第三十三話 似合うのう
目を開けた時、最初に見えたのは見慣れぬ木目の天井だった。
朝の光が、窓の布越しにやわらかく差し込んでいる。強すぎず、まだ少しだけ眠気を引きずったような色だ。いつもの自宅よりも少し狭く、だが人の手入れの行き届いた部屋の匂いがする。清潔な布の匂い。乾いた木の匂い。ほんのかすかに、階下から上がってくる焼いた肉の匂いまで混じっていた。
そこでようやく、ルシアは自分がどこで寝ていたのかを思い出した。
エリナの家だ。
壊れた自宅を離れ、しばらく泊めてもらう話になった。その流れのまま、必要なものを持ち込んで、一晩ここで休んだのだった。
隣に気配がある。
ルシアがそちらへ顔を向けると、グランはもう起きていた。いや、ずいぶん前から起きていた顔である。腕を枕代わりにして寝台へ横になったまま、こちらをじっと見ていた。
目が合う。
グランの口元が、ほんの少しだけ動いた。
ルシアはその顔を見た瞬間、起き抜けのぼんやりした頭がすっと冴えるのを感じた。
「言っておくが」
声はまだ少し朝のかすれを含んでいたが、言葉自体ははっきりしていた。
「ここに泊めてもらっておる間はやらぬぞ」
グランが少しだけ眉を寄せる。
「毎回それ言うな」
「毎回言わねばならん顔をしておるおぬしが悪い」
ルシアは半身を起こしながら言った。寝起きの乱れた髪をかき上げ、布を肩へ引き寄せる。エリナの家にいる以上、好き勝手は許されない。いや、そもそも好き勝手にしてよい場などそうないのだが、少なくともここは絶対に違う。
「きちんと世話になっておる間ぐらい、節度を持て」
グランは不満そうな顔をした。あまりに分かりやすい不満顔で、ルシアは逆に少し笑いそうになる。
「ちょっとぐらいいいだろ」
「よくない」
「一回ぐらい」
「よくない」
「少しだけ」
「何度言わせるのじゃ」
ルシアがぴしゃりと言うと、グランはしばらく黙った。目だけはこちらを見ている。言葉を重ねても無駄だと分かった時の顔だった。
やがて、ふう、と鼻から息を抜く。
「分かった」
素直といえば素直である。ルシアが決めた線を、本気で越えに来る事はあまりない。その代わり、納得した訳ではない顔を隠しもしないのだが。
ルシアはその返事に、ほんのわずか肩の力を抜いた。
「うむ。それでよい」
その瞬間だった。
グランが身を起こし、ひょいと顔を寄せてくる。
避ける暇はなかった。
ぺろり、と頬を舐められる。
「なっ」
ルシアの目が見開く。驚きと、少し遅れてくる熱で、頬が一気に赤くなるのが自分でも分かった。
当のグランは、やる事だけやって満足した顔で戻っていた。
「これで我慢する」
真顔で言う。
ルシアは数度、口を開いて閉じた。怒るべきか。呆れるべきか。あるいは褒めるべきか。咄嗟にその全部がぶつかって、言葉が一瞬まとまらない。
だが、ここで必要以上に怒ると、かえって面倒になるのも知っていた。
この男は、頭ごなしに叩くより、許容できる範囲を明確にして、その中で収まった時は少し褒めた方が扱いやすい。少なくとも今のこれは、完全に止めた線を越えてはいない。ぎりぎりだが越えてはいない。
ルシアは頬へ手を当て、わざと咳払いを一つした。
「……うむ。えらいぞ」
言ってから、これでよかったのか少し迷う。
だがグランの顔は明らかに機嫌がよくなった。目元の不満がすっと消えている。
「だろ」
「調子に乗るな」
「乗ってねえ」
「乗っておる」
寝台から降りながらルシアが返すと、グランは喉の奥で小さく笑った。
それから二人は、朝の支度を整える事にした。
客室はそう広くないが、二人で動くには十分だ。窓を少し開けると、朝の空気が入る。外ではすでに店の前を掃く音が小さく聞こえ、どこか遠くで人の話し声もする。エリナの家と店は、朝が早いらしい。
