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男のクロス

 目が覚めてクロスの居室と分かったけれど、今朝は誰もいない。時計を見ると朝の6時前だ。

 ベッドから降り、たぶん洗面所だろうとディンの居室と同じ位置のドアを開ける。


 予想は当たり、洗面所で顔を洗って鏡を見ると昨日クロスに抱かれ胸で泣いたから、目が腫れていた。


 昨夜を思い出しただけで恥ずかしく、一人身もだえてしまいそうだ。

 クロスに話して心の澱みを出せた事でとても気持ちが軽くなった。けれど、クロスと顔を合わづらくもなる。


 それに、居室と言ってもベッドがある。ディンやクロスの寝室もかねているんだろう。

 それを私は、理由はどうあれ居候させろと強く出て、人のベッドを毎日占領している。自分の中にある厚かましさに、気を悪くさせていないかも気にもなってくる。


 異世界についたばかりだから、仕方ないと自分を慰めながら洗面所のドアを開けると誰かいた。


「うわっ」


「おはようございます。ユウリ様。私、総侍女長のカエラと申します。

本日、朝食後に陛下とのご予定がありますので、ユウリ様のお支度の為に参りました」


 その人は、背が高く侍女の服を着て茶色い髪を、後で一つにまとめ上げた細身の女性。ベッドを整えていた手を止め、姿勢よく私に挨拶をくれる。


「は、はい。よろしくお願いします」


 慌ててお辞儀付きで返事を返した。


 なんで私の着替えに総侍女長なんて立場が上そうな人がくる……。


 50代くらいの総侍女長には、華美に思わせない化粧で目に力がある。

 私にそう言わせ、そうさせる迫力がある。学校の厳しいと評判の先生より厳しく怖そうだ。


「角度が違っております」


 え?


 総侍女長の言葉の意味が分からない。


「その礼のとり方の角度が違っております。

ユウリ様は、異世界から来られたとはいえ、これからこちらで働かれるご予定もあると聞いております。その為にも、陛下の前でとる礼とご自身の身嗜みを、これから覚えて頂きます。今後のご予定が変わりましたとしても、どちらも身につけておいて損をするものではございません」


「は、はい」


 見た目は厳しそうだけど、この人が私の制服を洗濯してくれて、あんなにスカートのひだに綺麗な折り目をつけてくれた人だ。

 自然と姿勢も返事も良くなる。


 まず、シャワーを浴びると下の下着を履いて、上の下着の身につけ方から総侍女長に教えてもらい始める。


 恥ずかしいけれど、教えてもらわないと分からない。下着がカボチャパンツとは違うので不思議に思っていると、あれは子供用だったそうだ。


 私は、私の世界で普段メイクもしないのでいても童顔と言われた事はない。胸も周りの子よりは大きかった。

 けれどここでは私の顔は幼く見えるらしく、総侍女長は細身なのに胸は私より大きい。私の胸の大きさも顔と同じ位、幼くみられカボチャパンツだったらしい。

 胸だけは友達に羨ましがられていたから、少し寂しい気持ちになってしまう。


 それから、薄い水色のドレスを着せられる。令嬢の普段着のような物になるらしく、スカートも膨らんでいない。

 総侍女長に髪を結ってもらい飾りをつけ、メイクの指導を受ける。


 そしてようやく、陛下の前での礼の練習を始めた。


「まだまだですが、まぁ良いといたしましょう。時間も無いので仕方ありません。朝食をお取り下さい。

そちらの化粧道具は、ユウリ様用にご用意させていただいた物ですので、そのままお使いになって下さい。先程まで着ていらした服は、洗濯を済ませてから着替えと夜着と一緒に午後にお持ちいたします」


 私を横目で見て、何の感情もない顔で言うと総侍女長はドアノブに手をかけた。


「あの……。この前の洗濯もありがとうございました」


「それが私の仕事でもあります。午後からは、これからの事についての宰相補佐との話し合いの場に私も同席させて頂きます」


 げっ、総侍女長もくるの?

