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最強獣人に転生したのに女王様エルフに調教されるオレの話  作者: ねこ丸


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第三十四話 やれやれじゃ


 ここ数日で、エリナの店の空気はずいぶん変わった。


 朝、戸を開ける前から、通りを歩く者の視線が店先へ向く。開店してしまえば、入ってくる客の最初の一言は品物の値段でも生地の手触りでもなく、決まってルシアの事だった。


「その服、素敵ね」


「まあ、なんて綺麗なの」


「黒なのに重く見えないわ」


「背中の開き方が上品でいいわねえ」


 そんな声が、一日に何度も飛ぶ。


 店の奥で帳面をつけていたエリナが、そのたびに満足そうな顔をするのも、もう見慣れた景色になっていた。


 ルシアは最初こそ落ち着かなかったが、褒められるたびに露骨に照れていては身がもたぬと悟ったのだろう。今では姿勢も自然で、視線を受ける事にも慣れていた。慣れてなお、耳の先がほんのり赤くなる時があるあたりが、また客にはたまらないらしい。


 今日の服も黒が基調だった。


 胸元は深すぎぬが、首筋から鎖骨の線がきれいに見える作りで、身体にほどよく沿う。腰から下は細く流れ、歩くたびに生地がやわらかく揺れた。背中側は控えめに開いていて、肩甲骨の白さがちらりとのぞく。


 上品なのに、妙に目を引く。


 エリナが好んでルシアに着せるのは、そういう服だった。


 別の日には、縦の筋が入った体に沿う編みの服を着せられた事もある。余計な飾りはないのに、胸から腰へ落ちる線がそのまま浮かぶので、従業員の娘たちが朝から妙にそわそわしていた。さらに別の日には、袖や襟元だけ透ける軽い布を重ねた服もあった。黒一色でも重くならず、かえって肌の白さが際立つのだと、エリナは胸を張っていた。