ルシアは鏡代わりの磨いた金属板を覗き込み、髪を整える。寝癖を指でほどき、ざっとまとめる。その横でグランは、服を着ようとして途中で止まっていた。
「おぬし」
「ん?」
「きちんと服を着よ」
「着てる」
「半分しか着ておらん」
上は通している。だが前が開いたままだ。下も雑だ。どこへ出しても問題ない姿に整えるには、ルシアが見ておく必要がある。
結局、ルシアが近づいて前を引き寄せ、紐を結び、襟元を整える。
「じっとしておれ」
「してるぞ」
「腕を上げるな」
「上げてねえ」
「今上げた」
グランは素直に従っているようで、微妙に動く。大きな体を相手に細かいところを直すのは、妙に手間がかかった。だがそれも、ルシアにはもう慣れた作業だ。
一歩下がって全体を見る。
「うむ。これならよい」
「別にそんなに変わらねえだろ」
「変わる。少なくともエリナの家の中ではきちんとしておれ」
そう言ってから、ルシアは自分の服の乱れも確認した。問題ない。少なくとも階下へ降りて恥ずかしいところはない。
二人で一階へ下りると、すでに食卓の準備は整っていた。
エリナが、店側とつながる扉を半分開けたまま、卓へ皿を並べているところだった。朝の光が窓から差し込み、磨かれた食器の縁へ細く光を引いている。
「おはよう」
エリナが振り返る。
寝起きの気配はない。もうとっくに起きて働いていた顔だ。髪もまとめてあり、服もきちんとしている。こういうところは市長とよく似ているのかもしれない。やる時は迷わず切り替わる。
「おはよう」
ルシアが返す。
グランは一瞬だけ卓の上を見て、それから言った。
「肉あるな」
「あるわよ。朝からそれが最初なの?」
「大事だぞ」
「知ってる」
エリナは呆れたように笑い、それからルシアを見た。
「よく寝れた?」
「うむ。久しぶりに、屋根や壁が壊れる心配をせずに寝た気がする」
「それはよかった」
ルシアは卓につきながら、周囲を見渡す。
「市長はまだ帰っておらんのか?」
「うん。向こうで泊まりだって」
エリナは当然のように答えた。
「市庁舎で、そのまま倒れるように寝る事もあるし、寝ないまま朝になる事もあるよ」
「大変じゃな」
「ちょくちょくある」
その言い方が軽いので、かえって重みがあった。慣れているのだろう。市の長の妻として、そういう夜があるのも日常に組み込まれている。
「嫌ではないのか」
「嫌な時もあるけど、仕方ない時もあるでしょ」
エリナはパンを切り分けながら肩をすくめた。
「向こうも遊んでる訳じゃないしね」
その返しに、ルシアは小さく頷く。理解できる物言いだった。
朝食は、卓の見た目からしてはっきり分かるほど分かれていた。
グランの前には肉だ。焼いたもの、煮たもの、朝にしてはかなりしっかりした量が並んでいる。対してルシアとエリナの前には、温かな汁物、焼いた卵、やわらかいパン、少量の肉と野菜。普通の朝食である。
グランは座るなり肉へ手を伸ばした。
迷いがない。
骨付きの肉を持ち上げ、そのまま食いつく。朝だろうと関係ないらしい。
エリナが苦笑した。
「相変わらず気持ちいいぐらい食べるわね」
「腹減ってるからな」
「いつも言ってない?」
「いつも減る」
ルシアは汁物へ口をつけてから、ふと真面目な顔になる。
「すまんな。気を使わせて」
その言葉に、エリナは首を横に振った。
「いいよ。どうせ市長が戻るまで何かしてるつもりだったし」
「それでもじゃ」
「じゃあ、ちゃんと食べてくれたらそれで十分」
ルシアは少しだけ表情を緩めた。
「うむ」
それから隣を見て眉を寄せる。
「おぬしも礼ぐらい言わぬか」
グランは肉を噛んだままエリナを見る。
