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深層の祭  作者: 小虎
氷結の花
9/9

008 「前略、戦時中の日本の闇市はこういう感じだったのでしょうか。」

 

 

 

 

 

「さー、らっしゃ、いらっしゃい!

 ほーら、ヴェルファーレじゃあめずらしいVerdureヴァージャだよー!

 今の時期じゃあ、かえるのはここだけだよ!宿屋に定食屋に来客のおもてなしに!

 さあ、買った買った!」

 

爽やかな青空が広がり、太陽が南中を迎える頃、どこにここまでに人数がいたのか?と思うほどの人数が闇市を賑わせている。勿論、この獅子の子も…。

 

「ねぇ、ヴィーチェ、50個ほど貰えるかしら?」

「あい!24センが50で、1200センだから、えぇっと…。」

 

…いや、彼は計算に躓いていた。ひぃ、ふぅ、みぃ…と指を折り、紙にメモを取りながら計算をしているが、思わず見かねて「…9ガイと3センだな。」と、横槍を入れてしまう。

 

「え、あぁ…えぇ。じゃあ、こちらでおねがいね。」

「あ、ありがとうございます!また、来年もおこしください!」

 

微笑ましく思ったのか、苦笑いをしながら婦人は注文をしたヴィーチェを箱に入れ、従者に馬車へ積むように指示を入れた。

当の彼に至っては、ややむくれたような表情で一言。

 

「…せっかく頑張って計算したのに…。なんで、オマエそんな計算速いんだよ。」

「…いや、アレくらいは簡単だろう?」

「簡単じゃねーし!貨幣価値が違う国だから猶更…慣れ親しんで無いし、端数だから、わかりにくいだろ…。」

 

そう嘯く。確かに、10進数ではない為解りにくい貨幣制度である点は否めないだろう。

 

「…そうだな。そうしたら、仮にヴィーチェの注文が99個きたら、いくらになる?」

「え、えっと…、ヴィーチェ10個が、240で、それが9個で、……2160、それで…えっと、9個で、………216だから…足すと…、………2376セン?それで、1ガイ…、2ガイ……」

 

そうなのだ。先ほどからこの調子なのだ。あまりにもおそおそと進むその計算は、効率が悪く、そして計算の仕方も悪い。特に、違う種類の硬貨が複数混じる場合は顕著である。

日本のように、10進数で管理されていない為計算が煩雑になるのは致し方なかろうが、それでも、非常に計算速度は遅いとは否めない。

少なくとも、一般的な日本の初等教育を修了した者であれば―――もう少し早く計算できるだろう。

 

「ええっとな?リーウ、2736センを10で割ると、まず273.6になるよな?そうして、1ガイは133センだ。273.6は、ガイの266センより多いよな?

 ってことは、単純に10倍にしたら、まず20ガイって所まではわかるだろう?」

「え…と…あっ、そうだな!うん、そこまではわかった。ってことは、あとは…76センだから、そっか、20ガイ76センなんだな。」

「ああ、そうだ。リーウは順番に計算しすぎているから余計に時間がかかる。とくにこんな端数で単位が変わる硬化なら猶更だ。…九々はちゃんと、憶えているのか?」

「九々?なんだそれ?」

 

話していく中で、嫌な予感がしたが、躊躇わずに聞いたその答えに、思わず、ぎょっとする。

九々を、しらない、というのは些か可笑しな話ではないのだろうか?いや、もしかすると名前が違うのかもしれない。

 

「…ええと…、そうだな、例えば、4*7が28だったり、7*9が63だったりっていう、掛算の一覧の事だ。ほら、両辺に1~9の数字を入れた、1*1から9*9の表を憶えては居ないのか?」

「……うーん…、えっと、それなら…もう少し勉強してから習うやつだって、父ちゃんは言ってたぞ。もう少し仕事が出来るようになってから習う分野だって。」

「はぁ…?いや…、だってこういう時こそ掛け算の出番だろう?」

「父ちゃんがいってたけど、いまはまだ、ふつうの計算を間違わないように、しっかり慣れていくのがたいせつだって…。知識ばっかりつけないで、実践がたいせつだっていってた。」

