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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第4章 揺れる絆、灯された革命の火

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第50話 共鳴の導き

 「“どこの誰か”ってのは、仮面の梟からある程度聞いてるけど、私はアンタの口からも聞いておきたいの。

 どういう経緯で、ここに来たのか。何ができて、何を知ってるのか。……そして、何が“目的”なのか」


 その瞳は、ただの敵意ではなく、確かな確認のためのものだった。

 まるで、私自身の選択を試すような。


 私は、浅く息を吸い込んだ。


 「……記憶が、あまりないんです。ただ……森の中で目を覚ましたら、倒れていて。名前も、どうしてそこにいたのかも、最初は何も思い出せませんでした」


 嘘ではなかった。最初の“転移直後”の記憶は、実際に曖昧だった。


 「けど、少しずつ思い出してきました。私は——」


 言い淀んでから、覚悟を決めるように言葉を続ける。


 「……実は昔、短い期間ですが、治療の補助をする仕事をしていた事があります。

 病気の人を世話したり、薬の管理をしたり、身体の異変を見つけるような訓練もしていました。

 でも、それはほんの短い間でした。今思えば、私は人と関わるのが下手で、現場には向いていなかったのかもしれません」


 そう語ると、エレナは腕を組んだまま視線を逸らさずに聞いている。


 「そのあとは、技術職に就いていました。

 主な業務は、複雑な情報系の仕組み——そうですね、魔導端末の“中身”のようなものを設計したり、壊れた構造を解析して修復したりすることです。

 ……そう。見えない構造の裏側を扱う仕事でした。だから、術式や装置の理論を見ると、何となく仕組みがわかる気がするんです。」


 「……つまり、器用なんだ?」


 「得意なことだけ、です。私は……戦う力はありません。でも、軽い手当や、壊れた記録を直したり、そういう面では、何か力になれるかもしれません」


 自分でも驚くほど、素直に言葉が出た。


 (……私、こんなふうに、誰かに自分を説明するなんて……何年ぶりだろう)


 胸の奥が少しだけ、じんとする。


 エレナはじっとこちらを見つめていたが、やがて口を開いた。


 「……まあ、嘘をついてる目じゃなさそうね。アンタが何者かはともかく、役に立つかどうかはこれからでしょ」


 言いながら、彼女は椅子を引いて立ち上がる。


 「ここは慈善施設じゃないからね。守られるだけの立場でいたくないなら、それなりの姿勢を見せることね」


 「……はい」


 頷いた私に、エレナはちらりと笑みを浮かべた。


 「ま、そういうのは嫌いじゃないけどね。口先だけのやつより、百倍マシ」


 そう言い残して、彼女は部屋を後にした。


 扉が閉まったあと、私は小さく息を吐いた。


 (……ふう。とりあえずは……第一関門、突破……かな?)


 少しだけ緊張が解けて、額に汗が滲んだ。



 * * * * * *


 

 ……夢を、見ていた気がする。


 遠くで水音のような何かが響いて、ひどく懐かしい声が、私を呼んでいた。


 (——ノア……?)


 ぼんやりとした意識の中で、私はまばたきをした。視界がぼやけ、まだ重たいまぶたが完全には開かない。


 その時——かすかな物音が、部屋に響いた。


 きぃ、と軋む扉の音。誰かの気配。けれど、いつもの足音とは違っていて。


 私は、はっとして身体を起こしかけ——次の瞬間、その姿を目にした。


 「……ノア……?」


 立っていたのは、確かに彼だった。


 白衣の上から羽織った外套。乱れた髪。かすかに汗ばんだ額。そして、信じられないほど安堵した顔。


 「……ハルカ」


 その声が、静かに世界を震わせた。


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 うたた寝の余韻も、頭のぼんやりも、一瞬で吹き飛んだ。


 (……うそ……)


 扉の前に立つ彼を見つめたまま、私は声も出せずにいた。


 でも——気づけば、手が伸びていた。


 震えながら、確かめるように。

 夢じゃないと、信じたくて。


 そんな私の手を、ノアが迷いなく取った。


 そして、次の瞬間。

 私は、彼の腕の中にいた。


 強く、けれど壊れものを包むように繊細で。

 頬を寄せられた耳元で、囁くように声が落ちる。


 「君を……やっと見つけた。何があっても、もう離さない」


 その低く甘い響きに、心がほどけていく。


 「……ノア……ほんとうに、来てくれたの……?」


 声に出したとたん、あふれていた感情が決壊した。


 涙が頬を伝い、彼の肩に落ちる。


 彼は何も言わず、ただ静かに、私を抱きしめ続けた。


 そのとき、小さな鳴き声が響いた。


 「わんっ!」


 白い毛玉——スフレが、私の膝に飛び乗ってきて、鼻先で私の頬を突いた。


 「あっ……スフレ……っ」


 その柔らかさも、あたたかさも、まぎれもなく本物で——

 私はとうとう、涙をこぼした。


 「……ほんとに、来てくれたんだね……」


 ノアは少しだけ身を離し、じっと私の顔を見た。


 「当たり前だろう。……君がいなければ、意味がない」


 静かに、けれど揺るぎない声だった。


 ——そのとき。


 ガンッ!