「あんがと」
言い終える前にまた噛む。礼は言った。だが雑だ。
ルシアは思わず額を押さえた。
「まったく」
口ではそう言う。
だが、その視線はきつくなりきらなかった。呆れているのは本当だが、それ以上に、まあこんなものかと受け入れている色がある。
エリナはその顔を見て、にやりとした。
「ルシア、どんどん奥さんらしくなってきたね」
ルシアの手がぴたりと止まる。
「なっ」
「ほら、今の顔」
「違う」
「違わないでしょ。礼を言わせて、服を整えて、生活を見て」
「誰かが面倒を見ねばならんからな」
言い返しながらも、声には少しだけ熱が混じった。否定しきれぬのだろう。エリナはそこを逃さない。
「それを世間ではそう言うのよ」
「勝手に言っておれ」
ルシアはそっぽを向く。だが耳が赤い。しかも、完全に嫌がっている顔ではない。むしろ内心ではどこか嬉しいのが透けて見える。
グランはそんなやり取りを聞きながら、特に何も言わずに肉を食べていた。だがルシアの耳が赤いのを見て、少しだけ口元が動いた。
朝食を終えると、エリナは待っていましたと言わんばかりに立ち上がった。
「じゃあ約束通り、ちょっと手伝ってもらおうかな」
ルシアが椅子から立つ。
「うむ」
そして、エリナが持ってきた服を見た瞬間、足が止まった。
「……これを着るのか?」
手に取ると、布地はしなやかで質が良い。露出が極端に多い訳ではない。だが、首元から肩にかけての開き方が普段の服よりずっと大きく、袖がまったくない。体の線に沿うように仕立てられていて、着れば否応なしに輪郭が出るのは一目で分かった。
エリナは嬉しそうに頷く。
「うん。うちの新商品。ホルターネックっていうの」
「ほるたーねっく」
ルシアは言葉ごと転がすように繰り返す。聞き慣れぬ名だった。
「首の後ろで留める形だから、肩から腕がすっきり見えるの。動きやすいし、きれいに見えるし、夏場にもいいでしょ」
「う、ううむ」
理屈は分かる。だが、それと自分が着るかどうかは別の話だ。
ルシアの戸惑いを見て、エリナはさらに笑顔を深くする。
「ルシア、スタイルいいから絶対似合うよ」
「そ、そういう問題では」
「あるの」
即答だった。
「あと」
少し声の調子を変えて、エリナは付け加える。
「グランも喜ぶと思うよ」
ルシアの肩がぴくりと揺れた。
「そ、そうか」
返事が早い。
エリナはにこにこしている。勝った顔だった。
ルシアは服を抱え、視線を泳がせ、それから妙にきびきびした足取りで奥へ消えた。迷っているように見えて、決めた後は早い。
しばらくして、奥の扉がそろりと開く。
ルシアが出てきた。
普段とはかなり印象が違う。
肩から腕がすっきり出ているせいで上半身が軽く見え、首筋の白さまで目立つ。だがいやらしいほどではない。むしろ線の美しさが素直に出る服だった。体に沿う仕立てのせいで腰や脚の形もきれいに見える。歩くたびに布が柔らかく揺れ、無理に飾っていないのに妙に目を引いた。
ルシア自身は落ち着かぬらしい。
手で首元を軽く押さえたり、裾を気にしたりしている。いつもの余裕は少し薄い。
そのままグランの前まで歩いてくる。
「ど、どうじゃ?」
問いかけた後、グランがすぐ何も言わなかったので、ルシアの顔に不安が差した。
「似合わぬか?」
グランはまだ答えない。
まじまじと見ている。
その沈黙が長く感じられて、ルシアはますます落ち着かなくなる。エリナまで少し息をひそめた。
ようやく、グランが口を開く。
「これ以上美しくなるな」
真顔だった。
飾り気も冗談もない。思ったままをそのまま口にした顔である。
ルシアの頬が一気に染まる。
「な」
声が途切れる。