 背筋が伸びて、いつものお辞儀をついしてしまう。


「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


「次は角度と女性としての常識をお教えいたしましょう」


 総侍女長がドアを閉めると同時に、緊張が解けて大きな溜め息がでる。

 指導が始まる前はやる気もあったけれど、今では次もあるのかとげんなりする。


 やっと終わった。疲れた。ある意味、ディンより怖い総侍女長だ。お腹も空いた。


 色々な事を思いながら、時計を見るともう9時前だ。王との約束は10時。

 その後に、宰相補佐と総侍女長の話し合いになる。


 礼の練習は、足腰が結構疲れるものだったので机の椅子に座った。

 起きてすぐの朝からの緊張に客室のお客さんなら良かったかと思ったけれど、総侍女長ならどこにいても指導に来そうな気がする。


 今の方がまだ良いはずだと思い直した。


 そんな中、ノックが聞こえ返事もしない間にドアが開いた。


「ユウリ、見違えたかと思いました。とても愛らしい」


 クロスは私の姿に驚いたような顔をして、嬉しそうに微笑んだ。


「え?ありがとうございます?」


 愛らしい?

 私は侍女の服の方がいいんだ。似合わないドレスは、汚してしまわないかと心配になるだけだ。


 クロスの普通の態度に顔を合わせづらい気持ちはどこかに飛んで行き、私は内心ふて腐れながら椅子から立ち上がる。


 クロスは私の前に立つと頬に甘やかすように片手を添え、もう一方の手で腰を抱く。

 耳に唇を触れさせながらクロスは、いつもより低く甘く聞こえる声で囁き始める。


「いっその事、ここに閉じ込めて一日中愛でていたいくらいです。それが無理な事だとは分かっています。だから、せめて今夜も私と夜を共にして下さい」


 背筋が粟立ち顔が赤くなり耳を押さえて、クロスの顔をみると紫の瞳と視線が絡まる。

 またクロスから色気も感じてしまい、身を引くとクロスの腕も身体も何の抵抗も無く離れた。


 なんだ?クロスは男性が好きなんでしょ?違うの?


「総侍女長は厳しいので疲れたでしょう。すぐに朝食が来ます。お茶をいれておきましょう」


 お茶を用意してくれながら小さく笑うクロスは、いつものクロスだ。

 からかって遊ぶのなら他の人にして欲しい。


「昨日は、すみませんでした」


 今は普通のクロスでも昨夜、私が八つ当たり気味に感情を爆発させ泣き寝入りして、クロスに迷惑かけた事は消えはしない。


「ユウリに甘えられて、とても嬉しかったですよ。私まで涙しそうになりました」


「あ、甘えた訳じゃありません」


 ポーン


 顔を赤くしながら私が言い、クロスが微笑み机にお茶を置いた時、聞いた事があるインターフォンが鳴る。


「ユウリ、朝食が来たようです。紹介したい者がいますので、そのままでいて下さいね」



 クロスが居室を出て、次に居室のドアを開けた時、また知らない人がいた。その人は机に食事のトレイを置き、私を観察するように見て言う。


「第一魔術師隊隊員のランバートです。今日は隊長に代わり、一日お世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」


