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78話:ミストレス

「あああああああっ!!」


 オルテンシア様が絶叫しました。およそ感情が揺れ動かないと思っていたオルテンシア様が、頭を押さえて絶叫されています。もしかして何か失敗してしまったのでしょうか・・・


「ニンフェア!?」


 いつのまにかニンフェアが側に来て手を握ってくれました。その温かい手に触れて、わたしの体温が異常に下がっている事に気づきました。


「大丈夫ですよソフィー様、ほら」


 オルテンシア様の絶叫が止み、身体から湯気のようなものが立ち上っています。失っていた右腕が再生し細かい傷も消えています。


「すごい・・・これがA級冒険者か・・・全部の付与を受けても勝ち目がなさそうだ・・・」


 ニンフェアが汗を流しながら呟きました。握った手が震えています。


「オルテンシア様?・・・」


 そっと声をかけるとオルテンシア様がわたしを見ました。


「・・・あら?ステッラ、少し小さくなったんじゃないですか?そんなドレスも持っていたのですね」


 張りつめていた空気が弛緩し、いつものオルテンシア様に戻りました。わたしとおばあ様を取り違えていますね。やはり記憶も50年前に戻ったのですね。


「オルテンシア様、コレを」


 わたしは握っていた板をオルテンシア様に差し出しました。


「これは・・・わたしのメモリーディスク?どうしてこれを?」

「お預かりしていました。今のオルテンシア様から50年分の記録です」


 オルテンシア様は少し躊躇されましたがめもりーでぃすく?を受け取り耳の後ろに差し込みました。


「凍結解除・・・インストールします」


 目を閉じたまま俯いて記憶を戻しているようです。しばらくするとシーツの上にポタポタと涙のシミが広がりました。


「マスターは・・・亡くなったのですね・・・」


 大切な人の死を再び体験されてお辛そうです・・・しかしのんびりもしていられません。オルテンシア様の復活した右手を握りお顔を見つめてお願いします。


「オルテンシア様、お力をお貸しください。”魔の森”の入り口でコカトリスが暴れています。仲間がいるのです。どうかお助けください」


 オルテンシア様はわたしの目を見つめしばらくじっとなさっていました。


「ソフィー様・・・あなたはわたしのマスター権限をお持ちです。マスターになってくださいますか?」


 マスター!?わたしが?・・・権限を持っているとはどういうことなのでしょう・・・わかりませんが、オルテンシア様の目には懇願するような色が見えます。


「わかりました。でも、わたしでよろしいのでしょうか・・・」


 オルテンシア様は微笑を浮かべ頷きました。そしてわたしの手を取り、手の甲にキスをしました。少し照れますね。


「今からソフィー様はわたしのミストレスです。改めてご命令を」


 命令・・・していいのでしょうか。おじい様とおばあ様の命の恩人です。お願いする立場なのですが。


「あ、あの、コカトリスから仲間を救出してくださいますか?」

「おまかせください。直ちに救出に向かいます」


 オルテンシア様からも手を握り返され立ち上がられました。

 ボロボロの状態で立つこともままならなかった以前の面影はありません。横になるために解いていた長い金髪も色艶を取り戻し、てきぱきと結い上げていきます。


「いきます。ニンフェアさん近くまで送ってくださいますか?」

「はい、オルテンシア様」


 ニンフェアがオルテンシア様の背中から抱きつくと、ふわっと浮かび上がり窓から外にでました。

 わたしも窓まで駆け寄り二人に声を掛けます。


「どうか二人とも無理はなさらないでください」


 戦地に向かわせておいて、これしか言えることがないのがもどかしいです・・・


「ここも完全に安全とは言えません。注意してくださいミストレス」

「A級冒険者であるオルテンシア様の戦い方を勉強させてもらうよ」


 オルテンシア様とニンフェアは笑顔でわたしを楽にしてくれます。


「【飛翔(ヴォラーレ)1】!」



 わたしもこちらで頑張らなくてはいけません。窓から下を見るとプルーニャがみんなの治療を始めています。飛び立つとき幻想魔法を解除したらしく、皆さんの姿が元に戻っていますね。お父様を解放して、ジニアたちも助け出して、領兵もまとめませんと。


「フィオーレ様、キツイかもしれませんが【伝達】は常に使用していてください。何かあれば知らせてください」


 部屋の中を扉に向かって歩きながら外にいるフィオーレ様にお願いしました。


「はっ!」


 扉を開けると待機していたフィオーレ様がキレイな敬礼をします。わたしが部屋を出ると後ろについてきます。1階に降りお父様の執務室の前まで来ると、扉が板で打ち付けられていて開かないようになっていました。


