↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第3章 記憶の欠片、もうひとつの真実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/122

第42話 この世界の朝に

 崩れ落ちた瓦礫の中、シェイドはゆっくりと立ち上がる。

 黒衣の裾は焦げ、手のひらには砕けた術式媒体の欠片。


「……知っていたんです。ずっと。」


 その声には、乾いた空虚さが滲んでいた。


「回帰という現象が、本当に存在するのか。

 ——僕は確かめたかった。あなたの理論を、証明したかったんです」


 その“あなた”とは、ノア。


「主任、あなたの理論は革命でした。

 魂は線ではなく、円環する可能性がある。

 もし、感情がその媒介になり得るなら……」


 言葉が震える。


「でも、あなたは論文の発表を辞退した。

 “観測対象への感情的関与”——そんな理由で。

 ……彼女ひとりのために、全てを閉ざした」


 シェイドの視線がハルカに向けられる。

 その目には、静かだが否定しがたい敵意が宿っていた。


 「僕には、理解できなかった。

 あなたが、研究よりも彼女を選んだことが」


 ノアは何も言わず、ただその言葉を受け止めていた。


 「僕は……実験対象である彼女が、“鍵”だと気づいていた。

 だから、アスランを殺そうとした。

 彼女の感情を揺さぶれば、何かが起こるかもしれないと——

 そう思って……!」


 ハルカの瞳が大きく見開かれ、言葉が出ない。


 「君の反応は、あまりに過剰だった。

  一度だけとは思えないほどの、深い哀しみと絶望。

  ……もしかすると——と思った。けれど、それでも“証明”には至らなかった」


 ノアが、ゆっくりと前に出る。

 静かな足音が、崩れた床を踏みしめる。


 「シェイド。君は、本当は……ずっと怖かったんだね」


 その声は、怒りでも失望でもなく、かすかな哀しみに満ちていた。


 「何よりも信じていたものが、感情で否定されることが。

  自分が信じた正しさが、もう通用しない世界になることが——怖かったんだろう」


 シェイドの目が揺れる。


 「……僕が、止めなければ。

  あなたはこのまま彼女に呑まれてしまう。……そんなの、もう見ていられなかったんです」


 それは、崇拝していた師を守るつもりの、

 ——致命的に歪んだ選択だった。


 「ノア主任……僕は、あなたに、認めてほしかっただけなのかもしれない」


 震える言葉。

 でも、その呟きには、かつての理知的な青年の片鱗があった。


 ノアは一歩、彼の前に進み出て、小さく言った。


 「なら、最初からそう言えばよかったのに。

  ——僕は、君の努力を誇りに思っていたよ」


 その言葉に、シェイドの肩から、力が抜けた。

 まるで緊張の糸がぷつりと切れたかのように。


 ——夜明けが、ゆっくりと訪れようとしていた。



 * * * * * *


 シェイドの姿が、小さくなっていく。

 魔導省の治安部隊によって拘束され、まだ夜の気配が残る路地を、静かに歩いていく背中は、どこか満ち足りたようにも見えた。


 暴力はなかった。

 誰も怒鳴らず、誰も罵らなかった。

 ただ静かに、その狂信の果てを見届けるように、理性とともに連れて行かれる。


 やがて彼の影が完全に見えなくなると、私はふいに、ノアに向き直った。


 「……ノア。

  本当は、あなたの理論はもう完成してたのね。

  なのに、学会への発表を――やめたのは……わたしのせい、だよね?」


 自分でも思っていた以上に、声が震えていた。

 胸の奥がじくじくと痛む。

 ノアの未来を、彼の正しさを、私が奪ってしまったかもしれない。

 そう思うと、目の前がにじむ。


 だけど――


 ノアは、ふっと笑った。


 「違うよ。……僕が選んだんだ」


 彼は、私の方に一歩近づく。


 「だって、君がいたから。

 ただのデータじゃ測れない不確かなものが、

