覇王
俺たちは拘束されているわけではない。
だが、少しでも動いたらヤバいという空気を感じ取っていた。
確かに司祭クラスはヤバい。この前の黒い男と同じ強さを感じる。
学生なんて瞬殺だ。下手に動いたら死人が出る。だから先生も動けないでいた。
先生から僅かな魔力反応があったが、なにやら諦めた表情になった。
『どうやら通信魔法を試みたようですが、失敗に終わりました。結界が通信系の魔法を遮断しています』
少しでも情報があれば動き易いんだが……
アリスとビビアンは俺が命令しておとなしくしてもらっている。下手に動いて他のクラスが危険になったらヤバい。
ヒカリも大人しい。ヒカリの危険察知能力は半端ないからヤバいってわかってんだろう。
『解析完了しました。現在、一人の司教と、六組の司祭パーティーが学校を占拠しています。パーティーとは別に【鑑定】持ちの司祭が二人います。現在、一年と三年から順番に鑑定を行い、スキルをチェックしております。若干の怪我人は出ておりますが、死人は未だゼロです』
――あんがとさん。……ていうか予想以上の戦力だな。しかしなんだってこんなリスキーな作戦を取ったんだ?
廊下を見ると信者が見張りをしていた。きっとマリスの部下だろう。
『理由はわかりませんが、目的ははっきりしています。ご主人様のスキル【覇王】を狙ったものだと思います』
……罪悪感を感じないといえば嘘になる。俺のせいで学校に迷惑がかかっている。ていうか、生徒たちの生死がかかっている。だが、正直、なんで俺を狙うんだっていう理不尽さも感じている。
マリサは椅子に座りながら暇そうに足をぶらぶらさせながらブツブツ言っていた。
「はぁ……、鑑定持ちはマジ少ないのさ。鑑定持ちのスバルが目標を見つけたのは水晶通信の痕跡からはっきりしてんのよね。しかも腹心まで行方不明なのさ。あいつら裏切った? マジ死刑なのさ。……はぁ……暇ね。ねえ、そこのブサイク、歌でも歌って。下手だったら殺すのさ」
女の子が前の席に座っていたジャイアに向かって命令をする。
ジャイアは恐怖から身体を震わせていた。浅い呼吸を繰り返してジャイアはゆっくりと立ち上がった。
これはヤバい。ジャイアは超絶音痴だ。多分この学校で一番下手だろう。しかも緊張して震えている状態で歌えるわけない。
「お、おれ……、う、歌い……ます……、ぐっ……、ごほんっ……」
ジャイアは粗暴で馬鹿でお調子者だ。
人との距離感がつかめなくて、いばる事でコミュニケーションを取ろうとしている。
本人はそれを直したくてもがいているのを知っている。
クラスメイトに暴言を吐いたあと、後悔してトイレで一人泣いている。
あいつのノートには、友達との接し方をみっちり書かれているのを知っている。
根はいいやつなんだ。
「ま、待ってください。ジャ、ジャイア君は歌が下手なので……、わ、私が、う、歌います……」
サナエがそこに割り込んだ。
震えた声がかすれて聞こえづらい。
小さな少女が教壇を蹴飛ばした。
サナエは小さな悲鳴を上げてしまう。
「ひ、ひぃ……」
「ん? マジ聞こえねのさ。ていうか、うちはこのむさっ苦しい男に命令してるんさ。真面目っ子は黙ってね。死にたいの?」
いつもツンツンしているサナエは素直になれない子であった。
クラスの誰かが困っている時、サナエは文句を言いながら手を差し伸べる。それが誰であろうと。強気な口調で俺にちょっかいをかけてくるが、それは俺が寂しそうに見えるからだろうな。
あいつは素直になれない自分を嫌っている。本当はみんなと仲良くなりたいのに、きつい事を言って距離を取ってしまう。
放課後、一人教室でカバンにつけてあるぬいぐるみに向かって喋りかけているのを見たことがある。
想像の友達にどうすれば友達ができるか相談していた……。
……その姿がひどく胸に刺さった。
マリサに睨まれたサナエは恐怖により膝から崩れ落ちた。
ジャイアが半泣きになって歯を食いしばりながら、サナエを支えようとする。
――なんだよ、かっこいいじゃねえかジャイアの奴。
なんだかんだ言って、俺はコイツラが嫌いじゃない。
アリスとビビアンに目配せをして――俺は立ち上がった。
マリサが俺を見て面倒臭そうな顔になる。
「なんなのさ、君はおとなしく座ってるのさ。なるべく死人は――」
「あー、わりい。多分探している目標ってやつは俺の事だ。昨日、学校で女神教の男の人に絡まれたんで、な」
マリサの周囲の温度が下がった。先生が悲痛な表情をしていた。俺が死ぬ事を覚悟したんだろう。
「……マジで言ってんの? これは子供の遊びじゃないのさ。英雄願望は寿命を縮めるよ? 嘘だったら殺すのさ」
俺は笑いながら言い放った。
「ガタガタうるせえんだよ、このチビガキ――」
「はっ? う、うちの事チビガキって……」
マリサの薄ら笑いが止まった。
魔力が一気に膨れ上がり、俺を見据える。
俺のその言葉にクラスメイトと先生が青ざめた顔になった。そりゃそうだ。普通ならみんな死ぬと思う。だってこいつらは頭がおかしい女神教だ。皆殺しになってもおかしくない。
マリサがバトルスタッフを握りしめて立ち上がった。
「……いい度胸なのさ。女神教、幹部候補である愉悦のマリサに向かって――」
俺は大きくため息を吐いた。
「はぁ……、わかってないのはてめえの方だ、このチビガキが。俺は幼馴染に振られたけど、この教室が意外と気に入ってんだよ。まあ、友達は少ねえけど、いい奴らが多いんだ」