グランはさらに、少しだけ身を寄せるようにして小さく言った。
「我慢できなくなる」
「……馬鹿者」
返すので精一杯だった。
顔が熱い。耳まで赤いのが自分でも分かる。エリナは両手を腰に当て、わざとらしく天井を見た。
「はいはい、ごちそうさま」
グランは平然としている。むしろ本気で褒めただけで、それ以上の意図を隠そうともしていない。照れているのはルシアだけだった。
その空気を切り替えるように、エリナはぱんと手を打つ。
「じゃあ次、グランも着替えて」
「オレもか?」
「もちろん」
エリナはどこからか別の包みを持ってくる。最初から用意していた顔だ。
グランは受け取るなり、その場で脱ごうとした。
「馬鹿者!」
ルシアの声が飛ぶ。
エリナも一拍遅れて同時に叫んだ。
「ちょっと!」
グランが不思議そうな顔をする。
「なんでだ」
「なんでもじゃない!」
ルシアはずんずん近づき、包みをひったくるように持ち直した。
「こっちへ来い」
「ここでいいだろ」
「よくない」
「なんでだ」
「よくないものはよくない!」
そのまま奥へ引っ張っていく。グランは抵抗らしい抵抗もしないが、納得もしていない顔だった。
奥の部屋で包みを開くと、黒い上下の服が入っていた。
素材は見た事のないほど滑らかで、だがしっかりしている。無駄な装飾はない。線がきれいだ。グランの体格に合わせて仕立ててあるのか、肩も胸も窮屈そうではない。
「着るのか」
「そうじゃ」
「面倒だな」
「我慢せい」
ルシアは着方を確認しながら、必要なところだけ手を貸した。腕を通し、前を合わせ、形を整える。こうしてみると、グランの体は本当に大きい。少し整えるだけで服の印象がはっきり変わる。
やがて着替え終わり、ルシアが一歩下がる。
黒い服に収まったグランは、普段よりずっと締まって見えた。もともと無駄なく強い体だ。そこへ色の落ち着いた服が乗ると、荒っぽさが消える訳ではないのに、妙に整って見える。危うさを隠さず、その上で見栄えがする。
ルシアは思わず見惚れた。
「……似合うの」
ぽつりと漏れる。
グランが首を傾げた。
「そうか?」
「うむ」
ルシアはもう一度、今度は少しはっきり言う。
「かなり似合う」
店へ戻ると、エリナが目を丸くした。次いで、胸の前でこっそり握り拳を作る。
「よし」
「今、何かしたな」
ルシアが睨む。
エリナは咳払いしてごまかした。
「グランのはスーツっていうの」
「すーつ」
「上下そろいの服って思えばいいよ。きちんとして見えるでしょ」
「見える」
ルシアが素直に答えたので、エリナは満足げだった。
そこへ従業員たちが一人ずつ出勤してきた。
店の扉を開けた瞬間、皆の動きが止まる。
「えっ」
「うわ」
「すご」
感想がそのまま口から漏れていた。
「ルシアさん、めちゃくちゃ似合ってます」
「グランさんもすごいですね」
「なんか別人みたいだ」
「いや別人ではないな。グランさんはグランさんだけど」
口々に褒められ、ルシアは少しだけ顎を上げた。完全に平然を装っているが、機嫌がよくなっているのは分かりやすい。
グランはほとんど変わらない。褒められても、そうか、程度の顔で立っているだけだ。
やがて店が開く。
朝の客、昼前の客、ふらりと立ち寄る常連。入ってくるなり、皆の視線がまずルシアとグランへ向いた。特にルシアへの反応は大きい。
「まあ、きれい」
「新作?」
「その服、すごくいいわね」
「あなたが着ると売れそう」
褒め言葉が重なるたび、ルシアの目元が少しずつ柔らかくなる。最初は落ち着かなそうにしていたのに、昼を過ぎる頃にはかなり板についていた。姿勢も自然になり、視線を受けるのにも慣れてくる。
グランも客から見られてはいた。
「そっちの服も格好いいですね」