 ルシアは毎回、最初だけ少し戸惑う。


「本当に着るのか、これを」


 そう言いながらも、最終的にはきちんと着る。


 そして店へ立てば、従業員や客が目を輝かせて褒める。エリナは横でにこにこしている。気づけばルシア自身も、悪い気はしなくなっていた。


 今日も、夕方近くに立ち寄った常連の婦人が、店の入口で足を止めて感心していた。


「もう、ルシアさんが立ってるだけで店の格が上がったみたいじゃない」


 ルシアは一瞬だけ言葉に詰まり、それから少しだけ顎を引く。


「そ、そうか?」


「そうよ。うちの旦那にこの服を見せたら、たぶん値段を聞く前に頷くわ」


 エリナが横から笑う。


「じゃあ今度、ぜひ旦那さんも連れてきてください」


「ええ、そうする」


 婦人が楽しげに布を選びに入っていくと、エリナは小声でルシアへ囁いた。


「ほらね」


「うむ」


 ルシアは素直に頷いた。ここまで反応が分かりやすいと、さすがに自分でも役に立っていると分かる。


 そして、その日の閉店前。


 店の奥へ顔を出した若い職人が、修理の進み具合を報せに来た。


「だいたい終わりそうです。細かいところを整えたら、もう住めますよ」


 ルシアが目を上げる。


「そうか」


「予定どおりです。たぶん、明日には」


 エリナはその言葉を聞いた瞬間、ぱっと表情を明るくした。


「それじゃあ」


 声が弾む。


「みんなでお泊まり会しようよ」


 ルシアが瞬く。


「お泊まり会?」


「そう。どうせ戻る前日なんだし、最後に賑やかにやろうよ」


 言いながら、もう頭の中で段取りまでできている顔だった。こういう時のエリナは早い。決めた瞬間から、もう半分動き出している。


「店主さんたちも呼ぶ。ブレイクたちも呼ぶ。せっかくだし、食べて飲んで、わいわいやって、それで送り出すの」


「送り出すと言うほど遠くへ行く訳ではないぞ」


「そういう気分の話」


 エリナは胸を張った。


 ルシアは少し考え、それから肩をすくめる。


「まあ、よいのではないか」


 そのやり取りを、少し離れたところで聞いていたグランが首を傾げた。


「まだ泊まるのか?」


「そうよ」


「肉あるか?」


「あるに決まってるでしょ」


「ならいい」


 それで話は決まった。


 翌日の夕方、エリナの家には次々と人が集まってきた。


 最初に来たのは、いつも顔を合わせる酒場の店主とリナだった。二人とも腕いっぱいに大きな籠や包みを抱えている。扉を開けた瞬間から、香ばしい匂いが流れ込んだ。


「持ってきたよー」


 リナが元気よく笑う。


 店主も後ろで大きな鍋を持ち上げたまま、短く顎をしゃくる。


「邪魔する」


 ルシアが迎えに出る。


「大丈夫なのか? 店は」


「全然大丈夫」


 リナは気楽に答えた。


「たまには休まないとねー。毎日働いてたら、こっちが煮えちゃうよ」


「それで煮えるのはおぬしだけじゃろう」


「かもね」


 リナはけらけら笑って、そのまま奥へ入り込む。


 少し遅れて、ブレイクとイリスもやってきた。こちらは大きな袋や瓶をいくつも持っている。酒だ。しかも量が多い。


 エリナがすぐに気づいて声を上げた。


「イリス、お子さんは預けられた?」


「ええ」


 イリスが優しく笑う。


「私の両親に。喜んでましたよ。たまにはゆっくりしてこいって」


「よかった」


 市長も店の奥から顔を出し、皆を迎えた。


「お気遣いありがとうございます」


 相変わらずきっちりした言葉だが、今日は少しだけ肩の力が抜けているように見える。仕事の顔ではなく、きちんと招く側の顔だ。


 家の中は一気に賑やかになった。


 店主とリナが持ち込んだ料理が卓へ運ばれていく。焼いた肉、煮込んだ肉、香草をまぶした揚げ物、豆の煮込み、焼きたての平たいパン。匂いだけで腹が鳴りそうだ。


 ブレイクとイリスは酒瓶を並べる。色の濃いもの、透き通ったもの、果実の香りがするものまである。


「飲みすぎるなよ」


 ブレイクが一応言うと、リナが即座に言い返した。


「それはそっちもでしょ」


「俺は潰れん」


「男のそういう言葉は信用ならないんだよねえ」


 笑い声が重なる。


 準備が始まると、自然に男女で役割が分かれた。


 女性陣は台所まわりへ集まる。持ち込んだものだけで十分豪華なのに、さらに追加を作る気らしい。リナは包丁を持つなり動きが速い。食材を迷いなく刻み、火の通り具合を一目で見て、味見もほとんどせず鍋をまとめていく。


 エリナはそれに負けぬ手際だった。手を止めずに指示を出し、足りぬ皿を持ってこさせ、焼き加減を見ながら別の鍋へ手を伸ばす。家と店を両方回している女の動きだった。


 イリスは派手ではないが、ぱっとできる料理を次々増やしていく。刻んだ野菜と肉を和えたもの、焼いた薄い生地へ具をのせたもの、小さな器にさっと盛るつまみ。慣れた手つきだ。


 そしてルシアは、少しだけ遅れる。


「こ、このくらいでよいのか?」


「もうちょっと細くかな」


「こうか?」


「そうそう」


 料理は不得意ではないが、得意でもない。包丁の動きに無駄はないが、速さがない。焼き加減を見る時も、少し慎重すぎる。そんなルシアに、エリナもリナもイリスも、楽しそうにあれこれ教えていた。


「そこはこうすると見た目がきれいだよ」


「この順で入れた方が焦げないの」


「味は最後で大丈夫ですよ」


「ふむ」


 ルシアは案外素直に聞いていた。


 一方、一階では男性陣が卓の準備に追われていた。


 市長とブレイクが食器を並べる。皿の向き、杯の数、椅子の位置まで、きちんと整えるのはだいたい市長で、ブレイクはそれを無言で手伝う。店主は持ち込んだ料理を並べ、温め直すものは温め直し、見栄えよく盛りつけていく。


 グランも最初は手伝うつもりだったらしいが、並べられていく料理の香りに気を取られ、卓へ手が伸びかけた。


 そこを、市長が見逃さなかった。


「怒られますよ」


 静かな声だが、釘は刺さる。


 グランが手を止める。


「ちょっとぐらい」


「我慢しろ」


 ブレイクが横から言う。


「今つまんだら、来た時に一目でばれる」


 店主は鼻で笑い、盛りつけの途中だった小さな焼き肉をひとつ摘んで、グランの方へ投げた。


「これでも食ってろ」


 グランは空中で受け取ってそのまま口へ放る。


「うまい」


「だから黙って待て」


 卓が整うと、皆で食事が始まった。


 皿が回り、杯が満ちる。会話も笑いもひっきりなしだ。今日は誰も急いでいない。誰かが食べ、誰かが注ぎ、誰かがまた別の皿を勧める。そういう気楽な流れが、自然に場を作っていた。


