悪役令嬢、ふたたび
家に帰るなり「作業部屋にこもるわ」と告げて引きこもる。
サーファもずっと国を離れているわけにはいかないだろう。
今夜だって歌って踊りたいし、そのお義姉さまの楽しそうな姿をサーファに見てもらいたい。
急いで悪いことなどないのだ。
まずはお義父さまと母さんの精力増強剤から。
きっと金策や世間の目に疲れ果てているでしょう、ちょっとだけでも元気になってもらいたい。
2本の酒の小瓶にそれぞれ魔力を込めながら男文字と女文字を組み合わせて文様にしたものを書き付けると、赤くボウッ、と光った。
よしよし、上手くできたようだ。
次が本命である。
(これは秤を使わないといけないかしら……?いいや、たっぷり入れちゃえ)
とびきり高級なメーユ王国産のその酒はクセが強いけれどエドモンドの好む味で、私は何度もその酒を飲む彼を見た。
ラベルで高級さを測っていて、味はクセが強いものなら何でもいいのだと後に気づいたのだけれど。
そう、エドモンドは味オンチなのである。
瓶のふたを傷つけないようにそっと抜き、酒が空気が触れないようになるべく素早く数種の薬をサラサラと入れて再びふたをする。その瓶を両手で握って激しく振った。
溶けやすい薬だけれど、下にたまることがあるかもしれないからサーファに注意しておこう。
いつもの要領で魔力を込めながら男文字と女文字を組み合わせて文様にしたものを瓶に書き付ける。黒くボウッ、と光った。
これで効果倍増よ。激しく長く効くでしょう。
味があまり変わっていないといいけれど。
小瓶を振って私は悪役令嬢スマイルを浮かべたのである。
***
「これをハポン国の大きなパーティーでエドモンドに渡してほしいの。王族がたくさん参加していればいるほどいいわ。彼の好きな銘柄よ、場所なんてかまわずに飲み干してしまうでしょう。渡したらすぐにその場を離れてね」
高級酒の小瓶を渡されたサーファは首をかしげた。
「こちらはお義父さまと母さんに渡す分よ、間違えないで」
2本の小瓶も押し付けた。
そんなことよりも、キャリンが「遅いぞ!」と怒っている。
部屋はもう片付けられていた。
私たち3人が変拍子で手を叩いて歌いだし、私とキャリンがクルリクルリと舞う。お義姉さまの楽しそうな姿に、サーファも安心したようだ。
キャリンがお義姉さまを導き、立ち上がったお義姉さまとキャリンが歌いながら二人でクルリクルリと回る。お義姉さまは夢を見るような瞳でキャリンを見上げた。
「サーファも踊るのよ!」
いい気分になった私はサーファを引っ張って立たせた。
お酒も飲んでいないのに酔っぱらいのような私にサーファは戸惑い、楽しそうに舞うお義姉さまとキャリンを見てぎこちなく回り始めた。
曲を全く知らないという訳ではないらしい。
ハポン国でもよく知られた和平協定の儀の曲だ、知っていても当然である。
特に最近私の訳詞の書の複製が出たことで人気が再燃している。
大きな収入源の一つなのである。
「ヘンリエッタ、魔力をもっと撒いてよ!」
キャリンが注文をつける。
「ごめんなさい、今日はけっこう魔力を使ってしまって、頑張ってコレよ」
「それなら、わたくしが撒きましょう」
お義姉さまの言葉にびっくりする。
お義姉さまから魔力を感じたことなど一度もなかったのに。
「お母さまが亡くなる直前、枕もとで魔力があると知られれば不本意な結婚をさせられるから見せてはならないと禁じられたのよ。結局エドモンドと結婚して、このありさまなのだけれど」
その瞬間、サアッ、と清冽な魔力が部屋に満ちた。
みるみるうちに私の疲労が吹っ飛ぶ。キャリンもサーファも驚いた顔をしていた。お義姉さまはあくまでも奥ゆかしく、恥ずかしそうに歌って舞おうとする。キャリンが
「魔力が溢れる!」
と叫ぶと毛皮をまとって魔獣に変わった。
突然現れた黒紺の大きな狼に、お義姉さまもサーファもびっくりしている。
魔獣を初めて見たのだ。
怖くはないだろうか、という私の心配をよそに、お義姉さまはそっとそのフカフカの顔に身を寄せた。
「怖い思いをさせたわね。魔力はもう、十分よ。無理しないで」
「怖くないし、無理などしていないわ」
叱るキャリンにお義姉さまは明るく応えている。
「……姉上はずいぶんと変わったのだな」
「気丈になられたわ」
部屋の隅でサーファとぼそぼそ話しながら二人を見守っていると、様子が変わったことに気づいた。
お義姉さまが涙を浮かべている。
「……無理だわ」
キャリンの言葉にお義姉さまがさらに涙をこぼす。
「あなたは凛々しくて、自由で、わたくしみたいな古くさい女なんて気にかけて下さらないと判っているの。それでも伝えずにはいられなかったのよ」
……は?
驚く私をよそに、魔獣のキャリンがお義姉さまに顔をすり寄せる。
「あなたは貴族で、優美で、繊細で、この魔獣なんかが触れたら壊してしまいそうだわ」
「どうぞ壊して、今までのわたくしを」
お義姉さまは涙ながらに訴える。
「あなたの淹れてくれたお茶を飲んだ時、心が生き返ったの」
……ええっ?
訳が分からない私をサーファが引っ張る。
「お邪魔しちゃダメだよ、ヘンリエッタ」
***
「あの二人の仲に気づかなかったのか?」
「いや、気づくも何も……手もつないだことがないのよ、あの二人は」
「姉上は目線で何度も訴えていたではないか」
「目線なんて言われても……」
へどもどする私を見て、サーファは面白そうに笑った。
「ヘンリエッタは変わったのだな」
「人はそんなに急には変わらないわ」
私は肩をそびやかす。
沈黙が流れた。
「そう……彼女もそうだったら良かったのに」
婚約破棄を思い出しているのだ、と気づいた。
顔を背けて肩が震えている。
笑っているのではない、泣いているのだ。静かに。
この人は今、色んな苦労を背負って、傷ついて、救いを求めている。
私は今までいろんな人に助けられて救われてきたわ。
ここで誰かを少しだけ助けられるなら、そうしてみましょう。
そっとサーファを抱きしめる。
「ヘンリエッタ、一体……」
「私をあったかい人形だと思うのよ、サーファ」
子どもに言い聞かせるように言う。
そう、私は悪役令嬢だから、身体を許すなんて簡単な事よ。
ひとときだけでも夢を見て、悲しいことなんか忘れなさい。
サーファの腕がおそるおそる私を抱きしめる。
肩越しに見た窓の向こうに月が震えていた。




