ディンと二人の居室
「まぁ、二人も座れ。
ユウリ、罰の事を気にしているようだが、ジュリアは昔から騒ぎばかり起こしていてな。変な方向に変に頑張る奴だ。だから、異世界転移も出来たのだろう。
だが、今回はジュリアがしでかした事は今までとは訳が違う。その為の罰だ。わしが考え、わしが王として与えた。厳しくないと罰にはならん。この国の決まりなのだから、ユウリは何も気にしなくて良い。ユウリの方が大変なのだからな」
「……はい」
王が威厳を見せる顔つきになり、私の目を強く見て話すので納得するしかなかった。
後味が悪いけれど、自分の娘に罰を与えるという一番辛い王の立場を思うと何も言えなくなる。
それから、王に木箱の中身の説明の時間等を話して、やっと私も問いの場から出られる事になった。
けれど、アースの隣の席に座るクロス、ディンと王はそれからも話をしている。
難しそうな話なので、私は頭の中を空っぽにして何も考えず終わるのを待っていた。
「おい」
低いディンの声が、突然後ろから聞こえたので、身体が大きくビクつき固まる。驚きと怖さの両方でだ。
振り向くと、ディンが私のすぐ後ろに立ち見下ろしていた。ディンの背が高く私が座っているので、それだけ威圧を感じてしまう。
「聞いてなかったのか?転移で居室に戻るぞ」
どうやら、私の事も話していたらしい。
全く聞いていませんでしたと、素直に言ったら怒られそうな空気のディンだ。
「失礼します。ありがとうございました」
慌てて席を立ち、座ったままの難しそうな顔で話す三人にお辞儀をしてディンの隣に並んだ。
ディンは、私の腰に片腕を回し大きな手で抱えるように強く抱く。
バランスを崩した私は、ディンの胸に縋るような体制になり身体が密着してしまうけど途中で落とされたくないので静かにしていた。
「行くぞ」
低く小さな呟きで始まった転移は、空気も光もクロスよりも鋭く感じる。騎士隊隊長のディンの性格を表しているような気がした。
ディンの転移でも、受ける衝撃は少なく居室の暖炉の前に着いた。緊張が解け安心すらしてしまう。
暖炉に火は無く、私が火かき棒で火の番をしながらリラックスしたい。
問いの場では、威厳に緊張、怒りに悔し涙などで感情の動きが忙しかった。
裁きの場にもなった。そんな場に立ち会うだけなのに、とても疲れてしまっていた。
あぁ。なんだか居室が落ち着く。ラグに転がりたい。
誘惑に負け暖炉に向かおうとしても、ディンの手は私の腰から離れない。
離して欲しくて身体をよじると、もう片方の腕が背中に回り引き寄せられてディンとの距離がなくなる。
なんでだ。もう居室のはずだ。
「良かったな。心配したぞ。少しは落ち着いたか?
ジュリア様なら根性があるから大丈夫だ。気にするな。お前に謝罪する時に、ふてぶてしくも見えただろう。だから、心配しなくていい」
ディンは、初めて見せる柔らかな表情で瞳の灰色を濃くした。そして、私の片方の頬を大きな手で包みこむようにして、髪に指先を差し込み耳を嬲る。
なんだか、転移する前とディンの雰囲気が違う。
「ありがとうございます。私は、椎名さんと違って根性無しだから、待つだけですけど。というか、あの……離して下さい」
ここの世界の人達は、スキンシップが激しいのは分かっている。だけど今は、勘弁して欲しい。
それに、私は椎名さんみたいになれないし、なりたくない。今は、普通に暮らして帰る時を待つ事を目指すのみだ。
だから比べられても、困るだけ。
そんな椎名さんは、これからどうなるんだろうと、私がしなくても良い心配をしてしまう。
やっぱり揉め事は嫌だ。私も絡んでるから余計に嫌だ。
「俺もお前の力になる。お前は、素直で賢いから大丈夫そうだが、何も知らなさすぎる。
それより、お前を離さないといけないのか?クロスの転移の時は、到着しても大人しくこうしていた」
そう言うとディンは、私の髪を手で払い、首筋を現にすると顔を埋め高い鼻でくすぐり始めた。
クロスの時とは、問いの場への転移の事だろう。視線を感じた記憶がある。
あれは大人しいというより、そのまま部屋をあちこち見てただけだ。
いや、それより転移の感じかたと性格は関係なのかも知れない。
ディンは、騎士らしく男らしい性格だと思っていたのに、なんだか甘えられている気までしてくる。
誰かに甘えたいのは、私の方だ。やめて欲しい。
いくら優しくされても、気を許せてはいないんだ。
「いや、でも居室に着きましたから。問いの場でのは、たまたまです」
「お前は俺が恐いか?苦痛を与えた俺が許せないか?