「…実践…、ううん………。」

 

納得が行かない教育方針だ。そうして、そんな会話を交えている最中にも勿論客は来る。

その度に、やや計算で躓きかけ、そしてその度に彼が横から計算結果を伝える。

客は微笑ましいように笑み、「がんばってね」とリーウへ声をかけて行くのだ。

ある種、庇護意識を出し、顧客の購買意欲に働きかけてるんじゃないだろうか、とも思うほどにだ。

 

「でも、これでも今日の中でも、さっきよりは計算はやくなってるだろ!」

「…いや、ま、まぁ、そうだな。そうなんだが…。」

 

思わずどもるが、実践、というよりは慣れ指せる為に、という考えのほうが正しいのかもしれない。

商人はどちらかというと完全にバラバラな数字を計算するよりかは、決まった数字を扱うことが多い。そういった数字を瞬時に組み立てて、経験則で計算していけるようにと、叩き込まれているのだろうか?しかし、それでも思うところは変わらず、この教育方針は些か効率が悪いとは思わざるをえなかった。

 

「ま、いいんじゃね?オレだってべつに、今計算に時間がかかるだけで、"掛け算"がなくったってなんとかなってるし!」

「…そうだな。前向きだな、リーウは…。」

「へへん、オマエが心配性なだけだって!」

 

あっ、いらっしゃいませ!と元気良く行き来る客へと声をかけて、接客を行っていく。その姿だけ見るのであれば、親に店番を頼まれた子供のようで微笑ましい。

まぁ、追々教えればいいかと、思考の片隅で考えを纏める。そうこうしているうちに、西の空も夕映えとなる。たった一日の出来事だが、殆どの商品が捌ききれ、そして周囲の店も同様のようだった。そういえば、アンドルス氏はどうなったのだろうか…。

 

「おい、テメーずっとコイツの子守してたみてーだが、こっちの事忘れてたんじゃねーだろーな?」

 

そう、横から声がかかる。視界の端に白くふとましい体つきの、縞模様が入った体毛が見えた。

 

「…嫌だな、そんな事はないぞ。アンドルスさんの所はそっちがしっかり護衛していたようだったし、楽しげだったから、交代するのもどうかと思って、だな。」

「妙に言葉が一瞬詰まってたが、嘘じゃねーだろうな?」

「まさか」

 

肩を竦め、神妙な面持ちで彼をみつめた。凄く睨まれていた。勿論、彼が言う通り忘れており大変申し訳ない気持ちにはなるが、ここで肯定した所で少し面倒なことになるだろうとタカを括り、堂々と嘘を付いた。

 

「けっ!うまいこと誤魔化しやがって…。」

「そうなると、ラドは私との護衛は退屈だったかな?」

 

気付けば後ろからも背の高いプレストが、ティールの肩に手を乗せてからかうような口調で話しかけていた。

…まるで、気配を感じなかった。内心で、"ティール"が非常に驚いていた。

 

「はっ!?い、いや、そんな事ないぞ!むしろプレストとペアでの護衛のほうが、俺はいいんだがな!」

 

ガッハッハと、豪放に―――いや、どちらかというとわざとらしく笑って見せた彼を見据えて、俺はプレストの手を軽く払いながら一言、言い放った。

 

「睦み合うなら他所でやってくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れから曇天となり、影が身を落とす。そろそろ回りも店じまいをはじめ、明日の帰省の準備をし始めた。リーウもどうやら荷造りをはじめ、今日で全体的に解散となる様子だ。その頃だった。

 

「あら…やっぱり、来るのが遅かったのかしら?」

 

その声に、アンドルスの馬車の整理を手伝っていたティールは、その女性の声がした方向へ視線を向けた。

 

「…貴方は?」

「私、アンドルスさんの作られた燻製ですとか、非常に大好きでしたのに。お仕事の都合がなかなか付かなくて、ようやっとこれたと思っても、間に合わなかったようですわね。」

「んー?ティールさん、だれか来たのかなー?」

 

馬車の天幕の置くから、のそのそとその身を出し、すぐに驚きの表情で硬直するアンドルス。

その視線の先には、光の関係なのか、白い体毛に薄く青みがかった、神秘的な毛色をした犬人の女性が立ち竦んでいた。

 

