表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/78

第43話 向き合うふたり

 私たちは、ようやく顔を合わせた。

 場所は、砦の裏手にある静かな見張り台。見晴らしのいいその場所に、彼はひとり立っていた。


 「……どうして、黙っていたんですか」


 真正面から問いかけると、彼はわずかに肩を揺らした。

 でも視線は、空の彼方を見たまま。


 「シェイドは捕まりました。アスランの命を脅かす者は、もう……」


 言いかけて、言葉を継ぐ。


 「……もう、いなくなったんですよね?」


 ライエルは何も言わなかった。ただ、静かに息を吐く。


 「だから、教えてほしいんです。あなたが知っていること。ずっと黙ってたこと。……アスランの正体について」


 しばらくの沈黙のあと、彼はぽつりと呟いた。


 「……それでも、あいつの正体を明かすわけにはいかない。そう命じられている」


 「それは……誰に?」


 私は問いかけた。声は震えていたけれど、目を逸らさなかった。


 ライエルは短い沈黙の後、低く静かに答える。


 「——王の命だ」


 その瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 (やっぱり……彼は——)


 人懐っこい笑顔の奥に垣間見える、寂しげに揺れる瞳。

 時折、別人のような鋭さを見せる言動。

 そして、あの容姿——


 すべてが、繋がった気がした。


 「……あいつは、高貴な血を引く存在だ。今も、そして昔も。

 だからこそ、正体が知られれば、強大な勢力から命を狙われることになる」


 「やっぱり……」


 呟きが漏れた。


 「——王妃一派ですね。アスランを……いえ、“彼”を狙っているのは」


 ライエルが振り向く。

 その目に、わずかな驚きが揺れた。


 「……そこまで、知ってるのか」


(『薔薇と鏡の王国(ロズミラ)』で、命を狙われていたのは——第1王子のディアル様だけじゃなかった。

 第2王子・レオニスもまた、王妃からあからさまに疎まれていた。

 彼らのルートは、どれも息が詰まるほど緊迫していて……何度も心が折れそうになった。

 でも、私は諦めなかった。何十回と繰り返して、やっと救えたときの、あの達成感。

 その時の笑顔を、私は今でも覚えている。絶対に、忘れたりしない)


 「そうだ。あいつの正体が知られれば、王妃一派に命を狙われるだろう。

 それを避けるために、彼は“アスラン”として生きている。俺は……それを護る立場だ」


 胸の奥が、ひどくざわついた。


 (……じゃあ、あのときも——?)


 「……ライエルさん。あのとき、私を遠ざけようとしたのも……そのため、だったんですか?」


 ライエルのまなざしが少しだけ揺れて、それから静かに頷く。


 「——ああ。

 本当は、お前を巻き込みたくなかった。

 俺の判断ひとつで、お前が傷つくようなことは……もう、したくなかったんだ」


 言葉を選ぶように、ライエルは視線を落とし、それでも静かに続ける。


 「……最初は、ただ騎士としてだった。

 お前を守ることが使命で、忠誠を誓った。それは、偽りじゃない」


 けれど、そこで一度だけ、声が揺れる。


 「でもな……気づいたんだ。

 お前を見ていると、使命とか任務じゃなくて、もっと……ただの想いになっていった」


 その言葉のひとつひとつが、胸の奥にまっすぐ響いてくる。


 「俺は、主じゃなく、お前そのものを守りたい。

 笑ってほしいし、泣いてたら、抱きしめたくなる。

 選ばれるとか、選ばれないとか、そんなことどうでもいい。

 俺は、お前と――“生きたい”って思った」


 そこで、ようやく視線が重なる。


 「過去でも未来でもなく、“今”の、お前と一緒に」


 その頬はほんのり赤くなっていて。

 ぶっきらぼうな言葉のくせに、こんなに照れるなんて——


 (もう、ずるいって……)


