幕間14話:恋
わたしの目の前には宝の山があります。
わたしにとってはただの希少金属の塊に過ぎませんが。
それより返り血で真っ赤に染まったメイド服を見下ろし絶望的な気持ちになります。
「この服の予備はないのですけど」
振り返ると剣を鞘に戻したマスターがこちらに歩いてきます。怒ってらっしゃいますね・・・正座の準備をしておきましょうか。
「オルテンシア!」
「はい」
「怪我はないか!?」
はい?怪我・・・ですか?わたしには自己修復機能が・・・あ、そうでした。ワクチン製造時に機能停止していたのでした。今まで傷を負ったことがなかったので、使っていないシステムを優先的にパージしたのです。
損傷率4%。
自己修復が生きていればなんてことはない被害ですが、治らないとなれば由々しき事態ですね・・・
「はい。かすり傷程度です」
もうウソが普通になってしまいましたね。マスターがわたしの横を通り過ぎて宝の山に向かいます。
「俺が弱いばかりに無茶をさせたな。すまない」
横を通り過ぎる瞬間小さな声でおっしゃいました。
「マスター!申し訳ありません。勝手な事を・・・しました」
わたしは振り返ってマスターの背中に謝罪します。
「わかっている。ああでも言わないと俺は前衛を譲らなかっただろうしな。トゥリパーノ!ステッラ!来てみろよ!すごいお宝だぜ!!」
二人に声を掛けたことでわたしたちの話が終わったと理解し、トゥリパーノとステッラが走り寄ってきました。
「すげえ!黄金の山だ!」
「アクセサリーないですか!特殊な効果があるやつは!?」
トゥリパーノとステッラが目を輝かせてお宝を物色しています。今の世界はこれが通貨として使えるのでしょうか?まだお店のある街に行ったことがないので不明ですが、二人の喜びようからみると価値はあるのですね。
「オルテンシア!黄金の山が邪魔だ!鞄に入れといてくれ!」
「わかりました。マスター」
地下10階のケルベロインコの時も黄金の山を次元収納カバンに詰め込みました。まだ入るには入りますが使い道があるのでしょうか?
「何か有用なアイテムがありますかね?【鑑定1】」
アイテムが10個ほどありますか。武器に防具、アクセサリーに・・・カードキー!?なぜこんなものが?
「マスター!」
お宝を物色していたマスターが私の声に振り返ります。
「どうしたオルテンシア?」
わたしは黄金をかき分けてソレを掘り起こします。真っ白な手のひらサイズのカードで片方の面にだけ文字が書かれています。マスターもやってきてわたしの手にあるカードを覗き込みます。
「「転移室?」」
カードキーにはそう書いてあります。転移室・・・の入り口のカギでしょうか?そんなものがここに?カードキーを受け取ったマスターは周りを見回します。
「オルテンシア、隠し部屋はないか?」
「探ってみます・・・【鑑定10】!」
このボス部屋のどこかに・・・ありました。
「見つけました。一番奥の壁の向こうに部屋があります」
お宝物色を続ける二人を置いてマスターと二人で奥に向かいます。奥の壁は一部が黒焦げになっていますがコレはわたしの最初の光線が当たったところですね。光線10でも破壊できていないとはどれだけ堅いのでしょう。
隠し部屋の位置からするとこの辺りに・・・見つけました。
「マスターここにスロットがあります」
「これか・・・オルテンシア、中に魔物は?」
ボス部屋がモンスターハウスだったのでマスターが一応確認してきます。
「敵影、ありません」
「よし、開けるぞ」
マスターがカードを差し込むと、小さく「ピッ」と音がしてカードが出てきます。すると横の壁に普通の扉サイズに光が走り左右に開いていきます。
ガコン・・・
扉が開きマスターが一歩室内に入ります。
「これが、転移室か・・・」
それほど大きな部屋ではありませんが床に9つの幾何学模様の円のような物が見えます。マスター曰く、魔法陣です。
「転移室って言うくらいだ。この魔法陣に乗ると転移するんだろうな。鑑定で何かわからないか?」
「もうしわけありません。すでにやってみたのですが鑑定が弾かれます」
わたしの鑑定10でもわからないとは、それ以上のシステムによる産物ですね。
「乗ってみるまでわからないか・・・」
「わたしが試しにのってみましょうか?」
テストするならわたしが最適かと思ったのですが、「行くなら全員だ」と却下されました。一度しか使えなかったらはぐれてしまいますしね。
結局その日はボス部屋で野営しお宝の鑑定で盛り上がりました。
効果が微妙なアクセサリー類はそれぞれの適正で配分し、水流の剣と対をなす水流の盾はマスターが、羽のブーツ(移動速度微増)をトゥリパーノに、精霊のローブ(防御力微増)はステッラがもらいました。そしてわたしには、
「オルテンシア、これはお前にだ。余分な水は無いから返り血で汚れたメイド服は洗えないし、しばらくコレを着てろ」
確かに水は貴重ですし着ていると臭くなってしまいますが、コレですか。先ほど鑑定で見つけてはいましたが魅惑のドレスですね。「魅了」の効果がありますが他に服がありませんし仕方ありません。
「それでは着替えてきます」
