ひとりで
ファレナは部屋の扉を開け、廊下に閉め出されていたロッサを中に入れる。
「チュウ爺さん……何が起こっ……」
チュウ爺さんと、ニンの動かなくなった体を見て、ロッサはすべて理解した。
ファレナは俯いて、涙を流し続けている。
「逃げるよ!」
ロッサはそう叫んで、踵を返しファレナに駆け寄り手を取る。気を失っているソリーソを担ぐと部屋を出た。
ロッサとファレナは夕焼けの日差しを浴び、目を細める。赤く染まるパルティーレの街が望めた。
ソリーソを担いだロッサは、ファレナを連れてソリーソの泊っている宿へと非難する。
ファレナが窓を開けると、太陽はもう沈んで見えない。ただ残光だけはまだ弱弱しく街を照らしている。
「ソリーソさんをベッドに寝かせるか」
ロッサは独り言のようにそう言うと、寝室に入り、ベッドに俯けに寝かせる。
「ソリーソさんが回復するまでここに居よう」
置きながらドアから首を出して、リビングの窓際で外を見ているファレナを見ながら言った。
「……」
ファレナは返事もせず、窓から外を眺めている。
ロッサは、ため息一つ漏らして、
「これからの事だけど、魔協に助けを求めようと思う、良い?」
「……」
ファレナはロッサに目も合わせようとしない。ただ暮れ行く街を見続けている。
ファレナはここまで逃げる間、ロッサが何を話しかけてもずっと黙りっぱなしであった。
ずっと俯いて、何を考えているのか、ロッサは分からない。
灯台の明かりを持ってファレナの居るリビングへ、そして、ひと段落着いたと、力を抜いてドスンと椅子に座り込んだ。
全身の力を抜いていく。
ここまで走りっぱなしであった。
「……なあ?」
外を見つめているファレナを、ロッサはじっと、どこか悲しい顔をして見つめる。
「……どうしたんだ、そんな所で突っ立って」
「……」
「……おい?ホントに怨霊みたいだからやめて、怖い」
ロッサは笑いながらファレナに言った。
「……、……チュウ爺さん、が、死んじゃった……」
形見となった育児嚢を見つめながら、消え入りそうな声でファレナは言った。
ロッサは複雑な心境になった。それを払拭するように、
「そんな事より今まではあの部屋の結界で探知もできなかったけど、今はもうできる。処刑人達が来るっ」
早口で言った。
「まだ危険が去ったわけじゃないっ……まだ処刑対象だから、逃げるなんてできない、わかるよねっ」
「……」
「……ソリーソさんが起きるまでしばらくかかる。そんなとこに居ないで僕のそばに居ろ」
ファレナは窓際から動く素振りすら見せなかった。ただ、その唇だけがゆっくりと、動いて、
「……私もう、ロッサとは居られない……」
そう発音した。
「えっ?」
ロッサは驚いてファレナを凝視する。ファレナはどこを見ているかわからない視線であった。
「ノゲ・レイって奴は、私の仇なんだ、やっと見つけた……」
「何言って――」
その時、ファレナが真っすぐロッサを見つめた。
その眼光に、ロッサは言葉を失ってしまう。
その目と強い言葉に、何か言おうとも、口をもごもごするだけで、何を言って良いかわからない。
しばらく沈黙があった。
漠然と、開かれた窓からファレナがプカリと浮いて出て行きそうで、不安になったロッサは、
「ちょっ、ちょっと待った」
何とか声を絞り出して立ち上がったロッサによって、椅子が倒れた。
その音に驚いて、ロッサは素早くしゃがんで椅子を戻していると、
「金庫を開けたがっているから、まだ私が必要なはず」
とファレナが言った。
「何を言って」
「私が、ひとりで、なんとかするっ。もう誰も犠牲になってほしくないっロッサ、今までありがとう」
「おい、待て待て大丈夫!」
ロッサはそう言ってファレナに駆け寄る。肩を掴み、顔を覗き込んだ。
「いざとなったら、僕が守るから」
無意識ながら、その掴んだ手がファレナを捕えるように力が入る。
「ずっとお前のそばに居たい。笑顔で僕を迎えてほしい」
ロッサは力強くファレナに言った。
「だから、僕は絶対にお前を守る。
前にお前が、処刑人に襲われた時、泣きながら僕に抱き着いてきた時、変な話だけど、やっぱりお前も泣いたら涙が流れるんだなっておもったんだ。僕の中でお前は笑顔でしかなかったから、想像つかなかったんだ……たから、ずっと傍に居ようとおもった……でも、僕は、正直、迷ってしまった。
迷ってしまったんだ! お前を処刑しようかどうかを。
迷って……だも、それでお前が居なくなって……初めて気づいたんだ……。
僕はお前が好きだ!