俺が意志ある言葉を放つたびに、教室の雰囲気が変わる。
クラスメイトから恐怖心が徐々に無くなっていくのがわかる。
俺の覇気がこの教室を包み込む――
『――スキル【覇王】の発動を確認しました。覇王の加護により、教室のクラスメイトの生物としての階位が上昇しました』
俺はマリサを見据えて机に拳を叩きつけた――
「だからな……、この学校で殺し合いするってんなら……、俺がその喧嘩を買ってやるよ!」
マリサが俺を見て鼻で笑った。
そして、目の前にいるジャイアを蹴飛ばした。通常ならジャイアは即死だ。
それほど力の差があった。
だが――
ジャイアは机とクラスメイトを巻き込みながら吹き飛んだ。
だが、机に埋もれたジャイアの意識ははっきりとしていて、ポツリとつぶやく。
「あ、あれ? 俺生きてる? すげえ痛いけど……、それだけだ」
マリサが驚きの表情を浮かべる。
「マジか……、なんで即死しないのさ!? ていうか、こいつマジで目標の王系スキルの――、すぐに連絡ね!! 念話を……、くそっ、なんで誰も出ないのさ!!」
ジャイアは俺のスキル【覇王】の効力によって生物としての階位が上がった。いや、ジャイアだけじゃない。俺はこの教室の全ての生徒の階位を引き上げた。
そしてビビアンがその身なりに似合わない重々しい声で短い詠唱を紡ぐ。
「ご主人様に捧げるのだ【サクリファイスデーモン】」
その瞬間、この学校が異界と化した。学校中の至るところから悪魔の雄叫びが聞こえてくる。悪魔はビビアンの命令に従い女神教の信者だけを襲い始める。
廊下から悲鳴が聞こえてきた。
「あ、悪魔だ!? しかも最上位悪魔だと!?」
「た、魂が……」
「マ、リサ様……お逃げ……くださ」
「くそっ!? なんなのさ、その犬っころは!! その魔法は伝説級じゃないのさ!」
マリサが叫びなからビビアンに迫る。
だが、その攻撃は不可視の壁に阻まれた。
「――【聖壁】なのね。きゅきゅ、わっちは魔物の召喚できないの、でもね――武具召喚」
「――【聖壁】だと……? ゆ、勇者のみが使える魔法なのさ……。こ、こいつら……」
マリスの前で不敵な笑みを浮かべるアリスが何もない空間から剣を取り出した。
光り輝くその剣は恐るべき力を感じる。
「きゅきゅっ!!」
アリスは雄叫びをあげながらその剣を横なぎに振る。
剣圧は壁を通り抜けて――生徒を通り抜けて、敵と認識した女神教の信者の精神だけを切り刻む――
『アリスの聖剣により、敵勢力の七割が戦闘不能に陥りました。現在司教が異常を感知し数人の司祭と逃亡を図ろうとしています』
――逃げるやつは知らん。
「な、なんなのさ、こいつら……、異常ね。この情報を大司教様に……」
マリサがビビアンとアリスの力を見て、一瞬で判断を下した。
教室の窓に向かって走る――逃走だ。
こいつは今朝のじじいと一緒で情報の宝庫だ。逃がすわけにはいかない。
マリサが向かった先には――ヒカリが立っていた。
右手には模擬戦用のヒノキの木剣を上段に構える。
「雑魚はどくのさっ!」
一瞬であった。
気がつくとヒカリの剣が下に降りていた。
「え……? あ……、本当に……な、なんなのさ……、お、お前たちは……、ぐ、ふ……」
ヒカリが息を吐くと――マリサの全身から血が吹き出た。
「ふーー、うん、勉強の成果がでたよ! 別に魔力で炎なんて出す必要ないよ! 魔力で切裂けばいいんだよね?」
なるほど、【達人】とはこういう事なのか。
意味がわからないくらいすごい技術だ。でも、無邪気なヒカリは可愛らしいから問題ない。
俺は瀕死のマリサに近づこうとした。
マリサは何やら懐から魔石を取り出す。
「……つ、捕まるわけには行かないのさ……、ふ、ふふ、短い青春だったのさ……、みんな道連れなのさ……」
『危険です、高出力の魔石を感知しました。自爆魔法が発動――』
俺はシステムさんの言葉を最後まで聞く前に、マリサに向かって手を伸ばす。
そして、爆発する寸前の魔石を握りつぶした。
魔石はカランッという音とともに崩れ落ちた。
「え……、な、なんで発動しないのさ……、こ、これは壊れるものじゃないのさ!? 大司教様が魔力を込めた一品で――」
「あん、不良品だったんだろ? ていうか、自爆って……、マジ女神教ムカつくな……、信者でさえ捨て駒かよ……。まあいいや、とりあえず寝ておけ。起きたら仲間が横にいるぜ」
俺は呆然としているマリサの頭を掴む。
そして――黒板に向かって叩きつけた。カツンという硬い音がなる。
アリスの聖壁によって強化された黒板はクリスタルと同じ強度になっていた。
数回叩きつけると、マリサの意識が完全になくなった。
俺がマリスの頭を掴んで引きずりながら教室の出口へと向かう。
アリスとビビアン、それにヒカリが俺のあとを付いてくる。
『――女神教の撤退を確認しました。アリスの聖壁により学校内で死者はゼロです。残党信者は他クラスの人間上位種が対処したことを確認しました』
――他クラスの人間上位種? エリさんの顔が思い浮かんだが気にしない事にした。
「よし、じゃあ、後始末は先生に任せて……、ちょっと早いけどギルドへ行こうぜ!」
面倒な取り調べはごめんだ。早く尋問して情報を得ないとな――
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