「お父様!わたしです、ソフィーです!」


 部屋の中からガタッと音がして扉まで走り寄ってくる気配がします。


「ソフィー!?生きていてくれたのか!無事なのかい?」

「ええ、ニンフェアやプルーニャ、それにクリザンテーモさん率いる影のみなさんが助けてくれました!」


 お父様の声です。間違いありません。無事でよかった・・・

 しかし扉がこれでは・・・まわりを見回して何かないかと思案します。


「ジプソフィーラ様、わたしが」


 胸の前に手のひらをつけて恭しく一礼してフィオーレ様が前に出ました。


「パパーヴェロ子爵、扉を破壊しますので射線から離れてください」

「あなたは?・・・いや、わかりました」


 お父様が扉から離れる気配を感じました。フィオーレ様が手の平を突き出し、


「いきますよ。【大砲(カンノーネ)1】」


 ドゥンッ!!


 フィオーレ様の魔法で扉だけでなく、周囲の壁も一部吹き飛びました。付与魔術の魔法攻撃2がまだ生きていました。威力がありすぎですね・・・土煙で中がまったく見えません。お父様はご無事でしょうか?


 ゴホッゴホッ


 部屋の中から咳き込む音が聞こえます。なんとか無事のようです。爆発の音を聞きつけて隣の部屋から声が聞こえました。


「お嬢様!?お嬢様なんですか!?」


 ジニアの声です!お父様は無事のようですので隣の部屋に走ります。こちらも同じく扉を打ち付けられていて開けることができません。


「ジニア!?みんな無事!?助けに来たわ!」

「あああ、お嬢様!!」


 扉が一度「ドン」と中から叩かれ、ジニアの嗚咽が聞こえてきました。


「心配かけてごめんなさい。ジニアが育ててくれたニンフェアとプルーニャのおかげで生き延びたわ」


 ジニアが声をあげて泣いています。時々「良かった、良かった」という嗚咽が響いてきます。


「ソフィー!!」


 隣の部屋からは土煙を突き破ってお父様が飛び出してきました。こちらを見ていたフィオーレ様に横から抱きついて・・・


「ソフィー?随分身体がおおきくなっ・・・」

「お久しぶりです。パパーヴェロ子爵・・・」


 お父様とフィオーレ様が抱き合う姿はあまり見たくないので、そっと目を逸らしました。


「な!?コルニオロ名誉男爵・・・殿!?あなたはフラヴィオ伯爵の!?」

「鞍替えいたしまして、今はジプソフィーラ様にお仕えしています」


 また胸に手を当てお父様に一礼します。お仕えしてるって・・・認めた覚えはないんですけどね・・・


「ジプソフィーラ様!」


 館の入り口方向からクリザンテーモさんの声がしました。外は一段落したのでしょうか。


「クリザンテーモ!こっちよ!」


 わたしはできるだけ大きな声で返事をします。暫くするとクリザンテーモさんが走ってきました。皆の前ですので呼び捨てにしますが、ちょっと心苦しいですね。クリザンテーモさんは鎧も服もボロボロでしたが、プルーニャの回復のおかげかピンピンしています。私の前まで来ると跪いて頭を下げます。


「ご無事で、ジプソフィーラ様」

「みなさんのおかげです。状況はどうなっていますか?」


 クリザンテーモさんは一拍置いてから報告してくれます。


「トンマーゾが戦死しました。重傷者も多数いましたがそちらはプルーニャの回復で助かりました。侯爵兵は死者42名、重傷者3名、捕虜2名です。残りは逃亡しました。重傷者並びに捕虜は治療後、姿を見られないように昏睡状態で捕縛してあります」


 念話スキルを持っていたトンマーゾさんがお亡くなりになってしまいました。死者を出さないようにするつもりでしたが、わたしが昏睡して”付与”が遅れたばかりに・・・


「そうですか・・・トンマーゾさんが。わたしのせい・・・いえ、ナターレの為ににありがとうございましたトンマーゾさん」


 そう言って黙とうを捧げます。クリザンテーモさんも聞いていたお父様、フィオーレ様も黙とうします。

 わたしのせいで死んだなどと言ってはいけません。それはナターレ奪還のために戦ってくれた皆さんに失礼です。今は、今だけは「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」と言うべきなのです。


「お嬢様?何かあったのですか?」


 廊下のやり取りが聞こえなかったジニアが騒いでいます。そろそろ出してあげなくては。


「クリザンテーモ」

「はっ」


 わたしが目で合図すると扉の前に移動し、ダガーで扉と枠の間の板を切り裂きました。扉が開くとジニアが飛び出してきてわたしに抱きつきました。


「お嬢様!!」

「ジニア、ただいま」


 お父様がうらやましそうにこちらを見ていましたが、見なかったことにしました。

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