 食後になると、今度は男たちが洗い物へ回った。


 市長とブレイクと店主は手際がよい。汚れた皿を集め、流しで洗い、布で拭くところまで流れるようだった。


 グランはあまり得意ではないらしい。皿の扱いが少し雑で、置き方も大きい。


「そこじゃない」


 ブレイクが指差す。


「大きい皿は上じゃなくて下だ」


「なんでだ」


「落ちるからだ」


「ふーん」


 グランは素直に置き直す。


 市長が隣で苦笑した。


「指示に従う分には優秀ですね」


「自分で考えるより早いからな」


「開き直っておるのう」


 洗い物が終わるころには、酒も追加で運ばれ、自然と二次会の空気になっていた。


 女性陣は二階へ。


 男性陣は一階へ。


 分かれる前に、ルシアがグランへ視線を向ける。


「あまり皆に迷惑をかけてはならんぞ」


「ああ」


「本当に分かっておるのか?」


「分かってる」


 短い返事だが、今日はそこまで雑ではなかった。ルシアはそれ以上言わず、杯とつまみの皿を抱えて二階へ上がる。


 二階では、床へクッションや敷物が広げられ、女たちが輪になる形になった。


「かんぱーい」


 エリナの声に合わせて、杯が触れ合う。


 ぐい、と皆が飲む。思っていた以上に、みんなよく飲む。


 最初に口火を切ったのはイリスだった。頬にうっすら赤みが差し始めたくらいの頃だ。


「新婚生活はどうですか?」


 エリナが即座に乗る。


「興味あるー」


 リナも身を乗り出した。


「教えて、教えて」


 ルシアは少しだけ肩を引く。


「な、なんじゃ急に」


「急じゃないよ。ずっと聞きたかったんだから」


「そうですよ」


 逃がす気のない三人の笑顔に囲まれ、ルシアは杯を一口飲んでから答える。


「……まあ、悪くはない」


「ふふん」


「絶対それだけじゃないよねえ」


 リナが肘でエリナを小突く。


 ルシアは少し考え、照れをごまかすように言葉を選んだ。


「あれで、けっこう綺麗好きでな」


「へえ」


「うんうん」


「汚れたままにするのをあまり好まん。重い物も当然のように持つし、金遣いもまったく荒くない」


「うわ、ちゃんとしてる」


「そこ大事ですよねえ」


「でしょー」


 三人はにこにこ聞いている。ルシアは最初こそ戸惑っていたが、話し始めると案外素直だった。日々一緒に暮らして見えた事を、そのまま口にしているだけだ。


 イリスが目を細める。


「仲がよろしいんですね」


 エリナがすぐ乗る。


「ラブラブだ」


 リナがけらけら笑う。


「新婚だもんねー」


 ルシアは「うるさい」と言いたそうな顔をしたが、完全には否定しなかった。その代わり杯に口をつける。だが耳の先はきれいに赤かった。


 一階の男性陣は、対照的にずいぶん静かだった。


 店主が簡単なつまみをまた一品こしらえる。火の音が小さく鳴り、ブレイクが杯へ酒を注ぎ、市長は椅子へ少し深く腰を下ろして息をついた。


 グランは、まだ肉を食べていた。


 市長がそれを見て、苦笑混じりに尋ねる。


「どうです、新婚生活は?」


 グランは肉を噛み、飲み込み、それから答える。


「いいぞ」


 それだけだった。


 ブレイクが杯を傾ける。


「そうか」


 店主も頷く。


「それが一番だ」


 会話は短い。だが変に飾らぬ分だけ、本心なのはよく分かる。


 二階では、酒が進むにつれて三人の語り口が変わってきた。


 エリナが頬杖をつき、少しとろんとした目で言う。


「最初はいいのよ」


「そう! 最初はね」


 リナがすぐ続く。


「そうですねえ」


 イリスまでふわりと同意した。


 ルシアが目を瞬く。


「そ、そうなのか?」


「そうなの」


 エリナが力強く頷く。


「そのうちさぁ、仕事、仕事ってさぁ」


「分かる! 分かるよ!」


 リナが杯を持ったまま大きく揺れる。


「そうですねえ」


 イリスの口調は柔らかいが、同意はしっかりしていた。


