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第71話 裏切りの、その先へ

 夜が白み始める頃、革命軍の仮本部では寝ずの戦略会議が続いていた。

 魔導結界の反転を用いた誘導型罠の構築を巡って、ヴィス、フィリオ、レオニス、カイネルらが激しい議論を交わしている。


 その会議室の扉が、ひとつ軋んだ音を立てて開いた。


 「……もー、無理。脳みそが沸騰して蒸発しそう……」


 額に手を当て、ぶつぶつと文句を言いながらエレナがふらりと廊下に出てくる。


 「魔導装置? 干渉点? 誰がそんなもん理解できるってのよ……」


 肩を回しながら、まるで筋トレ帰りの兵士のような疲労感を漂わせた彼女の目の前に、ふわりと湯気の立つマグカップが差し出された。


 「……エレナさん。お疲れ様です。あの、温かいの、よかったら」


 立っていたのはハルカだった。少し遠慮がちな笑みを浮かべ、彼女に飲み物を差し出している。


 エレナは目を瞬かせた後、静かに受け取った。


 「……気が利くじゃない。ありがと」


 一口飲み、はぁっと息を吐いて、壁にもたれかかる。


 しばしの沈黙のあと、ふいにエレナが口を開いた。


 「梟から聞いたわよ。……フィリオの裏切りを見抜いて、罠を張ったの。あれ、あんたの発案だったって」


 ハルカはわずかに肩をすくめ、目を伏せる。


 「そ、そんな……みんなで考えたことですから。私だけの手柄じゃ——」


 「……そういうとこなのよね、アンタの」


 エレナの口調は、いつになく柔らかかった。


 「正直、あんたのこと、鼻につくって思ってた。

 必死すぎて、正論ばっかで、いい子すぎて。なんか、ズルいなって」


 ハルカは返す言葉を見つけられず、黙ったままマグカップを両手で包んでいた。


 「でもね、気づいたの。——あたし、あんたが羨ましかったのよ」


 ふっと笑いながら、エレナは天井を仰ぐ。


 「あんたは、誰の目にも留まらないって言いながら、一生懸命もがいてて。

 あたしなんかよりずっと、誰よりも人の目を引く生き方してた。

 それに気づけなかったあたしの方が……子どもだったわ」


 ハルカが顔を上げる。エレナはその目をまっすぐに見て言った。


 「ごめん。ちゃんと見てなくて。

 ……これからは、“戦友”として、よろしくね」


 「……え?“戦友”って?」


 思わず聞き返すと、エレナがニヤリと笑った。


 「梟…いえ、レオニスのことは渡さないって意味よ。友達としても、恋敵としても。——覚悟しなさいよね?」


 ハルカはぽかんとしつつも、ふっと微笑んだ。


 「……はい。よろしくお願いします」


 そのやりとりの向こうで、窓の外に差し込む朝の光がゆっくりと増していた。


 

 * * * * * *


 

 昼過ぎ。作戦会議が終了した。


 革命軍の主戦術は「魔導結界の反転」を用いた誘導型罠の展開と決定された。

 それにより、敵軍を局地的に分断し、地の利を活かして戦う方針だ。


 「じゃ、さっそく改良型に取りかかるぞ」

 ヴィスが腕をまくり、隣でフィリオも黙って頷いた。


 作戦完了と同時に、隠れ里にいる革命軍全員に招集がかかる。

 広間に集まった面々は、装備の最終調整をしながら、それぞれに緊張や気合を漂わせていた。

 目を逸らさずに前を見据える者。拳を固めて震える者。

 中には、不安そうに肩をすくめながら仲間の背中にすがるような目を向ける若い隊員の姿もあった。


 そんな空気の中、仮面の梟——レオニスが、会議室から姿を現す。

 静かに、しかし確かな足取りで中央へと進み、皆を見渡す。


 その仮面の奥から発せられた声は、凛として、どこまでもまっすぐだった。


 「ここが、勝負の分かれ目だ」


 一瞬、場に静寂が落ちる。


 「……生き残ろう。全員でな」


 短く、力強い言葉。


 次の瞬間、広間の空気が変わった。


 「おうっ!」

 「やってやるさ!」

 「生きて帰る、絶対にな!」


 次々と声が上がる。震えていた者の背に仲間の手が置かれ、

 目を伏せていた者の顔にも、ひと筋の決意が宿る。


 士気が、確かに高まっていく。

 それは不安を押し殺すものではなく、誰かと共に立ち向かう覚悟の連鎖だった。


 その光景を、ハルカは遠くから見つめながら、ふと胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 * * * * * *


 夕方。空が赤く染まり始めた頃。見張りの兵士が駆け込んできた。


 「報告! 王妃軍、本隊が進軍を開始! 旗印確認!」

 「部隊は——およそ百名ほどと見られます!」


 空気が変わる。


 戦が、始まる。


 