そう言って一人転移室で着替えてきました。上下一体型の黒いワンピースドレスで、丈が足首まであるサイドスリットタイトスカートです。スリットは腰まで入っており、腰近くは3本の紐で留められスリットが広がらないようになっています。スリットが腰まで入っているため隙間から下着が見えています。さすがに下着まではセットにありませんでした。胸は大きくV字型に開きおへその辺りまで切れ込んでいます。胸を隠している部分は頭の後ろの首元で結ぶように出来ており、背中はお尻の上まで開いています。セットでついていた黒いハイヒールは戦闘に不向きですが、なぜか「安定」の効果付きだったので問題なさそうです。
「いかがでしょうかマスター?」
「おおぉ・・・」
マスターが声にならない感嘆のため息をもらしました。わたしから見ても煽情的なドレスなので、女性に免疫のないマスターはイチコロですね。先ほどは無茶な戦い方をしてマスターを悲しませてしまいましたし、このくらいのサービスはいいでしょう。
「こ、これは!す、すまない。ま、まさかこんな服だったなんて・・・」
マスターは顔を真っ赤にして視線を逸らします。折りたたまれている服からは想像できなかったようですね。
「お、おおおおオルテンシア様ぁ!」
「トゥリパーノ!?ダメだってば!!」
トゥリパーノが魅了の効果にかかったようでわたしに突撃してこようとしますが、ステッラが必死に押しとどめています。頑張ってくださいステッラ。
しばらくしてトゥリパーノの頬にステッラの手形が刻まれたころ、マスターが皆に意見を求めました。
「ここまでの状況を整理したい。迷宮に入って2日で10階層。さらに4日で20階層まで来ている。食料は残り2週間。水は10日分だ。戻りも6日と計算するとあと4日で戻らないと水が尽きる。オルテンシアの鑑定によると迷宮は全部で30階層。あと4日で最下層までの往復は無理だ」
ステッラとトゥリパーノが大きく頷きます。
「このまま地上に戻っても1000人の兵士のど真ん中。またオルテンシアに無茶させるわけにはいかない。進むのも戻るのもダメとなると残りは後ろの部屋だ。カードキーの文字からすると、あの魔法陣に乗れば転移ができるらしい」
マスターが親指で転移室を指さして続けます。
行先は不明ですが、このまま餓死するのも兵士に疫病の疑いで焼かれるのも嫌なら他に手はありません。最悪わたしが1000人を蹴散らしますが。
「どこに転移するか分からない。それでも俺は行こうと思う。意見はあるか?」
「今更だろ?どのみち選択肢はないんだ。行こうぜ」
「は、はい!わたしもついていきます!」
二人の意見もマスターと同じようです。あとはどの魔法陣に乗るかですが、マスターがわたしをじっと見つめます。あら?魅了にかかってしまいましたか?
「オルテンシア、お前の意見は?」
は?わたしの意見?何を言っているのでしょうか、わたしはマスターの僕。意見を求められる存在ではないのですが。
「オルテンシアも仲間だ。意見があったら言ってくれ」
「あ、ありません。すべてはマスターの御心のままに」
少しマスターが悲しそうな顔をされました。今にも泣きそうな、涙を流さずに泣いているような、そんな顔を見ていると胸の奥が締め付けられたように感じます。
ドクンッ!
わたしの心臓である超小型ブラックホールが脈打つ音が聞こえました。故障・・・ではありませんね。なんなのでしょう、体内の温度が上昇しています。冷却機能も働かず、循環オイルの流速も上昇しています。マスターを正面から見ることができません。
なぜ?なぜ?なぜ?思考回路がループしています。完全に管理しているはずのわたしの身体が他人の物になってしまったかのようです。ライブラリ検索。この情報に酷似したものは・・・
「そうか・・・では明日だ」
マスターは顔を見られないように後ろを向いておっしゃいました。
いつものようにわたしが見張りをしマスターたちは眠りにつきます。
わたしの横でマスターが眠り、焚火を挟んだ反対側にトゥリパーノとステッラが眠っています。いえ、ステッラはずっと起きています。眠ったふりをしてチラチラとわたしを見ていますね。
「トゥリパーノは熟睡していますよ。側に寄りたいならそうされればよろしいのに」
わたしの独り言にステッラの毛布がビクッっと跳ね固まります。しばらくすると毛布が芋虫のようにヒョコヒョコ動き、トゥリパーノの背中にピトっとくっつきました。
3人の寝息だけが聞こえます。全員眠りましたね。
わたしはスッとマスターの側に寄りいつものように横になって寝顔を見つめます。10cm前にあるマスターの寝顔を眺めるのが日課になりつつありますね。
「マスターわたしは・・・」
わたしはわたしに感情があることを理解しています。最初は意味不明な情報に混乱しましたが、ライブラリ検索にそっくりな事例を発見しました。しかしそんな訳がありません。わたしはアンドロイド。
その時不意にマスターがわたしを抱きしめました!まさか起きて!?わたしは固まり動けなくなります。
「うぅ~ん、オルテンシア・・・」
ドクドクドクッ
超小型ブラックホールが、心臓が早鐘を打つように脈打っています。いつもの超剛性繊維メイド服と違い、薄絹で作られた黒いドレスはマスターの体温を直に感じます。暖かい。
「すまない・・・オルテンシア・・・」
どうやら寝言のようです。夢の中でまで謝らないでください。
わたしは無意識にマスターをギュッと抱きしめました。
わたしはアンドロイドです。人間ではないのです。
それでもこの感情は間違いありません。認めるしかありません。
マスターに恋をしているということを・・・魅了にかかったのはわたしの方でした・・・