……クロスならいいのか?」
「え?なんで?」
知ってる、と続きそうなのを何とか口の中で噛み砕いた。
恐いのは恐い。けれど、許せないんじゃなくて、痛いのが嫌だったからディンが恐いだけだ。
「お前が問いの場で言ったぞ」
そう言われたら、痛かったとか、恐かったとか言った気がする。けれど、それはディンにじゃなく、椎名さんに言っただけだ。
それより、首筋で喋らないで欲しい。余計に、くすぐったくて仕方ない。
「どうなんだ……」
だから、喋るな。
そんな事、正直に答えられる訳がない。
痛みや恐さは、薄れはしても、覚えている。ディンの事を優しい所もある、力になってくれる人と少しだけ思えたから薄れたのかもしれない。
クロスが早く治してくれたからかもしれない。
男性を好むクロスとディンとなら、同じ事をされてもクロスの方が抵抗が少ないかもしれない。
けど、本人に正直に言えない……。どうしよう。こんな事で悩んでないで、早く暖炉で癒されたい。
「いや…あの、疲れたから暖炉の前で休みたくて。そこで、問いの場で飲んだディンさんのお水が美味しかったから飲みたいなと思ったから、離して欲しいと言っただけです」
うん。華麗にスルーが一番だ。無難な所で美味しいお水を理由にした。
私の言葉にディンの動きが止まり、両腕に力がこもり首筋に唇が触れる。
いや、もう離してよ。スキンシップというより、抱きしめられているようで緊張してしまう。
「俺の水が美味かった?」
「はい。美味しくて味方してくれてる気がして嬉しかったです。とても助かりました。ちょっ、やっ……。」
唇が動き始め首筋をゆるゆるとなぞりだすと、身体が勝手に動いてしまう。
しばらくするとディンは私から離れ、私は隠すように首筋に手を当てる。そこはディンに傷付けられた場所だった。
「なら、今はそれで良い。暖炉に火を入れる。お前が世話をしろ。水を用意してやる」
「え?あの……」
すっかり、転移前のディンだ。何なんだ一体。
ディンは、足どり軽くソファーからクッションをラグの上に重ねる。
そして、私の腰に手を当て誘導して暖炉の前に座らせる。
「今は、何も考えずにゆっくりしろ。顔色が悪い。人の心配ばかりするな。お前の事が余計に心配になる」
隣に座り私の髪を何度かすきながら言うディンの表情に厳しさはなく、整った顔と濃い灰色の瞳に見惚れてしまいそうだ。
これだけ顔が良いと、得する事も多いだろうと捻くれて思った。
「これから顔を合わせるのは、今日はクロスくらいだ。陛下と宰相補佐も話すのは明日だ。安心しろ」
ディンは、何度か背中をゆっくりと撫でると、私が火かき棒で暖炉の中を突いている間に果汁入りの水を用意してくれた。
問いの場にいた王族は、椎名さんの兄姉だったそうだ。 王妃となる椎名さんの母は、椎名さんが三歳の頃に病気で亡くなったそうだ。そして王はその後、次の王妃を迎えず一人でいるそうだ。
椎名さんの兄姉は四人。
長女の第一王女は、赤ちゃんの頃に亡くなり、
長男のアースティン、次男のフォルニール、次女のメルティナと少し歳の離れた、三女の椎名さんの五人兄弟。
なんてキラキラ豪華な子供達なんだろう。眩しすぎる。
話を聞きながら私も弟の事を思い出してしまったけれど、王の約束のおかげで気持ちが落ち込みすぎない。少しだけ余裕が出来たのかもしれない。
そうなると、気になってしまう。
