになる。

 背後から心臓の場所を狙った。

 狙い通りナイフは左胸から切っ先が飛び出て夜空に刀身を見せていた。


「ぎゃああああぁぁぁあぁぁ!」

 ノゲが悲鳴を上げる。

「危な!落ちたらどうするんですか!」

 とノゲは手すりから焦って離れるとファレナを振り返り、そう激怒した。



 ファレナはナイフを刺し込んだまま手を放し、怯えるように後ずさりした。

「まったく……何なんですか?冗談が過ぎますよ、ファレナさん、もう」

「……」

 ファレナは言葉を失ってしまった。


「さっ、中へ入りましょうか」

 そう言って、踵を返し室内に入ろうとするノゲを、

「ちょっと待って」

 ファレナが呼び止めた。


「あなた、ゴーレム?」

「えっ?」

 その時、ノゲはふと、自分の胸に刃物が突き刺さっているのに気づく。

「ああぁっ!?何じゃこりゃあぁぁ!?」

 ノゲが絶叫して、口をあわあわとさせると、

「レイさーん!やられたぁ!助けてぇ!」

 そう絶叫して室内を振り返りながら叫んだ。


「まさかワンか!?お前!」

「ぎゃあ!助けてぇ!」

「おい!待ちやがれ!」

 室内へ走って逃げていくノゲをファレナは追っていく。


 駆けて行ったノゲは、寝室の閉められているドアを激しく叩き始めた。

 それからすぐの事である。

 寝室から、ノゲが、出て来た。


 ノゲが二人。


 一方のノゲは、腰に刀を差していた。


 ゆっくり、もう一方のノゲに近づき、突き刺さっているナイフを引き抜いて捨てた。


「ワン、落ち着きなさい、死にはしません、痛みもないでしょう、何をそんなに喚いているんです」

 呆れた口ぶりであった。


「だって、いきなり刺されるんで、つい」

「まったく」

「ごめんレイさん、でも途中までうまく物真似できてたし、結構やったと言っても良いんじゃないかなと、おもうんです……」

「そうですね、お前が居なければ私が刺されて殺されていましたから」

 と言ってノゲ・レイはファレナに顔を向けた。


「ヴェルデさん、酷いですね、協力するというのは全部嘘だったんですか?」

「……本物?あなたがノゲ・レイ?」

 ファレナは疑い、探る目つきでノゲ・レイの全身をくまなく見ていく。


 そうやっても見抜けることはないのは分かりつつ、それでもじっくり観察していった。


「そうですよ、もう私のゴーレムはいません。いたらワンなどは使いません」

「えっ?」

 ワンはその言葉にショックを受けたようで、目を見開きノゲ・レイを見ながら固まってしまった。


「抵抗するなら否応なく協力させます。あと、ワン、あなたは寝室から出ないようにしていてください」

 ノゲ・レイはワンと服装も何もかも同じ、白のスーツを着込んでいたが、ただワンより気品ある佇まいがある。


「もし、私に何かしようとしたら、死にますから」

 ファレナは捨てられたナイフを拾い、

「これは教会で売られてる聖なるナイフです」

 そう言って、ロッサから手渡されたその刃を、自分の喉へと向けた。

「せっかく恩恵で救われた命なんです、そう無下にするものではありません」

「あなたを殺すために救われた命です」

 ファレナはそう言ってふわりと浮いて、バルコニーへとゆっくり後退していく。


「私がなぜ、金庫を開けたがっているか、ご存知ですか?」

 ノゲ・レイは後を追いかけながら言った。


「……なぜ?」

「マガタマへの干渉実験を行うに際して、適当な案件を誤認させるわけですが、その案件が別にこれと言ってなかったからです」

「……えっ?」

「つまり、どうでも良いんですよ、金庫の中身なんて」

「……」

 ファレナの後退が止まる。


「あの時、何か実験に関するデータが入っているかもしれないと持ってきましたけれど、いまやそのデータも必要なくなりました。今まで存在自体を忘れていたくらいです。それが昨日、チュウ博士の研究所であなたに会っておもい出したんです。

――それだけです。

 たったそれだけだったのが、こんな大ごとになるなんて、思いもしませんでしたよ」

「……」

「部下と二人の分身、ずっと一緒に……いた仲間たちでした……」

 ノゲ・レイは悲しみと怒りが混じり合う感情を押し殺す。


「死にたいのならご自由に、しかし、この仇は取らせてもらいます」

 ファレナを見つめてそう言った。

 ノゲ・レイは腰に差した刀の柄を強く握る。

 そして、ファレナとの距離を即座に詰めた。


 咄嗟にファレナが自分に向けていた聖なるナイフを、向かってくるノゲ・レイに向ける。

 雪風が振り下ろされた。

 ファレナのその白く細い腕が、ナイフを握りしめたまま、右腕が切断され、ボトリと床に。――

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