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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第4章 揺れる絆、灯された革命の火

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第79話 英雄たちの宴

「……美しくないわ」


 崩れゆく陣形、逃げ惑う兵、叫び、血、そして混乱。

 それを見下ろすマティアスは、しばらく沈黙ののち、残念そうに目を細めた。


「勝つなら、もっと優雅に。

 敗れるなら、もっと劇的に。……これは、どちらでもない」


 手にしていた黒い細剣を軽く振り払うと、くるりと踵を返す。


「――撤退を。これ以上続けるのは、美を損なうだけ」


 その場の副将が慌てて声を上げる。


「し、しかしこのままでは……」


「いいの。今日の私はこれまで。

 ……またお会いしましょう、革命の御方たち。次は――そうね、薔薇の咲き誇る、静かな戦場で」


 優雅に一礼し、闇に溶けるように去っていく。

 その姿は、敗北すらも一つの演出として、美に取り込んでいた。


 * * * * * *


 戦場に、静けさが訪れた。


 兵の誰かが、ふらふらと剣を落とし、崩れ落ちるように座り込む。

 別の者は泣きながら、仲間にしがみつき、「やった……勝ったんだ……!」と叫んだ。


 喜ぶ者、呆然とする者、うずくまって嗚咽を漏らす者――

 それぞれの戦いが、それぞれの形で終わっていった。


 ハルカもまた、スフレに寄り添われながら、空を仰いだ。


 夕陽が、煙の向こうで滲んでいる。


(ようやく、終わったんだ)


(長くて……苦しくて、でも……)


(ここに、帰ってこれた)


 * * * * * *


「……礼を言う」


 マントを翻し、剣を収めたレオニス――仮面の梟が、ゆっくりと馬から降り、辺境伯とフィリオのもとへ歩み寄る。


 その声は、静かで、真っすぐだった。


「あなたたちが来なければ、すべてが終わっていた。……本当に、ありがとう」


「…………」


 フィリオは沈黙ののち、深く一礼した。


「遅れてしまい、申し訳ありません。

 私の不始末です」


「いや……あなたが来たことで、救われた命がある」


 レオニスが軽く目を伏せる。

 隣で辺境伯がふっと笑った。


「まぁまぁ。口数が少ない二人が並ぶと、こっちまで息が詰まるわい。

 久々に若者の覚悟ってやつ、見せてもらったよ」


 そのとき、戦場の残響を裂くように、足音が迫る。


「ちょっと! 待ちなさい!」


 現れたのはエレナだった。

 血を拭った顔にまだ興奮の色を残し、勢いよく叫ぶ。


「一体どうなってるの!? 援軍は来ないって聞いてたのに、なんで!?

 どこから、どうやって――」


 フィリオが静かに視線を向けた。


「……お話しします。すべて」


 その言葉に、場の空気が変わる。


「サイラスが……裏切り者でした」


「なっ――」


「私が気づいたときには遅く、背後から斬りかかられ……命を落としかけました。

 しかし――」


 彼の目が、少しだけ遠くを見る。


「ゼフィル殿が現れ、私を救ってくれました。

 共に辺境伯のもとへ向かい、援軍を要請し、急ぎこちらへ戻ってきたのです」


 沈黙。

 その説明が信じられずにいる者もいれば、静かに頷く者もいた。


 エレナは奥歯を噛み、拳を握った。


「……サイラス……あいつが」


「彼の罪は、今後きちんと明かされるべきです。

 ですが今は、まず……生き延びたことを、喜びましょう」


 そう言ったフィリオの声は、わずかに揺れていた。

 それが怒りなのか、安堵なのか、誰にもわからない。


 * * * * * *


 そして、戦場には静けさが戻った。


 だがその静けさは、ただの余韻ではなかった。

 疲労と、喪失と、そして……新たな覚悟を含んだ、重みある静けさだった。


 ハルカは思う。


(この世界は、まだ終わっていない)


(でも、今日だけは……)


(今日だけは、胸を張って、生きていていいと思える)


 彼女のそばで、スフレが「きゅいん」と小さく鳴いた。


 夕陽の光は、まだ温かく地を照らしていた。


 

 * * * * * *


 

 戦いの翌日。

 朝焼けの中、隠れ里には早くも人の声と足音の喧騒が戻っていた。


 焼け焦げた屋根。剥がれた石畳。崩れかけた柵。

 けれどそこには、動き続ける人々の姿があった。


 「この人、包帯ずれてきてる! 交換手伝って!」

 「こっちの柱、まだ使える! 支え直したら、明日には屋根のせられる!」


 兵士も非戦闘員も――誰もが動いていた。

 瓦礫をどかす手。包帯を巻く手。誰かの背中を支える手。

 

 眠気を残した顔で布を干す者、足を引きずりながらも荷運びをする者。

 まだ夜明けの冷気が残るなか、里はもう、次へ向かって動いていた。


 

 * * * * * *

 

 

 夕暮れ。


 「ちょっとした祝杯くらい、ええやろ?」


 おばちゃんの一声で、小さな宴が始まった。


 といっても、豪華なものではない。

 干し肉と硬めのパン、果実をすり潰した薄い酒、塩気のある根菜のスープ。


 それでも、十分だった。


 空腹と安堵、そして何より“生き延びた”という実感が、何よりの調味料になっていた。


 

 * * * * * *


 

