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7.お兄様と私

私たちが二人でお父様に会いに行くと、お父様は部屋に入った途端に、


「やっとか」


とお兄様に言いました。一瞬で全てを理解したお父様は流石だと思い感動していると、お父様は苦笑して私に諭します。


「エルの想いに気付いていなかったのは、サラだけだぞ?」


べルックもレティも他の使用人も大きく頷くので、私は羞恥で顔が赤くなりました。

長年、私だけ一人蚊帳の外だったとは。知りませんでした。

皆様、そんなに勘が良いならば、私がリカルドを好いているという勘違いも気づいて欲しかったです。


お父様の了承は、驚くほどあっさり得られて、私とお兄様は婚約を結んだのでした。





あれから数日後。

リカルドが『ヨリを戻そう!』と泣きついてきました。

負債で家が没落しそうだ、ローズ嬢に振られたと、必死に哀願してきました。

土下座をし、足にしがみつくリカルドは、あまりに情けなくて同情してしまいました。


「ですが、リカルド。ヨリは戻せませんわ。私はもう婚約者がおりますの」

「え、、どうして?!こんなに早く、次の男を見つけたのか!?」

「次の男とは失礼ですね。次ではなく、今までも家族だった方です」

「それはどういう」


リカルドは顔を見上げて、次第にサァァと顔色を真っ青に染めました。

思い当たる名前があるのでしょう。唇をピクピク引き攣らせています。


「まさか…エルリック卿…か…?」


私はその問いに答えずに、笑顔を返しました。

リカルドは、言葉を失って踵を返し、それから一度も姿を見せなくなりました。ヴォール家があれからどうなったか、私には分かりません。



お兄様との婚約は、貴族界では噂の的となりました。血が繋がらないとはいえ、兄妹として長年過ごしていたのです。皆が注目するのも分かります。

それでもヴォルベルク家の信頼は厚く、社交界では祝福の声が多く安心しました。


お兄様は幼い頃から、ヴォルベルク家の後継者として教育されてきました。お父様はいつでも家督を譲る心づもりだったようで、婚約発表をした後、仕事の引き継ぎは滞りなく進みました。

ですが、私は伯爵夫人の肩書きを背負うには、まだ覚悟が足りませんでした。

政略結婚でもいい、家に有益になる為の駒になろうと、昔から最低限の教養と淑女たる礼儀作法は学んできたつもりです。

しかし、心の底に『本当に私なんかで良いのか』という不安があって、ふとした瞬間に襲ってくるのです。


一度だけ不安が募った時に、つい、お兄様とは家族のままでも良いのでは、と口に出してしまった事があります。

あの時のお兄様は怖かった。

『私の愛をまだ理解していないようだね』

と笑顔であらゆることをされました。

恋愛初心者の私には羞恥で耐えきれません。

キャパオーバーで涙ながらに慌てて言葉を取り消すと、お兄様は小さく舌打ちをした後、『仕方ない。これ以上先は、婚儀を終えてからにしよう』と笑顔を向けました。

お兄様のあの笑顔は今でも忘れられません。


その頃には外堀はすでに埋められていたのでしょうか。

それからは私が悩む暇も無いほどに事はトントンと進み、ついに今日この日を迎えたのです。


「お嬢様。素敵ですわ!」

「レティ、ありがとう」


純白のドレスに身を包み、身支度を整えた私を見て、メイド達の目がキラキラと輝きます。

この日までに、身体を磨きに磨かれ、レティのお陰で肌は陶器のようにツルツルです。

私も鏡を見てあまりのモチモチ肌に感動しました。

女性が一番輝く日だ、とレティの気合いは半端無く、身体だけでなくこのドレスも何十着もの試着を重ねて選りすぐった物です。

滑らかなシルクで肌触りが良く、装飾も美しい花嫁衣装に身を包むと、私もじわじわ結婚するのだと実感してきました。


「サラ」


名前を呼ばれて振り返ると、お兄様は扉の前でこちらを見ながら微笑んでいました。

隣のお父様は感激で涙を流しています。


「サラ、綺麗だ…本当に嫁に行ってしまうんだな…」

「父上、サラは私の嫁になるのだから、ずっとこの家にいますよ」

「そうだった!良い嫁を貰ったな、エル!」


この不思議なやり取りも何度目か。

結婚してもお父様の娘であり、この家の嫁に入るので、住む場所も家族構成も何も変わりません。愛する家族と離れ離れにならない、他の家とは事情が違う結婚生活が送れる私は幸せなのだと思います。

何も変わらない。

その安心に胡座をかいていた時もありました。


「サラ、よく似合っている。綺麗だ」


お兄様は、私の頬に手を触れ、顔を近付けて微笑みます。触れられた場所から熱を持ち、心臓の鼓動が速くなりました。


そう。何も変わらないはずはなかったのです。

この、お兄様が私に向ける視線。熱く愛情を帯びたものに変わり、『兄』だったあの頃と全く違うものになりました。

私を呼ぶ声音もスキンシップも、お兄様を男性として意識し始めてから、ドキドキと心臓が跳ね羞恥と緊張が私を襲うのです。


空気をよんだのか、気付けばメイドもお父様も席を外し、部屋にはお兄様と二人きりでした。

花婿衣装を着たお兄様は、今日は人一倍キラキラしています。


「お兄様も、素敵ですわ」


この人の妻になるのだと、改めて実感します。

数ヶ月前まで、私は家の為ならば誰と結婚しても良いと思っていました。好きでもない人と結婚し、夫婦になり、子供を産む為にこの身を捧げるつもりだったのです。

覚悟も無く安易に考えていたと、今では自分の愚かさを悔やみます。

お兄様と一緒になった今だからこそ分かります。好きな人以外に、自分の身体を捧げるなど、私には耐えられなかったでしょう。

お兄様が私に愛を教えてくれたのです。

自分にはもったいないと、つくづく思います。


お兄様は、私の言葉に訝しげに顔を顰めました。


「いい加減、『お兄様』という呼び名を卒業しないか?」

「え、そ、それは…そうなのですが…」


結婚式当日でもなお『お兄様』と呼ぶのはおかしいと、分かってはいるのです。

しかし、幼い頃からの習慣をそう簡単には変えられません。

式が近付くにつれ、何度も呼ぼうと練習はしたものの、いざ口に出そうとすると恥ずかしさが勝ってしまいます。

だけれど、お兄様と結婚するのだから。と覚悟を決めました。


「エルリック」


唇から初めて紡いだお兄様の名前。

緊張と羞恥で顔を真っ赤にして見上げると、お兄様の顔には眉間にグッと深い皺が寄りました。

これは、お兄様が照れている証拠です。

以前まで怖かった顔も、種明かしをされた今では可愛いく見えます。この眉間の皺の数だけ私に愛情を向けていたのだと分かると、底知れぬ愛情が心を満たしました。


「エルリック…旦那様、大好きです。これからも一緒にいてください」


旦那様へ愛情を示したくて、私は旦那様の胸に飛び込みました。

旦那様は驚きつつも、私をしっかり受け止めて、腕の中に包み込みます。


「サラが嫌がっても離すつもりはないよ」


微かな笑いと優しい声音。

旦那様の胸の鼓動を聞きながら、私は幸せに満たされるのでした。


end.


ここまでお読みくださった方、感謝いたします。

「いいね」や感想、創作の励みになっております。ありがとうございます。

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