 ルシアは完全に聞く側になっていた。


「仕事は大事じゃろう」


「そう!」


 エリナが指を立てる。


「仕事は大事!」


「それは分かるのよ!」


 リナも声を上げる。


「でもさぁ、仕事だけじゃダメじゃん!」


「そうなんですよねえ」


 イリスがとろんとしながらも真面目に言う。


「妻としては、少し寂しくなりますよねえ」


 ルシアは杯を持ったまま固まる。


「そ、そうなのか?」


「そう!」


「そうだよ!」


「そうですねえ」


 圧が強い。


 エリナが机に身を乗り出す。


「言いたくないけどさぁ」


 リナも同じ角度で来る。


「言いたくないけどねぇ」


 イリスも静かに頷く。


「言いたくはありませんねえ」


 ルシアが少し引いた。


「な、なにをじゃ?」


 三人が声を揃えた。


「仕事と私、どっちが大事なの!」


 ルシアは杯を持つ手を止める。


「お、おお」


「そう!」


「そうなのよ!」


「そうなんですよねえ」


 三方向から同意が飛ぶ。


「男ってさぁ」


「仕事好きなのはいい事なんですけどねえ」


「でも仕事だけじゃダメ!」


「女房も大事にしなきゃね」


「そ、そうじゃな」


 ルシアは完全に押されていた。こういう話は聞いた事がない。いや、聞いた事がなくはないのかもしれぬが、ここまで酒の勢いと共に真正面から浴びせられるのは初めてだ。


 一階ではまた別の話が進んでいた。


 市長が静かに杯を置く。


「どうしても、新婚気分が抜けると変わりますよ」


 ブレイクが低く唸る。


「家族のためなんだが、仕事ばかりだと向こうは不機嫌になる」


「自分なりには気遣っているんだがな」


 店主がつまみをつまみながら言う。


 グランは肉を食う手を止めず、ふーん、とだけ返した。


 理解しているのかしていないのか分からぬ顔だ。


 二階では、今度はルシアへ話が戻った。


「で、ルシアんとこはどんな感じ?」


 エリナがにやにやしている。


「そうそう、まだ新婚でしょ」


 リナも目を輝かせる。


「グランさん、情熱的ですよねえ」


 イリスが穏やかに言う。


 ルシアは杯を持ち直した。


「そ、そうじゃな」


「詳しく!」


「そこ詳しく!」


「聞かせてくださいね」


 三人とも目が怖い。


 ルシアは観念したように肩を落とした。


「よく褒めてくれる」


「ほほう」


「意外に優しい」


「いいねえ」


「……あと」


 そこで一度、頬が赤くなる。


 エリナが身を乗り出した。


「他は!」


 リナも続く。


「他にもあるでしょ!」


 イリスも微笑んだまま待つ。


「聞きたいですねえ」


 ルシアは逃げ道を探すように視線を泳がせ、結局、ぽつぽつと話し始めた。


「風呂は、ほぼ二人一緒に入る」


「きゃー」


 エリナが即座に声を上げる。


「熱々じゃん」


 リナが笑い転げる。


「羨ましいですねえ」


 イリスが素直に言う。


 ルシアは顔を覆いたくなるのをこらえつつ続ける。


「……あとは、その、情熱的に愛してくれる」


 二階が一気に沸いた。


 一階では、市長が真面目な顔で言っていた。


「妻も仕事も大事なんです」


「うむ」


 ブレイクが頷く。


「当然だな」


 店主も同意する。


 グランは肉を噛みながら聞いていたが、やがてあっさりと言う。


「オレは仕事よりルシアのが好きだな」


 市長が一瞬だけ止まる。


「それは私も同じです」


 すぐに答えた。


 ブレイクもうなずく。


「うむ」


 店主も笑う。


「当然だな」


 市長は少しだけ遠い目をした。


「私だって、仕事をしなくてよければ妻を愛しますよ」


「うむ、その通りだ」


「だが仕事も大事だからな」


 男たちは男たちで、妙に現実的だった。


 グランは再びふーんとだけ返した。


 二階では酒がさらに進み、三人ともかなり回っていた。


「ラブラブはさぁ」


