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予想外の出来事

 ディンの腕に囲われたまま目をつむっていると、瞼の裏に感じる光が弱くなり床に足がついたように感じた。


 転移が終わったのかと思い目を開けようとすると、なぜか急に私の身体が揺れて浮いていく。数回の転移で感じた事がない急な浮遊感が怖くなり、慌てて手を動かすと何かに触れたのでしがみつくように腕を回してしまう。なんだか温かく、少ししっとりとした感触だ。


 不安定な動きはすぐにおさまり、代わりに脇腹に温もりを感じた。揺れをディンが支えてくれたのだろうと大きく安堵の息をついて、ようやく薄く目を開ける。すると間近で睨むような灰色の瞳と目がバチリと音を立てるようにして合った。



 げっ!


 私が、しがみついていたのはディンの太い首だったようだ。まさかと思い体制を確認してみると、またお姫様だっこをされている。


 今、突然にそんな事をするディンの意図が分からずそのまま顔をみると、何が気に入らないのか瞳と同様に不機嫌としっかり書いてある。


 なんでそんなに機嫌わるいの?それに、転移も終わった今になんで抱っこ?


 自分からしがみついたくせに抱っこの体制か恥ずかしく居心地が悪くなり、早速に降りようともがいてしまう。そうしてみても、ディンの腕に力がこもりシャツの下の鍛えられた固い胸板の筋肉をより強く感じるばかりだ。結果、離れるとは逆に密着度だけが上がってしまっただけだ。さっきの感謝をかえしてほしくなった。


 この体制のままディンの方向を向いてられず目線を逃がしたその時、目の端に壁際にある見慣れない物が入り身体の動きが止まった。


 剣と騎士団の制服?え?こんなの私の部屋になかったよ?


 嫌な予感がしながら辺りを見回すと、今いる部屋はディンの居室だった。

 「部屋に戻るか?」とディンに迫力ある低い声で聞かれて頷いたはずなのに私の部屋じゃない。


 私に部屋に戻るかと聞いたなら、それは普通は私の部屋じゃないかぁ。なんでディンの居室なの?


 どこにいるか理解した途端に驚きが重なりすぎて、もう他の人の考えや言葉の意味を分かりたくなくなってしまう。



 私の伝達に慌てたように来てくれたディンが、クロスのようにピンク色な事はしないと思いたい。けれど、ここは部屋で二人きりだ。自惚れだと自分に言い聞かせても、そこまでディンを信用もしきれない。

 予想外の出来事でもまずはこの密着をなんとかしなければと、また身体を離そうともがいた。


「何もしない。暴れるな。すぐに帰してやる。それとも、あんな顔のまま部屋に戻り侍女に心配かけるつもりか?」


 そうぶっきらぼうに言い放ち顔を背けたディンは、言葉の通り暖炉の前に歩みより積み重なるクッションに私を優しく座らさせるように降ろした。そのクッションは前より大きなサイズになり数も増え居心地が良く積み重なっていて、逃げるように一つを抱えこむとで倒れこむように顔を埋める。


 確かに花園で泣きそうだったからディンの言う事もわかるけど、まだ帰れないのか…。


 打ちひしがれたような私の頭をディンが大きな手で髪をすくように撫でる。穏やかな温もりに抵抗する気力もわかず、そのまま更に力が抜けそうになった。


 あぁ、まだ部屋に帰れないなんて…。しかも、ディンの部屋にいなきゃいけないなんて…。

 ついてない。もう限界だ。


 ひとしきり、ぼやいてみても現状は変わらない。まだ気を抜けない現実に立ち向かおうと身体を起こしてクッションを抱え座り直した。


「むやみに足を出すなと言ったはずだ」


 そんな風に構える私に、隣に座っていたディンは呆れたように声をかけてきた。

 いつも、私は短めでも部屋着のくるぶしあたりまである長さのスカートをうっとうしく感じて、部屋ではリンダの注意を流してたくし上げていた。パンツとは違う、長いスカートが纏わり付く感じがどうしても馴染めなかったからだ。