「あっ、あ…あなたさまは…えーと…」

「申し遅れました。私、Estエスト Le Shâteauシャトの城主、Rätselレーツェル Blancheブランシュと申しますわ。以後、お見知りおきを。」

「そ、そう!レーツェル様…、このような場所に一体どのようなご用件でしたか!」

 

その適当そうな性格ですら、ややあせりながらも完全に取り繕えていないアンドルスの応対は別として、彼女―――レーツェルは、まるでいつく(・・・)しむ様な視線で、ティールを一瞥する。

 

「えぇ…アンドルスさんの所で作られた燻製や、保存食。非常に味が良くって、今回ようやっと纏めて購入できると思ったのですが…。残念ながら、すでに売り切ってしまわれた様ですわね。」

「えっ…えぇっ!?いや、その!レーツェル様!ええと!と、当店にお越し頂ければ!いつでもお作り致しますよ!き、期間限定だなんていわずに!いつでも!!」

 

驚きのあまりに、どもりながらもしっかりと売り込んでゆく姿には関心を覚える。

しかしながら、彼がここまで緊張するというのは、道中の魔物に襲われた際ののんびりとした立ち姿からも、予想をはるかに超える事態が起きているという事だろう。

城主、と言っていたか。彼女は、端的に言ってしまえば貴族なのだろうか。

 

「ありがとう、それならば、後日使いの者を出させて、欲しいものをお伝えさせて頂きますね。」

「いえいえ、そんな畏れ多い…ぜひお待ちしております!」


「…それはそうとして…、ティールさん、だったかしら?」アンドルスが感涙の余りに涙を流すその横で、彼女はティールを見ながら、そのように嘯いた。

 

「…えぇ、そうですが。」

「よかった!ヴェルファーレで、簡単なクエストとはいっても、高品質で丁度収穫時期の薬草をピンポイントで採取してきたってお話を、傭兵ギルドから聞いたの。丁度、同じ日に別口の討伐クエストでけが人が出たのだけれど…、凄く良い品質の回復薬(ポーション)が偶然作れて、それのお陰で怪我をした彼の命が助かったのよ。だから、お礼を言いたくって。冒険者が死んでしまうのは、システィーナにとっても痛手な物ですから。」

「…わざわざその為だけに、こちらまで赴かれたのですか?いやはや、ご足労をお掛け致しました。そのお言葉を頂けただけでも、感涙の窮みに御座います。」

 

―――この人、少し、苦手かもしれない。

 

そう感じたのはどうしてだろうか。まるで初対面なのにも関わらず、己の所業を何故か知られている君の悪さからだろうか?何れにせよ、少しこの女性へは苦手意識が生まれてしまっており、やや他人行儀の言動を取ってしまった。

 

「最近は新しく傭兵ギルドに加入する人もいないですもの…。ああいった誰でも受注できるようなクエストはなかなか消化されずに残ってしまっていたところで、今回貴方が登場してくれたのは非常に在り難かった事なのです。ですので、こうして是非とも直接お礼を言いたいと思っていましたの。今回、護衛の業務をしていらして偶然こうして会えたのも、何かの采配では無いかと思います。」

「は、はぁ…。」

「実は、もう少しあなたとお話をしたいと思っております。どこから来たのかですとか、初めて傭兵をするにしては、とても強いともお聞きしますし、それに―――魔法も使えるのだとか。」

 

ニコリと微笑みながら、自分の手の内を明かされていくようなその様は、やや君の悪さを覚える。ワンピースの裾を両手で掴み、上品に礼をするその姿も、どこか不気味なものに見えて仕方が無かった―――いや、もしかすると、似たような格好の女性に、殺されたという記憶があるからかもしれない。そう思うと、自分の考えがどこか嫌になってしまった。「これは思い込みだ」と、そう自分に言い聞かせ、彼女に笑顔で対応を向けた。周りを一瞥するが、アンドルスはどうやら馬車に引っ込んでしまったらしい。

 