「あの……私、今夜からどこで寝れば良いんですか?」
王に異世界人と認められたからには、監視もいらないからディンの居室を出ないといけないだろう。ここはディンが休む部屋だから。
「陛下が客室を用意するとおっしゃっていた」
「どうして客室……」
「陛下はお前を客人としてお前を扱われるつもりだ。世話をする者も付き、居室より良い待遇になる。居室は、人目に付きにくいが待遇が悪いからな。異世界から来たと分からない方が良いなら、何か理由を付ける事になるだろう。あとでクロスから話があるはずだ」
理由は私も付けて欲しい位だ。
けど客人?世話をする者?ドレスなんか着て、メイドさんがいたりするんだろうか。
駄目だ。やっぱり少しは自由に動ける方がいい。けど、ここはディンの居室だ。
「あの……。客室より此処に居て良いですか?客室に入ったらなかなか、出してもらえない気がするんです。
宰相補佐と話しをしてから、仕事をして待ちたいんです。ディンさんが良ければお願いします。慣れない客室より、居室がいいんです。仕事が決まるまでで良いんです」
王が客室を用意するのは好意もあるだろうけど、秘密保持もあるはずだ。問いの場の王の言葉と目覚めた時の違和感が繋がる。
だから、眠り続けても医務室に移さずに問いの場までクロスとディンしか会わない居室に王は私を居させたんだ。
信じた王も私が、誰かに異世界から転移してきたと言えば、ついでに魔石の話もすると思ったんだろうか。城の外ならまだしも、城の中にいつの間にか私が一人で転移してきたなんて、あの場にいた騎士達が信じるだろうか。
どんな理由でもかまわない。誰にも言わない。だから、もうこれ以上、私を閉じ込めないで。私を疑わないで。私は、帰るのを仕事しながら待ちたいだけ。
疑心暗鬼になり身を乗り出すように訴えていると、ディンが私を胸に引き寄せる。
「落ち着け。客席は陛下の善意だ。閉じ込めたりしない。あの場にいた者も俺の信頼を置ける部下だ。悪いようにはしない。ここに居たいなら、好きなだけ居ればいい」
「ノックをしても返事が無いと思ったら……。ディンは、言葉が足りません。わざとですか?ディン、ユウリから離れて下さい」
ディンが私の頭を撫でながら穏やかに話しおえた時、クロスの不機嫌そうな声が聞こえた。
クロスはノックをしても返事が無いので、ドアを薄く開けると話が聞えたから待っていたそうだ。
手にもつ食事のトレイを応接セットの机に置くと、暖炉の前のラグにクロスも座る。
「ユウリ、陛下は若い娘が男の居室にいるのはどうかとお思いになっただけです。今、自分がどんな格好をしてるか分かりますか?」
えっと、横座りのままディンの胸に縋ってスカートが少し捲れ上がっています。足が丸見えですね……。
慌ててディンから、離れて座り直す。ディンは、私につまらなさそうに膝かけを掛けて足を隠してくれた。
「話をしていただけだ……」
「ディンは何を言ってるんですか。部下じゃないのですから、分かりやすく話すものです。いい加減にして下さい。ユウリが、この居室が良いなら私もこれまでの様に顔を出します。
ユウリも、言ったばかりでしょう。ここは、私達のような男ばかりではありません。慎みを身につける事も大切です」
私まで叱られて、ディンは宰相補佐とロイズに呼ばれていたらしく居室を出て行った。