 私は、ほんの少しだけ、笑った。

 でもそれは、涙がこぼれそうになるのをごまかすためでもあった。


 胸の奥が、どうしようもなく熱くなる。


 不器用で、真っ直ぐで、

 優しくて、頑固で、でもいつもどこかで私のことを見ていてくれた人。


 ——彼は、この世界に来て、初めて出会った“推し”だった。


 出会った瞬間、胸が高鳴って。

 でも私は、何者でもなくて、ただの異邦人で。

 誰の記憶にも残らない空気みたいな存在だった。


 そんな私に、「お前は間違ってない」って言ってくれた。

 「お前は、もう独りじゃない」って、行動で示してくれた。


 彼の言葉に、どれだけ救われたかわからない。

 「成長したな」って、そう言ってくれたとき、

 私はやっと、“この世界で生きていい”と思えたんだ。


 ——この人がいたから。

 私は、ここで踏み出せた。


 だから。


 「……私も」


 こらえきれなくて、言葉がにじむ。


 「……嬉しいです。ライエルさんに、そう言ってもらえて」


 感情の波が押し寄せてくる。

 胸の奥が熱くなって、苦しくなるほど、幸せで。


 その一言で、ライエルの目がぐらりと揺れた。

 みるみるうちに顔が赤くなっていく。


 「なっ……!」


 耳の先まで、真っ赤。

 その様子に、思わずくすっと笑ってしまう。


 「な、何がおかしい……!」


 「ふふ……ライエルさん、すごく顔赤いですよ?」


 「う、うるさい……っ」


 この人に、守られてきた。

 そして今、私は——自分の足で、そばに立てている気がした。



 * * * * * *


 昼が近づいていた。

 瓦礫の残る拠点跡には、ようやく静けさが戻ってきていた。

 遠くでは、鳥の声。小さく風が鳴るだけ。あの騒動が嘘だったように。


 アスランは崩れた壁のそばに腰を下ろし、空を見上げていた。

 明るい陽射しの中、いつもの調子で手を振る。


「おー、ハルカちゃん。なんかいい風じゃん。昼寝したくなる~」


 その軽さに、私はつい笑ってしまいそうになる。

 でも、よく見ると……ほんの少し、顔色が悪い。

 ……疲れてないわけないよね。


「……なんか、今日はおとなしいね」


「えっ、そう? いや~、いつもより眠いだけかも~」


「そっか。……でも、無理してない?」


「してないしてない! むしろ元気すぎて困っちゃうくらいだよ~?」


 口調はいつも通り。陽気で、飄々としてて。

 でも、なんとなく——その元気、少しズレてる気がした。


(……アスラン。なんか、隠してる?)


 この感じ、知ってる。

 言葉の端っこにある、ほんのわずかな“嘘”の気配。


 思い出すのは、あのときの夢。


 赤い月。金の鍵。誰かの泣き声。


 ——“救うために生まれてきた”。


 ……なぜだろう。どこかで聞いた気がする。

 でもそれは、誰かに言われたんじゃなくて——


(私自身の、願い……?)


 現実の私は、誰かを救いたくて、でも救えなくて。

 どうしようもなくて、壊れていった。


 だから、そう思いたかったのかもしれない。

 もう一度、誰かを助けられるなら——って。


「……夢の話、覚えてる?」


「夢?」


「赤い月とか……金の鍵。あと、誰かが泣いてて」


 アスランの肩が、ほんのわずかに動いた。

 その瞬間だけ、沈黙が空気を支配する。


「あー……そんなこともあったっけ? なんだろ、寝不足のせいかもね~」


 いつもより笑うのが早い。

 早口でごまかしてるのが、逆に目立ってる。


「……アスラン。ほんとは、何か思い出してない?」


「なにそれ~、怖っ。やめてよ、ハルカちゃん、霊感とかあるタイプ?」


「あるかもね」


 ふっと、空気が揺れる。

 私は一拍おいて、まっすぐに彼を見た。


「……アスラン。あなたって、本当に“アスラン”なの?」


 笑っていた彼の表情が、すっと消える。


 風が吹いて、髪がふわりと揺れる。


「もちろん。“陽気でイケてる”アスランちゃんでーす。ハルカちゃん専属のね?」


 その笑顔は、たしかに彼のもの。

 だけど、目が……笑ってなかった。


「……そっか」


 私は、それ以上は言わない。

 でも、心の中でははっきりと思っていた。


(やっぱり——“彼”なんだ)


 彼は立ち上がり、軽く伸びをする。


「じゃ、そろそろ行こっか。昼寝してる場合じゃないし~」


「うん」


 私は彼の背中を見つめたまま、小さく息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