 突然、扉が勢いよく開かれた。


 「下がって、彼女から離れなさいッ!」


 飛び込んできたのは、腰に刃を下げた赤髪の少女——エレナだった。

 目は鋭く、身体の前に立ちはだかるように、ノアをにらみつける。


 「武装の意志はない」と言う前に、彼女の手はすでに柄にかかっていた。


 ノアの表情が一瞬、氷のように冷たく変わる。


 「……僕は、彼女を奪いに来たわけじゃない。迎えに来ただけだ」


 「信じられるわけないでしょ。ここがどこか、わかってる!?」


 ふたりの間に、一触即発の空気が走る。


 私は、反射的にベッドから身を起こした。


 「待って……やめて……! この人は、ノアは——敵じゃないの……!」


 震える声でそう叫ぶと、エレナの目がほんの一瞬だけ揺れた。


 「……あんた、こいつのこと……知ってるの?」


 私は小さくうなずいた。


 「はい。……私を助けてくれた人です。私の、大切な人」


 静寂が落ちた。


 エレナは剣の柄から手を離すと、じっとノアの顔を見つめた。


 「……何者よ、あんた」


 ノアはわずかに微笑み、けれどその目は真剣だった。


 「彼女に会うために、世界を敵に回す覚悟だった——ただ、それだけだよ」


 それは、誰よりも真っ直ぐな宣言だった。



 * * * * * *


 「彼は……王立魔導研究所の主任研究員で、私を保護していた方です」


 困惑しながらもそう説明する私に、エレナはじっと視線を注ぐ。


 「へえ、あんたの男ってわけね」


 「そ、そういうわけじゃ……っ」


 動揺して否定しかけたその時——


 「そうだけど?」


 ノアのさらりとした一言に、時が止まった。


 「えっ……?」


 私が固まっていると、ノアは涼しい顔で続ける。


 「彼女の“保護者”として。あるいは、もっと個人的な意味でも」


 「……っ」


 顔が熱い。こんな時に何を言ってるの、この人は……!


 スフレが「キャンッ」と元気に鳴いて、私の膝の上に飛び乗った。


 エレナは呆れたように肩をすくめて、ため息を吐く。


 「……なんかもういいわ。面倒な夫婦喧嘩とかしないでよね」


 「安心して。喧嘩になるような隙は与えないつもりだよ」


 ノアはさらりと微笑み、視線を扉の方へと向けた。


 「さて。君の“ボス”にも話をつける必要があるな」


 その言葉を受けたかのように、扉が開いた。


 「なら、ちょうどよかったな」


 現れたのは、レオニスだった。


 空気が一瞬、張りつめる。


 「ノア・アルフェリア。ずいぶん久しぶりじゃないか」


 「三年と十一カ月ぶり、かな。……相変わらず、熱量が過剰だ」


 「お前の皮肉も相変わらずだな」


 互いに軽く笑みを交わしながらも、その眼差しの奥では緊張が走っている。


 私は、二人の間にただならぬ空気を感じ取っていた。


 「……知り合い、なんですか?」


 私の問いに、ノアが視線を戻す。


 「数年前、彼が体調を崩して一時的に保護された時、研究所で出会った。……妙に王族に近い魔力構造をしていたから、警戒はしていたけどね」


 「俺は自分から正体を明かした。妾腹だが王の血を引いている、と。そして、いずれこの国を変えるつもりだともな」


 レオニスがさらりと言う。


 ノアは軽く肩をすくめる。


 「理想主義者だと思ったよ。けれど……その理論には、少しばかり共鳴する部分もあった」


 「じゃあ、話は早いな」


 レオニスが私をまっすぐに見据える。


 「つまり、あんたが言ってたこと——全部、本当だったわけだ」


 私は静かに頷いた。


 「はい。嘘は、言っていません」


 レオニスはしばし沈黙し、それから目を細めた。


 「……わかった。あんたの事を信じよう」


 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。


 「彼女は、王命により保護対象として指定されている。彼女を拘束した事実は、本来なら——」


 ノアが言いかけたところで、エレナが手を上げて遮った。


 「はいはい、わかった。じゃあ、あとはお役所の手続きってことでしょ。ここで揉めたくないなら、さっさと連れて帰りなさい」


 「……ありがとう」


 私がそう呟くと、エレナはふっと口元を緩めた。


 「彼女のこと、ちゃんと守りなさいよ」


 ノアは真剣な眼差しで頷いた。


 「当然だ」


 私は思わずエレナに声をかけた。


 「……また、会えますか?」


 エレナは少し驚いた顔をして、それからツンと顔を背ける。


 「気が向いたらね」


 けれど、去り際にちらりと振り返って、ひとことだけ——


 「アンタ、嫌いじゃないよ」


 その言葉が、妙に嬉しくて。


 私は、スフレを抱きながら小さく笑った。

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