お洒落の愉しみ
冒険者ギルドからすぐ隣にある商業者ギルドを紹介してもらう。
「綿か麻の服地を買い付けたいのよ。その後特急で一流の職人に染めてもらって仕立てて欲しいの。腕が良ければ良いほどいいわ。あと、美容家として登録したいの」
「美容家……?」
受付窓口のお嬢さんが、初めて聞く言葉に不思議そうな顔をしながら書類を差し出してくれる。
そうでしょう、私もちょっとまだ掴めていないわ。
さらさらと筆を滑らせて必要項目に書き入れ、キャリンと二人で待つ。
私はその間も受付のお嬢さんたちを観察していた。
控えめでなければいけないはずの商業者ギルドの受付窓口だ、地味の極致はここね。
若いのに綿の黒のお仕着せに白いエプロン。
清楚で上品だけど、やっぱりさびしいわ。
「Eランクの美容家?として登録させていただきました。あと、服地と染と仕立てはご紹介させていただきますね」
住所を聞き、キャリンと一緒に布地屋に向かう。
「たった一回サリラ様に会う為だけに服を仕立てるの?」
「その一回目はすごく大事よ。男でも女でも」
布地屋に着き、店主に相談するとすぐに話が弾んだ。
首都メーユの人もなんだかんだとおしゃれが好きで、隠れた贅沢をしているものなのね。
気に入った生地を持って染めの工場に向かう。
「明日の朝までに、特急で仕上げて欲しいの」
金貨を見せると喜んで請け負ってくれた。
しかも、この色を選んでくれるなんて!とすごい喜びようである。
黒や灰色ばっかり染めさせられて、ここもストレスが溜まっていたのね。
次の日の朝に染め上がった布を持って仕立て屋に行き、街着の仕立てを頼んだ。
露出度のあまりない、ごく控えめな最新のデザイン。
キャリンの生地も実は見つけて仕立ててもらっている。
びっくりさせてあげよう。
***
「私が、こんな格好を?!」
「するのよ!いいじゃない、ちゃんといつも通りの形よ」
「形は一緒だけれど……!」
キャリンが困り果てた顔をしている。
「これはメソ族の生地じゃない!」
「それがね、メーユではメソ族の生地は人気がないみたいで、えらく安かったのよ。つい買ってしまったわ。黒紺と鮮やかな刺繍、嫌いかしら?」
「祈りのこもった刺繍よ、大好きだから困るわ……!」
自分の服のショックで私の服に気が回っていないわね、しめしめ。
中くらいの程度の宿屋に不似合いな上等の馬車が乗り付けられて、私たちは人目を集めながら乗り込んだ。
「娘のあの街着、かわいいな……!」
「捕まったりしないのかしら?」
「でも、私も着てみたい!」
「隣のあの人、かっこいいわ!」
「女じゃないの?」
「二人ともツヤツヤしっとりと素敵な髪よ!」
「一体いくらかかっているんだろう」
お金はかけたけれど、法を犯してはいない。
サリラ家の正門に着くと、馬車から降りて通してもらう。
樹齢300年くらいの一枚板のテーブルか。
悪くないわね。
壁に掛けてあるベッドくらいある大きさの絵。
この画家、10年前くらいから評価が急上昇して今も人気が続いている人だわ。
これは新作なのかしら。
街着は新調して正解だったみたい。
「サリラ様がいらっしゃいました」
控えめに光る絹の黒いドレスを着た、白髪の女性があらわれた。
背筋がすっと伸びていて、爪が磨きこまれて光っている。
穏やかな笑顔を浮かべていた。
「サリラと言うわ。こう見えてまだまだ現役の商人なのよ」
「うかがっております、私はヘンリエッタと申します」
「私はメドジェ族のキャリンと言います」
私がゆったりとハポン式の礼をすると、続けてキャリンがきびきびとメドジェの礼をする。
「あの書を見て、どんな人が書いたのかと思っていたら……冬も近いのに春のようなお嬢さんが来たのね」
「淡いピンクは派手でしょうか?」
「私があなたくらいの頃にはもっと派手な服を着ていたわ。そろそろ王宮の規制もゆるくなってきたし……何よりそれは麻でしょう?」
にっこりと私は悪役令嬢スマイルで応える。
素朴の代表のように言われる麻であるが、織り方や品種によって絹よりも光る布がある。
私が今日着ているのがそれだ。
乱暴に扱うと光がすぐとれてしまうのが良くない所。
ただし、光らなくなっても丈夫でずっと着られる。
ハポン国時代は仲良くしていた侍女に譲ったりしていたものだ。
首都っぽい化粧を施し、目尻にわずかに金茶のラインを入れた。
これだけで目がぐっと引き立つ。
脱・地味顔である。
「ボルフは遅れて来るわ。先に何かいただきましょう」
キャリンは明らかにがっかりした顔をした。
「辺境の民は本当にボルフが好きねぇ」
お茶と菓子を侍女に運ばせながら、サリラがくすくす笑う。
「それにしてもキャリンはとてもきれいな顔。辺境の人らしい良い顔立ちだわ」
お茶を飲もうとするサリラの手が止まった。
「お肌が、きれいね」
確かにキャリンの肌はきれいである。それがどうしたというのであろう。
「辺境の民、特に毛皮をまとって魔獣に変わる民はお肌が荒れがちよ。あなた、職業は?」
「戦士です」
「なおさらおかしいわ。日にさらされて洗顔もできない野宿の日が続けば、自然とシミ・シワ・クスミが増えるでしょう?」
「ああ、先日から特別製の美白化粧水を使っておりますの」
私は悪役令嬢スマイルで答える。
「どこの?知りたいわ」
「それは……私が作っていて、私たち二人で使っているだけなんです」
サリラの目が変わる瞬間を見た。
魔獣よりもケダモノである。
良く見れば十分お手入れされているはずのサリラの肌に、年齢のせいか少しのシミ・シワが浮かんでいる。
首都で流行している化粧を考えれば、厚く塗って隠すこともできず、歯がゆいであろう。
「ヘンリエッタ、ぜひお願いしたいのだけれど」
サリラの目がギラギラと光っている。
「うちでその化粧水を取り扱えないかしら?」
……えっ、そっち?