「いえ、畏れ多いです。元々才能はあったのでしょう。小さな頃に、村で知識有る長老から多少教わっておりまして、今では訓練を欠かさずに行っていたのである程度、使えるだけです。」

「いえ、とても素晴らしい腕前でいらっしゃるとお伺いしております。…ええと、そうですわ。もう暗いですし…、後日、私の城で食事でも如何でしょう?」

「はっ?」

 

思わず、その言葉に失礼だとは思いつつも、驚いたように反応をしてしまう。そこに、荷造りを終えたのかリーウがやってきた。

 

「荷造りおわったぞー!大分暗いし、もう寝ようぜ!」

「あら…。」

「…あぁ、リーウ。ちょっと今話をしていた所で―――」

「もし宜しければ、そちらの獅子の子も、是非一緒に。」

 

「ん?ソイツ誰だ?」と小声で聞いてきたリーウに、「とても偉い人らしい」と答える。その途端、露骨にうろたえ始める。

 

「え、えっと…その、オレ、何を一緒にすればいいんだ…?」

「そこの彼―――ティールさんと少しお話をしたくって…。一緒に明日にでも、お食事はどうですかって、お誘いをした所なの。貴方も一緒にどうかしら?腕によりをかけて、美味しい物を作りますのよ?」

「えっ!おいしいの?じゃあ、オレもいきたい!」

 

能天気な受け答えに、思わず破顔する。同時に、リーウが同意をしてしまったということに気が付いて思わず苦い顔をしてしまう。一応、名目上は彼の護衛をしているのだ。そういわれると、行かざるを得ない。

 

「………。わかりました。彼が行きたいとも言っていますし、一緒に宜しいというのであれば。」

「!うれしいわ!そうしたら、明日、夜で構わないから、システィーナの東区域にある、おおきな城。きっと見ただけで解ると思うわ。そこに是非着て欲しいの。そうしたら、守衛が恐らく通してくれるから。」

「はい。それでは、明日の夜ですね。向かわせて頂きます。」

「ええ、楽しみにしているわ!じゃあ、私はこの辺りで、もう暗いし失礼するわね。」

 

彼女はそう言い、来た道を戻るかのように歩いていってしまった。まるで嵐の如く、初対面の相手に食事を誘い、あまつさえ約束までも受けてしまった状態だ。

 

「…なー、オマエ、あの人と知り合いなのか?」

「いや、今日が初めてだな。」

「すごい、親密そうだったな…。」やや不安げにそう漏らす。

 

「でも、明日おいしいものが食べられるんだろ?それはすっげー楽しみだぜ!」

「…あぁ。そうだな。そうなると…明日宿屋に夕飯はいらないと言っておかないとな。」

 

ニコニコと、喜怒哀楽で表情がコロコロとかわるその様を見ていて、思わず微笑んでしまう。

気分が暗澹としてしまったが、彼を見ているとその気持ちもすっと穏かになって行くようだった。

 

「さて、じゃあ明日に備えてそろそろ寝ようか。馬車のスペースはあいてるのか?」

「うん、ちゃんと二人分あけたし、毛布もしっかりと敷いたぞ!」

「よし。じゃあ―――あぁ、アンドルスさん!こちらも片付け終えたので、そろそろ寝ます!」

「はーい、わかったよー。こっちはラドさんとプレストさんにまかせるからー、そっちはゆっくりしてねー。」

 

リーウに手をひかれ、馬車の中のアンドルスさんへと声をかける。まるで護衛として仕事を成していない気もするが、来るときの戦わずして魔物を撃退した所で、仕事をきっちりと果たしたと考えて彼らに任せることとする。―――アンドルスさんもそうすると、彼らに頼っているようだし。そう言い訳をして。

 

「…寝るスペース、一人分しかないじゃないか。」

「あっ」

 

片付けや商売をどんなに一人で出来ると自身を飾っても、やはり本質は子供のようであった。

俯き照れていたが、外は矢張り冷える。在り難く同衾させて貰おうかと思考を巡らせて行くのであった。

 

 

 

 

 

Verdure(ヴァージャ)…メロンみたいなもの。果肉はグリーン。酸味がすこしあり、食べるとスースーする。

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