 * * * * * *


 見張り台の上に夕闇が落ちかけていた。


 空の端が紫と橙に染まる頃、ハルカは背後から名前を呼ばれた。


 「ハルカ」


 振り返ると、そこにはエレナがいた。


 「ちょっと、来なさい」


 有無を言わせぬ口調で引っ張られ、裏手の物陰へと連れていかれる。


 そこで、エレナが黙って差し出したのは、一振りの短剣だった。革の鞘に収まったそれは、使い込まれていながらも丁寧に手入れされている。


 「……これ、私の予備。あんたに貸すわ」


 「え……?」


 戸惑うハルカに、エレナはわずかに視線を逸らして、照れたように眉をひそめた。


 「ほら、私は脳筋だからさ。難しい魔導結界の話とかはわかんないけど……最低限、身を守る術くらいは、教えておこうと思って」


 「えっ、あ、ありがとう……」


 「ちょっとはマシな護身術、叩き込んであげる。彼に渡す前にね」


 「……え?」


 「……え、じゃないの。戦友って言ったでしょ?」


 にやりと笑って、エレナは短剣の持ち方から姿勢まで、手取り足取り教え始めた。


 その横では、スフレが「なにしてるの?」とばかりに首を傾げながらくんくんと匂いを嗅いでいた。


 そして少し離れた食堂の軒下では、準備を終えたおばちゃんが腕組みをして彼女たちを見つめていた。


 「……ええ光景やわ」


 そう呟いたあと、おばちゃんはふと近くの柱の影に目をやった。そこでは、白い戦闘服に着替えたゼフィルが、まだ慣れない様子で裾を直していた。


 「ふふっ。やっぱり似合うわぁ、白」


 声をかけると、ゼフィルは少しだけ目を見開いたが、すぐにおばちゃんに向かって小さく会釈を返す。


 「ありがとうございます。……動きやすくて、助かります」


 「そりゃそうよ。あんた、色素うすーい綺麗な顔しとるけど、芯は(はがね)やねぇ」


 その言葉に、ゼフィルの表情がわずかに緩む。


 「……鋼ですか。少し、照れますね」


 おばちゃんは満足げに頷くと、視線を空に移し、小さく呟いた。


 「ほんま、いろんな子が集まってきたもんやなぁ……」


 ぼそりと呟いたその顔に、微笑みが浮かんでいた。


 そのときだった。


「報告! 敵軍百名が、山道にて布陣開始!」


 斥候の声が場を切り裂いた。


「……上等だ」

 ヴィスが肩を鳴らす。


「百でも二百でも来やがれってんだ。こっちには“誘導型罠”がある」


 言葉の端に宿る自信に、周囲がわずかに安堵した、その直後——


「……敵の後方に、さらなる部隊……およそ五百機を確認!!」


 斥候の声が、希望を打ち砕いた。


 空気が凍りつく。


 「なっ……! 嘘でしょ……!?」

 「六百!? そんな数が……」

 「こんな山奥まで、どうやって……!」


 戦場を知らぬ者ほど、声を荒げ、武器を握る手が震える。


 「落ち着け! 騒ぐな!」

 カイネルの鋭い叱責が、空気を制する。


 ヴィスは舌打ちし、拳を握り締めた。

 「罠の範囲を……拡張するしかねぇな」


 「無理です。構造上、再展開には時間が足りません」

 フィリオが即座に首を振る。


 沈黙。


 皆の視線が、一斉に仮面の梟へと向いた。


 「……各拠点に救援要請を。辺境伯一派にも。すぐに」


 「はいっ!」


 通信班が駆け出そうとした、そのときだった。


 「……申し訳ありません」


 フィリオの静かな声が、全員の足を止めた。


 「わたしは、昨日——辺境伯一派の拠点の通信装置に妨害工作を施してから、こちらに参りました」


 一瞬、時間が止まったかのような沈黙。

 その直後、爆発するように場が騒然となる。


 「……何を言っている……!?」

 ヴィスが顔を強張らせ、目を見開く。


 「アンタ……なにしてくれてんのよ!早く言いなさいよ!」

 エレナが怒りに震え、椅子を蹴るように立ち上がる。

 「通信妨害?それじゃあ、どうやって救援要請するのよ!!」


 「待て!」

 仮面の梟の低く鋭い声が響く。


 「……すぐに救援要請をしなかったのは、俺の落ち度だ。責任は俺にもある」

 彼はフィリオの方へ一歩近づき、じっと目を見た。


 「……責任は、取ってもらうぞ。行けるな?」


 フィリオは、眉ひとつ動かさず答えた。


 「……信じては、もらえないでしょう。

 だからこそ、今のわたしは——行動で示すしかありません。

 妨害したのがこの身ならば、取り戻すのもこの身で。

 必ず、辺境伯閣下らをお連れします」


 その目に、一点の揺らぎもなかった。


 「……監視をつけよう」

 仮面の梟が視線を巡らせる。「サイラス、頼めるか?」


 「ええ。喜んで」

 サイラスは静かに微笑むと、フィリオの肩に手を置く。


 「行きましょう。背中は任せて」


 その背に、小さな声が追いかけた。


 「……フィリオさん」


 ハルカだった。


 「待ってますから……必ず、戻ってきてください」


 フィリオはふと目を伏せ、静かに頷いた。


 「必ず。約束します、レディー・ハルカ」


 こうして、たった二人の使者が、絶望的な状況を覆すため、闇の中へと駆け出していった。


 その頃、空には不穏な赤が混じりはじめていた。


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