 ランバートは、濃い茶色の柔らかそうな髪に茶色の瞳。綺麗な二重の目に長い睫毛が印象的な人。背もクロスと同じくらいだ。

 美形とは違うが、優しそうでモテるだろう。この世界には、こんな人しかいないのか。いや、多いだけだと信じたい。


「すみませんが、今日は色々と仕事がありまして……」


 私達が観察しあっていると、困ったような顔で私に言ったクロスがランバートの耳元で何かを言う。


「なっ、そんな事ないです」


 ランバートは、クロスの言葉に顔を向け少し慌たように言い返す。


「そうですかね?」


 そんなランバートにクロスはそっけない態度だ。ランバートも、距離を詰めてクロスに言う。


「そうです。ユウリちゃんに興味が沸いていただけです」


「ユウリちゃん?興味なのですか」


「女の子が好きな男なら、当たり前です」


「へぇ」


「もう、いい加減にして下さい。ユウリちゃん、食事が冷めるよ。食べて。俺、また後で来るからね」


「はい……」




 どこか、生暖かい目で二人のやり取りを見つめていた私。


 じゃれてる……というより、相手がクロスだ。どこか、いちゃついてるように見える。


 クロスって、もしかしてランバートが好きなのか?


 ランバートが居室を出て行き、私が食事を始めようとするとクロスが向かいの席に座った。

 クロスは、今日も綺麗だ。お茶を飲んでいるだけなのに絵になる。


 あの様子だとクロスが好きなランバートはストレートだ。

 待てよ。ディンと私が居室で二人でいる時に、中に入ってくるクロスはいつも不機嫌そうじゃなかったっけ?じゃあディンが本命?


 騎士隊隊長の肉体派の整った顔の男らしいディンと、魔術師隊隊長の中性的な綺麗な顔立ちの穏やかな印象のクロス。


 どうしよう。普通にお似合いかも知れない。二人並ぶと、恋愛を除外しても女の子は絶対騒ぐだろう。


 けど、ディンはクロスに普通の態度で、女性にもモテそうだ。クロスと仲は良いのかも知れないけれど、恋愛のそれとは違う気がする。


 チラッと上目遣いでクロスを見ると、机に両腕を曲げてつき、不思議そうに私を見ている。


 こちらの恋愛事情は知らない。

 けれどクロスの本命がディンなら、今のクロスはこんなに綺麗なのに、同性のディンにクロスの気持ちが届く事は難しいのかも知れない。

 あんなに気の合いそうな二人なのに。

 同じ隊長としても近くにいそうなのに。

 何回もディンと二人になる事もあっても、関係を壊したくなくてクロスは、気持ちを口にする事は出来ない。


 人事ながら切ないなぁ。


「はぁ……」


「ユウリ。どうしたんですか?溜め息なんかついて」


「同性が好きって切ないなと思って」


「誰がですか?」


「そ……」


 それは、クロスさんに決まってるでしょ。


 やばい。一人の世界に入りすぎた。


 クロスの存在さえ忘れて入りこんでいた、私の妄想が本人を目の前にして表に出てしまった。


 私は、何も言わない聞こえないふりをして、パンをちぎり口に放り込む。


「ユウリ?」


 今は、口に物が入っているので答えられません。

 クロスから視線を感じるが無視だ。無視。ただひたすら食事を続ける。


「同性が好きって、もしかして私の事ですか?」


 クロスに言い当てられても顔を見られるはずもなく、パンが喉につまりそうになり牛乳らしき物を飲む。もう、味なんて分からない。


「もしかして、相手はディンだとか思っていましたか?」


 思いました。ごめんなさい。私が悪うございました。


 ずっと俯いて食べているとクロスの方から、事情聴取の時の空気まで漂ってくる。


「ごちそうさまでした。残してごめんなさい」


 私は、元気に挨拶をして冷や汗をかきながら洗面所に逃走した。


 洗面所で歯磨きをしながら考える。


 やってしまった。どうしよう。


 あの時『私の世界に同性愛を題材にした小説とかあるんですよ。私も読んでみた事あるけど、切なくなったんです。』

 とか、言っとけば良かった?