 エリナが腕をぶんぶん振る。


「努力しないと続かないんだよ」


「そう!」


 リナが頷く。


「毎日気をつけるの!」


「そうですねえ」


 イリスも笑っている。


「女である事は難しいですからねえ」


「そ、そうか」


 ルシアは真面目に聞いてしまう。


 その真面目さが面白いのか、三人はさらに飲んだ。


 そして、酔いが一定の線を越えたあたりで、話は突然、妙な方向へ転がった。


 エリナがルシアを見て、頬を赤くしたまま言う。


「ルシアずるい!」


「そうだよ!」


 リナがすぐ乗る。


「こんなに胸もお尻もおっきい!」


「でも腰は細いんですよねえ」


 イリスまでしみじみ言う。


 ルシアが危険を察して身を引こうとした時には遅かった。


「待て」


「ちょっとだけ!」


「確認!」


「確認とはなんじゃ!」


 三人の手が伸びる。


「待て、触るな!」


「いいじゃんちょっと!」


「揉むな!」


「本当だー」


「掴むな!」


「腰ほっそ」


「やめぬかー!」


 二階が妙な騒ぎになった。


 一階ではその頃、市長が妙に達観した顔で語っていた。


「上手くいくコツは、常にはいと答える事です」


 ブレイクが真面目に続ける。


「常に褒める」


 店主が短くまとめる。


「常に感謝する」


 グランは眠くなってきた目でそれを聞き、素直に頷いた。


「そうだな」


「やっているんですか?」


 市長が聞く。


 グランは本気で考えたあと答える。


「いつも褒めてるし、感謝してるし、愛してるぞ」


「そうですか」


「やってるな」


「うむ」


 三人とも変なところで納得した。


 二階では、ようやく騒ぎが落ち着いていた。


 エリナもリナもイリスも、そのまま酔いつぶれて寝てしまったのだ。三人とも酒と笑いで力を使い果たしたらしい。


 ルシアは乱れた髪を直しつつ、ため息をつく。


「ようやく寝たか」


 床へ転がるように寝た三人へ、一人ずつ毛布をかけていく。エリナは寝顔まで無防備だ。リナは口元が少し開いている。イリスは一番静かだが、杯を離さぬまま寝ていたので、それだけそっと取り上げる。


「やれやれじゃ」


 そう呟きながら、自分も少し笑っていた。


 一階でも、そろそろ限界が来ていた。


 グランがあくびを噛み殺しもせず言う。


「寝るぞ」


 市長が杯を置く。


「そろそろ私たちも休みますか」


 ブレイクが頷く。


「うむ」


 店主も立ち上がる。


「そうだな」


 男たちはそのまま一階で適当に雑魚寝する流れになった。敷物を広げ、手近なところへ転がる。疲れているからか、誰も文句を言わない。


 二階では、ルシアが一人だけまだ目を閉じていなかった。


 隣ではエリナたちが寝息を立てている。さっきまであれほど騒がしかったのに、今は静かだ。窓の外から、夜の風が少しだけ入る。


 ルシアは仰向けになり、薄暗い天井を見た。


 仕事と妻。


 努力。


 気をつける事。


 褒める事。


 感謝する事。


 愛する事。


 下では男たちがまた別の事を言っていた。結局のところ、みなそれぞれに考えているのだろう。だが、それをこうして酒の勢いで聞かされると、妙に現実味があった。


「なんか色々あるんじゃのう」


 ぽつりと漏らす。


 言葉にしてしまえば、少しだけおかしかった。


 だが、それでも嫌な気分ではない。知らなかったものを少し知っただけだ。面倒な事もあるのだろう。今の熱や勢いだけでは済まぬ時も来るのかもしれぬ。


 それでも、とルシアは思う。


 隣で眠る女たちの寝顔も、下で雑に寝転がっているであろう男たちの事も、少しだけ愛おしい。騒がしく、面倒で、うるさくて、それでもどこかあたたかい。


 ルシアは目を閉じた。


 やれやれじゃ。


 今度は心の中でそう言って、ようやく自分も眠りへ落ちていった。

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