「護衛みたいで映えるわね」
「いや、護衛というか、なんかもっと怖いけど」
だがこちらは、本人がほとんど反応しないせいで、褒め言葉の勢いが続かない。グランはただ立ち、時々エリナに言われて荷物を運び、頼まれれば布を持ち上げたり棚を動かしたりする。それだけだ。だがそれだけでも店の中の空気が締まるので、エリナとしては十分以上らしかった。
日が傾き、ようやく店を閉める頃には、ルシアも少し疲れていた。
立っているだけのはずが、視線を集め続けるのは思った以上に神経を使う。だが嫌な疲れではない。似合うと褒められ、エリナが満足そうに何度も頷き、店の者たちまで喜んでいた。その空気がどこか心地よかった。
夜になってから、市長が帰ってきた。
扉が開き、少しだけ疲れをにじませた顔がのぞく。だが姿勢は崩れていない。帰ってきたというより、ようやく一区切りつけてこちらへ来られた顔だった。
「お手伝いありがとうございます」
市長はきちんと頭を下げる。
丁寧な言い方はいつも通りだが、そこに疲労と本心からの感謝が混じっていた。
「大した事はしておらん」
ルシアが返すと、エリナが横から口を挟む。
「いやいや、大した事だったよ。今日の客の食いつきすごかったんだから」
「そうなのか」
市長が店の中を見回す。
「それはよかったです」
夕食は皆で囲む事になった。
朝より少し落ち着いた量だが、それでもグランの前にはしっかり肉が多い。市長もようやく腰を落ち着けたらしく、椅子へ座る時にわずかに肩の力が抜けていた。
食事が始まって少ししてから、ルシアが口を開く。
「あの宝珠とやらは?」
市長が杯を置く。
「調べていますが、まだほとんど分かっていません」
「そうか」
ルシアはそれ以上急かさない。ただ続きを待つ。
「ただ」
市長は少しだけ言葉を選んだ。
「作るのは難しいようですが、不可能ではないらしいです」
ルシアの目が細くなる。
「ほう」
横でグランが肉を噛みながら聞く。
「また強いのが出てくるか?」
あまりにもいつも通りの問いだった。
市長は苦笑する。
「出ない方がありがたいんですけどね」
「なんでだ」
「なんで、ではありません」
市長は本気で困ったような顔をした。
「こちらとしては、盗賊に続いて邪教徒まで片づいた今、しばらく静かでいてほしいんです」
エリナも頷く。
「でも、これで少しは安心なんじゃない?」
「ええ」
市長は素直に認めた。
「盗賊や、その裏にいた邪教徒たちも捕らえましたので、少しはマシになるでしょう」
「そうじゃな」
ルシアが応じる。街の空気はすぐには変わらぬだろう。だが、少なくとも表に出ていた厄介事は一つ片づいた。それだけでも意味はある。
グランだけが不満そうに言った。
「つまらん」
ルシアが即座に返す。
「馬鹿者」
市長とエリナが同時に笑った。
その笑いの向こうで、夜はゆっくり深くなっていく。
戦いの熱はもう遠く、今はただ温かな灯りの下で食事を囲む時間だった。だが卓の上に残る話には、まだ完全には消えていない影も混じっている。宝珠。邪教。古き神とやら。それでも今は、そこへ怯えてばかりいる時間ではない。
ルシアは隣で肉を食うグランを見た。
相変わらず、何も変わらぬ顔で食っている。
強いものが出ぬならつまらぬと平然と言い切り、次の厄介事の可能性を聞いても目の色を変える。面倒で、荒っぽくて、どうしようもない。だが、そういう男がここにいて、こうして温かな食事を食べているという事実に、妙な安堵もあった。
ルシアは小さく息を吐く。
その横で、グランが肉を噛みながらこちらを見る。
「なんだ」
「なんでもない」
「変なの」
「おぬしが言うな」
そう返すと、グランは少しだけ笑った。