もう迷わない!
必ず、お前だけは何があっても守って見せるから! マガタマの方がまちがっってる!
お前を守るために、そのために僕は生きる!
僕の全てをかけて、守るから!
もう迷わないから!」
「……」
悲しい無言が続いた。
ファレナはどこか一点を見つめている。
「……ロッサ……」
ファレナの唇が、ゆっくりと動き、
「……ロッサに……何ができるんだよ……」
そう言った。
発したその静かなセリフには、諦観と腹立たしさが伏流していた。
「……いや、……」
ロッサの体が硬直する。頭も体も動かない。
「……」
「……その……、……その……まぁ、座れ、な?」
と言ってロッサは、机まで肩を持ってファレナを移動させる。と、椅子に座らせた。
すると、ファレナが急に口を開いて、
「ねぇ、お腹減ったね」
そうぼそりと言ってロッサを見つめる。
虚を突かれたロッサは戸惑いながらも、
「ああ……そうだね、……かと言って、何もないな」
部屋を見渡したロッサは困った顔になって言う。
「買って来てくんない」
ファレナがやはりぼそりとロッサに言った。
その目は真っすぐロッサを優しく見つめている。
その視線に少し戸惑いながら、
「……ああ、そうだな、奮発しよう、こんな時だし……買って来てやるよ」
ロッサは笑顔を作って言った。
「何が良い?ピザか?」
「うん、ピザが良いな」
「よし、買って来てやるから、待ってろよ」
「あと、身を守れるように武器ない?」
「あっ、ああ、じゃあ、これ使え」
ロッサは、姉からもらった聖なるナイフをファレナに手渡し、変わらず笑顔で、急ぎ足で部屋を出て行く。
急いで大通りを駆けてピザ屋を見つけ、ちょっと並んでいたがうまいと評判のマルゲリータを二枚を買った。
そしてダッシュで宿屋へと帰っていく。
太陽は沈み、部屋は灯台の明かり一つににぼんやり照らされていた。
「ただいま」
と言ったロッサは室内を見渡した。
ファレナは部屋からいなくなっていた。
その時、
「ふんにゃぁぁぁぁ」
ソリーソは思いっきり固まった体を伸ばした。あまりの気持ちよさに思わず声が出てしまう。
「ふんぅー」
一呼吸して、ソリーソはあたりを見渡した。
目を擦りながら記憶を探っていくと、ソリーソは跳ね起きる。
「ここはっ」
自分のいる部屋が、泊っている宿の寝室なのがわかった。
そして、窓辺でピザを持ったまま固まっているロッサの姿も確認できた。
「リベルラさん!?」
「あっソリーソさん。あの、ファレナはどこに?」
ロッサは縋るように尋ねた。
「えっファレナっていうと……」
「あの幽霊です、女で、白装束着てて……」
(なんで居ないんだ?どこへ?……まさか……)
「ああっ、あの子、やっぱりリベルラさんの言ってた子だったんですね。無実ですよ、あの子」
「へ?」
「あの子は何もしていません、まさかですが、本当にマガタマの方が狂わされてたんです」
「何ですって?」
◇
神殿をテーマにしたデザインの古風な雰囲気の漂うモウエ銀行のロビー。
どこにも窓一つないがパッカの球が天井にいくつも浮かび、中は夜でも昼のように明るい。
人が四人ほど手をつないでやっと囲めるほどの大きな柱が等間隔に何本も立ってパルティーレ一の建物を支えている。
モウエ銀行に出向いてきたファレナは、スタッフたちにより招かれ、上階のノゲ・レイのいるフロアに上がっていく。