 焚き火の中央。

 辺境伯が持ってきたという銀の杯が、そっと掲げられる。


「――静かにしろい、静かにしろい!」


 ひときわ大きな声が飛び、場の空気がピリッと引き締まる。


 仮面の梟――レオニスが、ゆっくりと立ち上がった。


 「……よく、この戦いを生き抜いてくれた」


 仮面越しでも伝わるその声に、全員の視線が自然と向かう。


 「名もなき者たちが、名を刻んだ日だ。

 誰が英雄でも、誰が主役でもない。

 この場にいるすべての者が、今日を手繰り寄せた」


 レオニスは杯を掲げたまま、続ける。


 「恐怖に立ち向かった者に、

 仲間の盾になった者に、

 もう立てない誰かの代わりに剣を振った者に――」


 「すべての命に、そして今日を生きる我らに――乾杯」


 「「乾杯ッ!!!」」


 杯がぶつかる音、喉を鳴らす音、そして湧き上がる歓声。


 辺境伯が隣で「いいこと言うじゃないか、あの若造」と小さく呟きながら、自分の杯を高く掲げていた。


 「次代ってのは、こうやって繋いでいくもんなんじゃのう」


 その言葉に、誰ともなく頷く者たちがいた。



 * * * * * *

 

 

 「へぇ〜〜〜っくしょん!! ちょっと誰か、酒薄くした!? ウチの分だけ!?」


 思いっきりくしゃみをしたのは、おばちゃん。手にした木の杯をブンブン振っている。


 「いやいや、ちょっと待ってや! この色、水より薄いやん!? アンタらのは濃いのに〜〜!」


 わあわあ文句を言っていたおばちゃんの前に、ふと静かに現れた白い影。


 「もしよければ……こちらを」


 そう言って、ゼフィルが丁寧な所作で、おばちゃんの杯に果実酒を注ぎ入れる。

 ふわっと香るやわらかな匂い。杯の中に紅い液体が満ちていく。


 「……あらあらあらあら!? ちょ、ちょっと待って!? あんた、それ、あんた――!」


 おばちゃん、声にならない声をあげる。


 「はああぁぁぁぁ……ゼフィル様あぁ……っ!

  夕陽より美しい白衣の天使が、酒を! ウチに! ついでくれはった!!」


 手を合わせ、天を仰ぐ。


 「これ以上なにを望めっちゅうの……もう、ウチ、ここで成仏してええ?」


 周囲からは「尊いなおばちゃん……」「飲め飲め」とツッコミが飛ぶ。


 しかし――


 「……いや、アカン、アカン!! あんた、どこ行っとったんよ!!

  夜中に一言もなしでいなくなって、も〜〜〜心配してぇ……」


 怒鳴りつけるその表情は涙目。


 「……けど、帰ってきてくれて、ほんま、ありがとね」


 ゼフィルが微笑みだけを返すと、


 「はーーーー!!やっぱり天使や!!!(2周目)」


 おばちゃん、ふたたび尊死。

 

 その傍らでエレナが怒鳴るように言う。

 「カイネル! 酒のピッチ速すぎんのよ!

 ……ヴィスも酔い回るの早っ!」


「……あ? 酔ってねーよ。喋ってる鳥は見えてねーしな……」

 顔を赤くしたヴィスが反論するが、声が若干ふらついていた。


「見えてたらもう手遅れなんだが……」

 すかさずカイネルが、冷静かつ淡々と返す。


「うるせえよ……嬢ちゃん、あいつ何杯目だ? もはや液体飲んでねえだろ」

 やや呆れ顔でヴィスがぼやくと、


「知らない……っていうか、スープにまでお酒入ってるんじゃない?」

 ハルカが苦笑まじりに応じる。


「……私が入れたんじゃないわよ!」

 最後に、エレナが堂々とした声で突っぱねた。

 

 「……ったく、誰が入れたのよほんとに」

 ぼやきながら、空いた杯を手に立ち上がる。


 「あーもう、酔ってる場合じゃないっての……」

 と、そのまま焚き火の輪から離れていくエレナ。


 そして、今度はスッと視線を横に流す。

 その先には――フィリオの姿。


 * * * * * *


 焚き火の別の端。

 フィリオの元へ、エレナがむすっとした顔でやってくる。


 「……で、あんた。何なのよ、あの件。死にかけてたって聞いたんだけど」


 「ええ、あのときは確かに……死にかけていました」


 さらりと答えるフィリオに、エレナが顔をしかめる。


 「アンタねぇ……もっと、なんか、こう……自分の命、大事にしなさいよ!」


 「……ご忠告、痛み入ります」


 エレナがさらに何か言おうとしたところ、フィリオがふっと小さく微笑んだ。


 「……でも、貴女がここで怒ってくれることが、私には……ありがたい」


 「……っ、そ、そういう言い方、ずるい!」


 耳まで赤くなりながら、エレナは顔を背けた。


 その様子を見て、近くにいた辺境伯が小さく笑い、何も言わずにスープをすすっていた。


 * * * * * *


 夜が深まるにつれ、酒の匂いと笑い声が焚き火の炎と共に宙へと上がっていく。


 今宵だけは、誰もが戦士ではなかった。

 老いた者も、傷を負った者も、名前も知らぬ隣人も――

 肩を並べ、同じ火を囲み、ただ一夜の命を祝っていた。


(……この時間が、いつかまた、戻ってきますように)


 ハルカはそっと願うように、空を見上げた。


 焚き火の灯りが、まだ消えない希望のように、赤く揺れていた。


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