 今も私は、無意識のうちにスカートを膝が出るあたりまでたくり上げて足を出していたようだ。初めに過ごした部屋だからか、油断していつもの癖が出てしまっていた。


「あ、すみません」


「俺の前だ。そのままでいい。だが、お前は本当に…。」



 スカートを直そうとする手を握り止められ、顎の下を反対の手でちょこちょこ撫でるディンの指先がくすぐったい。少し耐えてから、やめて欲しいと顎をひいて目線で訴えると、ディンは柔らかに笑っていた。


 どこにポイントがあったか分からないが、どうやらディンの機嫌は治ったようだ。

 そのまま指先は私の顎を軽く捕み、ディンは身体を寄せてきて耳元で囁くように低い声で言った。


「ユウリ。俺は城いない時もある。だから、伝達をしたら必ず答えてくれ」


 その体制と真剣なディン口調に背筋がゾワッとして緊張してしまい、無言のまま返事をしなかったのがいけなかったんだろう。


「いいな、ユウリ」


 顔にかかる髪を指でよけ耳を出したディンは、私にくれた魔具を温かく柔らかな唇で、しっかりと耳たぶ事はさんだ。濡れた感触と音と共に頭には、私が一人の時が心配でたまらないというようなディンの気持ちが響いてきている。


 耳の感触と伝達の両方に驚きはしたけれど、私は冷静にこれ以上なにもされないように身をよじり手で耳を隠した。

 これは…、慌てたら駄目なパターンかもしれない。


 ディンやクロスが心配してくれているのは、よくわかった。


 あふれるスキンシップもこの世界の親愛の表現として普通なんだろう。

 けれど、私にしないでほしい。言葉だけで表してほしい。出来れば半径50センチ以内に入ってこないでほしい。慣れはしたけどスキンシップに抵抗が無くなったり、心を許した訳じゃないんだから。

 慌てたら駄目とわかっていても慌ててしまう、私の乙女心もわかって欲しい。


 それに濃いスキンシップの割に魔具を通じて二人から伝わってきた気持ちは愛しみというより、暗い感情も幾つか複雑に入り混じり合いよく分からなかった。

 ただ、ここの他の人の普通の恋愛は知らないけれど、対象外の私でこのスキンシップの濃さなんだから愛し合う恋人同士だったらどういう表現になるのかと余計な心配までしてしまう。私には無理だ。恥ずかしすぎる。


 それにディンの心配も有り難いけれど、私は居候しながら人が用意してくれる帰る日を待っているだけだ。ちょっと珍しくて変わった立場なだけの一般人のはずだ。

 なのに、ディンの心配は大きすぎるだろう。それとも、やっぱり私はそんな危険な状況に置かれているんだろうか。


 本当に、この気持ちまで伝わる魔具は厄介だ。私には受け入れにくくて、扱いにくくて仕方がない。余計な事まで考えて、漠然とした不安まで湧いてきてしまう。


「だ、大丈夫ですから…」


 これは、伝達で二人に関わり合わないのが一番だ。


 口でそう言ったものの、伝達をしない目論みが顔に出てしまったようだ。


「なら大丈夫とお前から伝えてこい。俺は繰り返し送る」


 伝達があっても、私に何もなければ返さず聞かれたら寝てたと言い訳するつもりだったのに…。


「そう困るな。俺は伝わってやましい気持ちはない。お前は困るのか?魔具の調整の事はクロスに言っておくから大丈夫だ」


 ディンから宥めるような寂しいような気持ちが伝わってくる。


 今、気が付いたけど伝達という事は、もしかして私の単純な気持ちも二人に丸分かりなんだろうか?そんなの、嫌だ!プライバシーも何もないじゃないか!


 もし万が一、私の気合いの入った妄想が二人に画像や台詞つきで駄々もれになったりしたら、どうする。

 悪態だって笑顔でごまかしてついた事が、これまでどれだけあったと思ってるんだ。


 やましい事は盛り沢山だ。

 そうなったら、絶対に私と分からないように、お面を付けて引き込もって暮らしていかないといけなくなるじゃないか。


「私、頑張りますから早くクロスさんにお願いしてください」


 ぜひとも感情までが伝わりあうのは勘弁して下さい。どうしたらいいかわからなくなるんです。それに私には、それを隠すという複雑な技は使えません。


 言葉のあとに気合いを込めてディンに念じた。


 驚いたような顔をしたディンは、さりげなく離れた。


「まかせろ。よく伝わった。ついでにクロスのような伝わりも試してみておくか」


 せっかく離れたのに、またディンの端正な顔の距離が縮まった。目元が笑うディンの顔には疲れが滲んでいるように見え、いつもの精悍な様子とは違う魅力になっている。羨ましい事だ。


