第9話 逆鱗に触れた夜
「追いついたぞ、剣聖リリスッ! それと王子の女を寝取った重罪人……!」
振り向くと、十人を超える怒れる男たちの姿。
皆、同じ意匠の鎧を身に着けている。――王城の騎士団だ。
が、どうもおかしいのは、ご自慢の白銀の鎧は煙突掃除でもして来たかのように煤けているし、何故かどいつもこいつも、チリチリの頭髪をしている。
いやと首を振る。不可解な格好よりも、先の発言にもっと気になるものがあった。
「すまん、聞き間違いか? 俺が何をした重罪人だって?」
隊長と思しき男が指を突き付けてくる。
「王子の女を寝取った重罪人だと言ったのだ! ……む、貴様どこかで見たような顔だな。……そうだ! 先日追放された宮廷魔道具師のユーインではないか! さては、追放されたことを怨み、王子の女を寝取ったのか! 何という輩だ!」
俺は思わず天を仰ぐ。
あまりに酷い誤解だ。
まず、ブラック王宮でこき使われたことは怨んではいるが。追放されたこと自体には、感謝している。何より、俺はリリスを寝取ったりしていない。
……いや、リリスは俺の寝台にぞっこんなので、ある意味寝取ったと言えるのだろうか?
本来の意味とは、かなりかけ離れてはいるが。
何だか頭痛がして来た。
サッサとこの騎士たちにお引き取り願い、速やかに眠りたい。夜鳴き鳥の極上枕なら、この頭痛を癒してくれるはずだ。
俺がこめかみを押さえていると、凛とした声が上がる。
「なに、あなたたち、王子の命令で追って来たの?」
リリスが俺の横に立つ。
隊長らしき男は、俺からリリスへと視線を移した。
「ジーク殿下からの直々の命令である。剣聖リリス、速やかに王城へ戻り、殿下との婚約を承諾せよ……!」
居丈高な物言い。命令することに慣れた人間特有の空気。
彼らは無残な身なりをしながらも、傲慢な王城の態度を崩そうとしなかった。
この傲慢で一方的な宣言に、リリスは柳眉を逆立てる。
「イヤよ! どうして私が、あんな王子との婚約を受けないといけないわけ! 死んでもごめんだわっ!」
「なっ……不敬だぞ、剣聖リリス! 疾くその男と縁を切り、殿下との婚約を受けよ。さすれば、今しがたの発言は聞かなかったことにしてやる!」
一触即発の空気が、ボスフロアに満ちていく。
そんな最中、リリスは不満を爆発させていく。
「イヤ、イヤ、本当にイヤ! 誰があんな所に戻るもんですか! あの王子は毎日『女なら剣を捨てて俺様の愛を拝受しろ』なんてゴミみたいな求婚ばかりしてくるし! 周りの汚職貴族たちは『婚約を認めないなら剣を振るのを禁止する』なんてガキのいじめみたいな嫌がらせをしてくるし!」
リリスの言葉には、溜まりに溜まった澱が凝縮されていた。
その剣幕に怯むでもなく、隊長らしき男もボルテージを上げていく。
「正気に戻れっ、リリス! ジーク殿下がお待ちかねなのだぞ! これは最後通告だ! ダンジョンで天蓋付きベッドで眠る、そんな頭のおかしい暮らしを直ちに止めよ!」
隊長らしき男が唾を飛ばしながら、天蓋付きベッドを指差す。
「頭がおかしいですって!?」
リリスはベッドから、極上枕を手に取り、誇示するように見せつける。
「今の私には、この寝具よりも大切なモノなんてないの! 王宮という名の不眠症とストレスの掃き溜めでボロボロにされた私を、この寝具こそが救ってくれるのよ!」
隊長らしき男は、ぶるぶると肩を震わせる。眦をこれでもかとキツクした。
「おのれ! さては、そこな元・宮廷魔道具師のユーインに洗脳されたな!? その枕が洗脳の魔道具かっ!」
隊長らしき男は怒りの咆哮と共に、抜剣。枕を両断せんと、剣を振りぬいた。
突然の凶行にも、リリスは反応し、枕を持つ腕を引っ込める。
だが、剣先が枕をかすめた。ピリっと、僅かに裂け目が。裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、裂け目が、極上の枕に、裂け目が……!!!!
「「あ゛」」
地を這うような声が重なる。俺とリリスから、どす黒い怒りが溢れ出した。




