第16話 図書室にて②
「試験勉強か?」
突然、三人に声をかけたのは——腰までまっすぐに伸びた黒髪の騎士科の女子生徒、セリス・アストレイアだった。
セリスはルカにハンカチを返して以来、彼と話すようになり、そこにカイルが割り込む——という関係が自然とできあがっていた。あの試合のあと、三人はなんとなくそんな距離感になっていたのだ。
「セリスさん!」
ルカの表情がパッと明るくなる。
カイルは、ルカがセリスに憧れを抱いていることを聞いてはいたが——彼の見立ては、少し違っていた。
「カイル、また今度、立ち合ってほしいのだが……」
セリスがそう切り出す。カイルと彼女は、授業外でも時おり訓練をしていた。勝負はいつもカイルの勝ちだったが、そのたびに彼はルカに言うのだった——「あいつは、すげぇよ」と。
「わりぃ……試験が終わってからでも、いいか?」
カイルは苦笑いを浮かべて肩をすくめ、手で“ごめん”のジェスチャーをしながら答えた。
「いや、こちらこそすまない……。あ、そうだ。ルカ、ちょっと聞きたいことがあって。ここ、座ってもいいか?」
セリスがルカの隣の席を指さすと、ルカは嬉しそうに頷いた。セリスは隣に腰を下ろし、教科書を開く。
「ここの理屈なんだが……」
セリスが真剣な眼差しでルカに尋ねているのを、カイルはちらりと横目で見て、ニヤリと笑った。
「何、笑ってるの?」
エリナがカイルの脇腹をツンツンと突いてきた。カイルは少し肩をすくめて、
「なんでもねぇよ!!」
と、ちょっと慌てた声を返した。
四人は同じ長机でしばらく黙って勉強していたが、その静寂を破ったのはルカだった。
「そういえば、魔術歴史学を勉強してて気になったことがあって……ちょっと調べたんだ」
飽きていたカイルは、その言葉にすぐさま反応した。
「おぉー、何々?」
「入学式の日にストームウィンド先生が話してた、あの“四人の天才魔術師”のこと。初代グラヴェール公が最初の一人。二人目がエリザーク・ヴァンストーク、三人目がセリーナ・ルミエール、四人目がガルドリック・シェイドロウ……」
なんだか面白そうな話じゃなさそうだな、とカイルは思ったが、エリナは目を輝かせて食いついた。
「あの四人の話って、いつ聞いても痺れるよね!」
「ルカ、何が気になったんだ?」
セリスが穏やかに問いかける。
ルカは頷きながら話を続けた。
「うん。あの四人、誰も互いに会った記録がないんだ。全員が五十歳前後で亡くなってて……」
魔術が発達したこの世界において、五十歳で死ぬのは早死に分類されている。七十歳から八十歳。魔術師なら百歳を超えるものも珍しくない。
ルカは少し声の調子を落とした。
「直近のガルドリック・シェイドロウは、十六年前に亡くなってる」
エリナが身を乗り出し、机に肘をついた。
「ってことはさ! 周期的に考えると、次の“天才”って、その翌年くらいに生まれてるはずじゃない?」
「なるほど……。そうすると、私たちの学年に……」
セリスがぽつりと呟いた瞬間、三人の視線がカイルに集まる。
「な、なんだよその目は! 俺が“五人目”とか、あるわけねーだろ! だって、それじゃあと三十五年で死ぬ計算になるじゃんかよ!」
慌てて手を振るカイルを見て、三人は顔を見合わせ、思わずクスクスと笑い合った。
ふと吹き込んだ風が、ノートのページを一枚、さらりとめくった。
まだ白紙のまま、そこに記される言葉を待っているように。




