79話:解放されたコカトリス
夜が明けて、森の中に少し入った所で食事の準備をする。森を出るとナターレ領で見渡す限り草原が広がっている。多少の起伏があるが、遠くからでもこちらを見られるかもしれない。魔物と一緒にいるところを。
100mほど離れた所に街道が伸びていて、森との境にコカトリスが鎮座している。
何度かナターレ側から行商人らしき馬車が近づいてきたが、遠くにコカトリスの姿を見つけて慌てて引き返して行った。
「ミーナは無事にジプソフィーラ様の元に着いたかな?」
ミルが干し肉を頬張りながら呟く。【拘束3】を持つコカトリスの拘束に成功した男だ。
「すぐに~戻ってくれば~昨夜には戻ってる~はずなんですけどね~?」
デーア姉さんが不安な事を言う。【万能解毒1】と【回復3】を持つ俺たちの生命線だ。俺がコカトリスに石化された時もデーア姉さんに助けられた。ただ、こののんびり口調は何とかならないものか・・・
「特に念話での知らせもないし、問題が起きたわけではないだろうけど」
”便りがないのはよい便り”とどこかで聞いたが、正直問題が起きて連絡できないこともあるだろうと思ってしまう。
「それより~今朝方~少し寒かったので~オオカミさんのしっぽを~抱いてたら~オオカミさんの~機嫌が悪くなって~唸られれちゃいました~」
「ん?」
ミーナの調教のおかげで嫌がっても唸ることなんてないはずだが・・・
「そういえばオオカミたちはどこに行ったんだ?草原側で歩哨をしていたはずだが?」
ザザザザ・・・
草をかき分けて何かが走る音が聞こえる。何かに囲まれた!?
「ディオ!?」
「【熱感知2】!」
熱感知で見えたのはミーナが残して行ったオオカミたちだった!俺たちの周りを囲んでいる。
「オオカミたちだ!囲まれてる!」
「なに!?どういうことだ!」
ミルがすばやく短剣を抜きデーア姉さんの前に立つ。俺もダガーを構えつついつでも「風」の”スキル”を放てるように身構えた。
「あらら~?調教がきれてますね~?」
デーア姉さんがこんな時ものんびりしている。オオカミは1匹ミーナが連れて行ってるからここには4匹。
無傷で勝つのは不可能だな。デーア姉さんの回復が頼りだ。なんとしても姉さんだけは守らないと・・・
クエエエエエエエエエエッ!!
その時街道の方からコカトリスの咆哮が聞こえた。コカトリスの調教も切れたのだ。一刻も早くここから離れないと!
周りを囲んでいたオオカミたちもコカトリスの脅威を感じたのか、一斉に森の奥に退避していった。助かったがもっとヤバいのがこちらに向かってくる。
「見られたら終わりだ!森の奥に避難するんだ!」
俺が先頭に立ち森の奥に分け入っていく。後ろを見るとデーア姉さんとミルもついてきている。そして森の木々をなぎ倒しながらコカトリスも・・・
散々使役したことを根に持ってるのだろうか?なぜか真っすぐ俺たちを追ってくる。オオカミが逃げ出した直後に気配を消すべきだったか?走って乱れた呼吸では気配を消すことも出来ない。
「トラップを仕掛ける!【拘束3】!【拘束3】!」
ミルが走りながら木々の間に【拘束】の糸を張り巡らした。少しでもコカトリスの移動阻害ができれば。
森の中を突っ切っていると少し開けた場所に出た。小川が流れており小さな魔物の姿も見える。俺たちは魔物を捕らえることに特化したメンバー構成だったので、正直言って戦闘力はそんなに高くない。あんな小さな魔物でも一人で勝つことは難しいだろう。
バキバキバキズズーンッ!!クエエエエエエエエエエッ!!
コカトリスが倒れた音が聞こえた。トラップに足を引っかけたらしい。地響きがして足が一瞬浮き上がる。小さな魔物は俺たちを見て威嚇の声を上げていたが、地響きに驚き森の中に逃げて行った。どちらに逃げる!?正面の森に再び入るか左右を流れる川に沿って逃げるか・・・呼吸を落ち着けた瞬間川下から微かに音が聞こえた。もしかしたら・・・
「ミル!デーア姉さん!こっちだ!」
俺は小川に沿って暫く走るとそれを見つけた。
「滝つぼに飛び込め!!」
「ひえっ高え!」
「あ~れ~」
俺が空中に身を躍らせると、ミルとデーア姉さんも続いて飛び込んだ。森から飛び出してきたコカトリスの目がこちらを向いたが、ちょうど3つの水音が響いた後だった。
上空から北門を見ると門が開け放たれており、門の内側には侯爵兵の姿はなかった。あのやり手の副隊長がこんな撤退の仕方をするとは思えないから、おそらくあの使えない隊長が目を覚ましたのだろう。
門から北の方を見ると丘の上にミーナたちの姿が見えた。魔物たちがミーナを取り囲み守っているようだ。侯爵兵はミーナたちを迂回するようにやや東側を駆け抜けて北に向かっている。ミーナたちは大丈夫そうだね。
先頭集団は馬で移動しているが、全力で駆けているようで歩兵たちがかなり遅れている。このままでは遅れた歩兵集団が別行動を取ってしまうかもしれない。仲良く戻ってもらいたいのであの隊長は殺したいが、殺すと有能な副隊長が指揮して踏みとどまるかもしれない。どうするか・・・
「あの先頭の動きは迷惑ですね。少し足止めしましょうか?」
ボクが抱えているオルテンシア様が提案してきた。そうしたいけど攻撃すればこちらに気づかれるし、これ以上近づくわけにもいかない。
「バレないように足止めできればいいんだけど」
ちょっと期待を込めて条件を付けてみた。
「わかりました。そのまま飛行お願いします」
この距離から見つからずに攻撃できるの!?オルテンシア様が右手の指を先頭の少し先に向け、
「重力、風力、空気抵抗、落下加速度、相対速度入力・・・角度修正完了。ニードルガン発射」
パシュッ
軽い空気音がして小さな黒い点が斜め前に向かって落ちていく。そして次の瞬間。
「うわあああああっ!!」
地上から微かな悲鳴が聞こえて馬が転倒した。乗っていた隊長らしき貴族が馬から放り出されて地面を転がる。先頭集団が停止し馬から降りて周りを警戒しているが、何もないと分かって貴族に駆け寄る。しばらく何かしていたようだけど、回復持ちがいないのか怪我をしたままの貴族を馬の背に乗せ、ゆっくり歩いて連れて行く。ぎゃーぎゃー騒ぐ声が聞こえるのでちゃんと生きてるようだ。これで後ろの歩兵も追いつくことができるだろう。
”魔の森”までは馬車で半日ほどだけど、この速度なら1日以上はかかるはずだ。今のうちにコカトリスをなんとかしよう!
「お見事ですね。馬だけを狙ったのですか?この距離で・・・」
オルテンシア様の技量に感服する。ただ強力なだけでなく正確な射撃とか、ボクの魔法じゃ無理な芸当だ。さすがはA級冒険者ということか。
「たいしたことではありません。安定した飛行のおかげで止まっている的と変わりありませんでした」
恐ろしい方だね。こんな方の右腕を奪ったなんて、どんな魔物なんだ・・・伝説のドラゴンとか?まさかね。