 いや、無理だ。事情聴取の担当もするクロスだ。すぐに私の嘘や妄想なんて見破られるだろう。


 歯磨きが終わっても洗面所から出られずにいると、ドアをノックされる。


「ユウリ。時間があまりありませんので出てきてもらえますか?」


 そうだ。王の部屋に行かないといけないんだ。


 ランバートが居室まで来ている事を祈りつつ、

ゆっくりドアを開けて洗面所を出る。

 そこには、いつもの微笑みのクロスがいた。


「総侍女長から食事が終わったら紅をさすように言われています。机の席についていただけますか?」


 クロスの後を歩き、食事を取っていた席に俯いて座る。クロスは化粧道具の箱を開けながら、柔らかい声で私に言う。


「ユウリ。気にしないで下さい。この顔と話し方ですから、そういう風に勘違いされやすいんです」


 クロスは、私の顎に軽く曲げた指を添えて顔を上向かせる。私がクロスの顔を見ると、クロスは私の唇を見ている。


「どんな色にしましょうか」


 そして、クロスは唇を親指でゆっくり撫で始めた。

 私の妄想を勘違いというのなら、クロスは女性を好む人だったんだ。


 なら、私はどうすればいいんだろう。

 謝る?なんて?本人が気にしなくていいと言ったのに。

 けど私の取った態度は、自分でも失礼だと思う。そうだ。勘違いじゃなくて、私のとった態度に対して謝ろう。よし、そうしよう。


 クロスが唇を撫でるがままの状態で、私は唇を動かした。


「あの……」


「謝らなくて良いですよ。気にしていませんから大丈夫です。今日のドレスなら、この色が似合いそうですね。ユウリの唇も、より可愛らしくなるでしょう」


 謝らせてもくれない。なんなんだ、この罪悪感は。


 クロスは気にした素振り一つなく、化粧道具の箱から口紅らしき小瓶と小さな刷毛を取り出す。そして、小瓶に刷毛を浸し机に置くと、私の前に膝をついて座り私に言う。


「ユウリ。これから紅をさしますので目を閉じていてもらえませんか」


 罪悪感もあった私は、素直に目を閉じるとクロスが小さく笑った声が聞こえた。


 そして、唇に少し冷たい刷毛の感触が伝わる。あの綺麗なクロスが塗っているのかと思うと、顔が赤くなるのが自分でもわかる。


 しばらくすると、額に柔らかい感触がした。次に耳元で低い囁きが続く。


「ユウリ。私は、恋愛をするのなら女性を好む普通の男だよ。今から証明して見せてあげようか?」


 証明?


 さっきまでと違うクロスの口調は甘く艶がある。

 目を開けるとクロスの紫の瞳がすぐ近くにあり、驚いて身体を反らせると、クロスの両手が椅子の背もたれを持ち囲まれていた。


 クロスの片手が後頭部にまわり、紫の瞳が長い睫毛に隠れながら、傾いた顔が近付きクロスの唇が私の唇の触れて離れる。


 身体が固まり離れたクロスの唇を見ると私の口紅が移っていて、それをクロスが見せ付けるように自分の親指で拭い立ち上がる。


「私が男で、ユウリのような女性を好むと分かりましたか?」


 私は、勢い良く首を縦に振るしか出来ない。二度と勘違いしないだろう。


「ユウリには、隙がありすぎます。私の言葉に素直に目も閉じたでしょう。ここには、力に物を言わせようとする男もいると教えませんでしたか?」


 言いました。聞きました。ファーストキスも取られました。


 ファーストキスをこんな形で奪われたショックも、これは証明だからノーカウントと自分に言い聞かせる。


 本当は唇をゴシゴシ拭きたくなったけれど、そんな事をしてまた口紅を塗られるなんて、されたくない。


 口で言ってくれても分かるのに。不意打ちだ。キスで何の証明になる。


 悔しくて下からクロスを睨むようになってしまう。


「ユウリ?」


 ポーン


 その時、素敵なインターフォンの音が聞こえた。


「ランバートですね」


「……行ってきます」


 証明だからノーカウント。

 証明だからノーカウント。

 妄想を本人の目の前で漏らした私も悪い。


 心の中で繰り返し呟きながら、私はクロスの居室を出た。



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