 こんなにも人を動かすんだって……君が教えてくれた」


 胸がいっぱいになって、何も言えなくなった。


 「僕に、感情ってやつを教えてくれたのは、君だよ。ハルカ」


 名前を呼ばれて、視線が合った。

 淡い銀の瞳に、確かな温度が宿っていた。


 ……それだけで、また涙がこぼれそうになる。


 * * * * * *


 私たちは、崩れた建物の瓦礫を踏み越え、丘の上へと出た。


 そこで、夜が明ける。


 長い夜が明けた朝――。


 焼け跡の先に、霞むような金の光。

 まだ目を閉じていた空が、ゆっくりと開かれていくような、柔らかな夜明けだった。


 「この光景……忘れない」


 私が呟くと、隣にいたノアが、同じ方向を見つめたまま、そっと返してくる。


 「君が、選んだ未来だよ」


 それは、私が回帰を繰り返して――ようやく辿り着いた、ひとつの答え。

 ここまで来られたのは、あの痛みも、この温もりも、全部があったから。


 陽光の中、ゆっくりと寝返りを打つ気配。

 見れば、アスランが瓦礫の上に横たわり、小さな寝息を立てていた。


 「……生きてるよ。君が守った」


 ノアが静かに告げる。


 私の手が、震えた。


 「……ノア、ありがとう」


 そう言ったとき。


 ノアが、ふいに私の耳元に顔を寄せてきた。


 「感謝はいい。でも——」


 低く囁かれる声。鼓膜に触れるほど近くて、柔らかくて。


 「……次は、抱きつく前に声をかけてね」


 「……っ!」


 途端に顔が熱くなる。

 頬が火照って、視線を逸らすしかなかった。


 その横で、ノアはいたずらっぽく微笑んでいた。


 金色の光の中、二人の影が、並んで伸びていく。



 * * * * * *


 夜明け前の静けさが、崩れ落ちた瓦礫の丘に満ちていた。

 私はノアと並んで立ち尽くしていた。

 終わった、という実感がまだ来ない。

 でも、空は確かに、夜の終わりを告げようとしている。


 一息、吐く。

 そして、ノアが口を開いた。


 「……君の行動記録と術式の痕跡から、魔力の変動傾向は追っていた」


 私は横顔を見る。彼はいつもと同じ調子で、静かに続ける。


 「最近、君の魔力が不安定になる回数が増えていた……。」


 彼の目は、夜明けの光を孕んでいた。


 「今日の揺れは、今までで最も強くて……だから、放っておけなかった」


 私は思わず言葉を失う。

 (……ノアは、気づいている? 私の“何か”に)


 けれど、何も言えなかった。

 彼の言葉の意味を、胸の奥で噛みしめていると——

 「ふわあ~! よく寝た~……」


 突然、間の抜けた声が瓦礫の上から響いた。


 ノアと私は、揃ってそちらを見る。


 (……この状況で、寝てたの!?)


 瓦礫に寝そべっていたアスランが、目をこすりながら起き上がってくる。


 「え、なんかすっごい夢見た気がする~……って、

  え、なんでそんな顔してるの、ふたりとも!?」


 ノアが歩み寄り、アスランの鼻をつまむ。


 「まずは意識確認。問題なく機能してるね」


 「ひゃ、やめてってば!」


 ふざけるアスランと、いたって真面目なノア。

 そのやりとりに、私は思わず笑ってしまった。


 (……よかった。ほんとに、よかった)


 そのとき、ノアが私の方へと振り返る。

 その銀灰の瞳に、微かに揺れるものが宿っていた。


 「……君の鼓動、今日はやけに速かったよ」


 それは、淡々とした声色の中に、確かに想いを滲ませていた。


 「じゃあ、また。……今度は、君の意志で僕を呼んで」


 そして、ノアは白衣を翻し、背を向ける。


 誰にも告げず、風のように去っていくその姿。


 ——その背中を、アスランがぼんやりと見つめながら呟いた。


 「……かっけー。あれ絶対モテるやつじゃん……」


 私はその一言に、思わず吹き出しそうになる。


 朝日が丘の向こうから昇ってくる。


 長い夜が、ようやく終わろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。