 私が見とれているうちに片手が腰を抱くようになり、反対は足首から撫であげてきた。ディンの手の感触と熱いと感じるくらいの温度にドキッとしてしまい、素早くスカートを下ろしてディンの手ごと足を隠した。


「そうか、恥じらうだけか」


 拒否をしたのにスカートの中に隠れたディンの手は、そのまま太股まで上がり味わうように撫ではじめる。嬉しい気持ちを強く私に伝えながら。


「違うって。だから止めて下さい!」


 片手でディンの手を抑え込み、反対で引き抜くと軽くディンの手はスカートの外に出た。


「じゃあ、またの機会にするとするか」


 そのままディンは自分の棚に行ったけれど、その肩は小刻みに小さく震えている。


 または彼氏にします!


 ディンにも、からかわれたんだろう。

 彼氏もいた事がない私は男性に免疫がないんだ。経験以前の問題だ。


 だから実地で濃いスキンシップをして、からかって遊んだり説教するのは本当に止めてほしい。彼氏が出来る前に私の心臓が壊れるか、ときめかなくなるなんてどちらも嫌だから。


「この部屋に連れてきたのは、ユウリに頼みがあるからだ」


 一人心の中で文句ばかり言っていると、隣にディンが腰を降ろし手を取られ腕輪を乗せられた。


 燻し銀の蔦の模様と記録の石らしき物がついている腕輪だ。


「これは?」


「俺は騎士だ。危険な事もある。だから、お守りをくれ」


 お守り?


「胸の魔石を石に当てたまま唱えれば記録される。少ししたら戻る」


 そのまま、ディンは部屋を出て行った。確かに剣を身につける王に仕える騎士のディンだ。平和といえる国とはいえ危険な任務もあるのかもしれない。

 けれど、加護を授けられる訳でもない私は、どうしたらいいんだろうか。


 私の一番の危険な事といえば、ディンに剣を突き付けられた事だ。なのに私がディンにお守りだなんて…。


 奇妙に思える頼みを考えても答えは見つからない。しかも、無難な言葉しか浮かんでこない。


 それに私でいいんだろうか?


『どうだ?深く考えるな。もう戻る』


 腕輪を手に持ち見つめたままいると頭にディンの伝達が聞こえたので慌てて、

魔石を当て仄かに光る石に素直な気持ちを強く念じながら吹き込んだ。お守りだから真面目に取り組んだ。


「知恵は宝だそうです。身体に気をつけて無事に…無事に帰って来て下さい。こんな言葉でごめんなさい。鈴木悠理より。」


 吹き込んですぐに後悔した。これじゃあまるで留守番電話と手紙の合いの子だ。

 最後の名前なんていらないし、お守りだから「無事を祈ってます」の一言で良かったかも知れない。おばあちゃんの口癖をつけなくても良かった気がする。


 すぐさま、やり直そうとしてもやり方が分からない。腕輪の石に胸の魔石を翳しても、さっきのように光らない。


 そうこうしているうちに、ドアが開きトレイを持ったディンが部屋に戻ってきた。


「ほら」


 ディンは、何事もなかったかのように私の前に座ると果実水を差し出してくる。


「ありがとうございます」


 喉が少し渇いていたので飲んでから聞こうと、私は腕輪を膝に置き両手でコップを受け取った。その隙にディンは膝の腕輪を手に取ると左手首に嵌めてしまった。


「あ、まだ…」


「吹き込んだろう。これに吹き込めるのは一度きりだ」


 そういう大切な事はちゃんと先に言って欲しい。


 あれが、ずっとディンの腕にお守りとしてあるのか…。


 私は果実水を静かにトレイに戻すと、ディンの顔を見れず膝を抱え頭を埋めた。




この展開の速さでいいのかな?遅くてごめんなさい。感想頂けたら嬉しいです。

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