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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第3章 記憶の欠片、もうひとつの真実

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第41話 感情に呑まれた世界で

 ライエルの言葉が、耳の奥に残っていた。

 「だからこそ、今は——もう少しだけ、信じてくれ。あいつのことも、俺のことも。……そして、お前自身のことも」


 あの時の目を、私は忘れられない。

 強くて、優しくて、でもどこか寂しげで。


 (“あいつ”って、誰のこと……?)


 ライエルはきっと、知っている。

 “アスラン”という存在の裏側を。

 そして、それを隠している。


 (……彼は、私を守るために言わなかった。でも——)


 この夜が終われば、アスランは死ぬ。

 それだけは、確かな未来。


 私はもう何度も、この日を繰り返している。

 でも、まだ“真実”には届いていない。


 だから——私は走った。


 * * * * * *


 夜の街を駆け抜け、私はこれまでとは違う道を選んだ。

 これまではアスランの背を追うだけだった。

 でも今夜は、先回りする。

 見えなかった時間を暴くために。


 (……たしか、このあたりで姿を見失っていた)


 路地裏に身を潜め、静かに息を潜める。

 闇に目を凝らしながら、わずかな気配を探る。


 すると——


 「……っ、あれは——」


 アスランの背が、ゆっくりと建物の影に吸い込まれていく。

 その先には、人気のない旧教会跡。


 私は建物の陰から、それを見つめた。


 刹那——黒衣の人影が、音もなくアスランに近づく。

 振り返る暇もなく、彼は術式に囚われた。


 術式が光を帯び、アスランの身体がぴくりと震える。


 「まさか……!」


 私は飛び出そうとして、思わず足を止めた。

 それは、暴走ではなかった。

 魔力が暴れているのではなく、封じ込められている。


 (……違う。これは、誰かが意図的に——)


 次の瞬間、彼の身体が崩れ落ちる。

 静かに、抵抗の言葉も叫びもなく。


 私は、声も出せなかった。


 * * * * * *


 視界が、ゆがむ。

 空気が歪み、鼓動が耳の奥でうるさく響く。


 (……来る。回帰——)


 でも、今回は違った。

 これまでにない、強烈な痛み。

 身体の奥から焼かれるような、破裂するような感覚。


 目の奥が潰れそうに痛い。

 喉の奥から血の味がする。


 (これ……私……)


 意識が遠のく直前、私は願うように呟いた。


 「……戻らなきゃ……まだ……助けられる……」



 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 



 

 ——そして。


 私は、目を覚ました。


 (……ここは?)


 どこか見覚えのある坂道。けれど、いつもより空が暗い。

 橙色に染まる雲と、足元に伸びた長い影。


 (……夕方? 昼じゃ、ない……)


 脳が現実を追いかけきれず、思考がもつれる。

 そして気づく——


 (……アスランが、いない)


 何度も繰り返してきた“戻り”。

 そのたびに、すぐ隣には、彼の姿があった。

 けれど今回は……誰もいない。


 (これって、本当に“あの日”なの?)


 少しずつ感じ始める違和感。

 風の匂い、通り過ぎる人の声、遠くで響く鐘の音——


 微妙に、でも確実に、何かが違っている。


 限界は近づいているのかもしれない。

 もう、あの夜には戻れないのかもしれない。


 それでも——


 (まだ終わってない。まだ、あの人を救える……)


 私は立ち上がった。胸の奥に残る痛みを抱えたまま。



 * * * * * *



 夕暮れの街。坂道の途中で立ち尽くしたまま、私は震える指先で胸元を握りしめた。


 (……アスラン、どこ……?)


 戻れたかどうかも確信が持てない。もしまた間違っていたら——


 そんな不安を振り払うように、私は駆け出した。


 * * * * * *


 そして。


 曲がり角を抜けた先、あの姿を見つけた。


 ——アスラン。


 夕暮れの逆光に照らされ、彼がゆっくりと歩いている。


 「アスラン……!」


 言葉を探す暇もなく、私はその背に向かって駆け出していた。


 「アスランっ!」


 振り向いた彼の目が、驚きで見開かれる。


 「え、ええと……どうしたの、ハルカちゃん?」


 その戸惑いすら愛しくて、私は思わずその腕をつかんだ。


 「……よかった……ほんとに……生きてて……」


 この温度、この声。この瞬間に、何度だって辿り着きたかった。


 けれど——


 (まだ、終わってない)


 彼を守るには、あの場所には近づかせてはいけない。


 私はすぐに顔を上げ、周囲を見渡した。


 その時だった。


 「ッ、アスラン、下がって!」


 闇の中から、何かが飛び出す気配。

 私の手が彼の腕を引いたのとほぼ同時に、見えない魔力の槍が地面を穿つ。


 瓦礫が砕け、煙が巻き上がる。


 「何、これ……っ!」


 「ハルカちゃん……! 危ない!」


 攻撃は一度では終わらなかった。


 さらに迫る気配——


 「ようやく見つけた……あなたが“鍵”だったんですね。ハルカさん」


 その声と共に、闇の奥から一人の男が歩み出る。


 黒衣をまとい、乱れた髪の奥の瞳が、狂気に染まっていた。


 ——シェイド。


 王立魔導研究所所属。ノアの部下であり、優秀な術式研究者のはずの男。


 その面影は、もう残っていなかった。


 「……あなたの“魂の波形”が、大きく揺れていた。

 術式の痕跡も、感情の座標も————。

 ……あなたが鍵なら、確かめる価値がある」


 術式が浮かび上がる。

 それは殺意を宿した陣。逃げ場は、もうどこにもなかった。


 私の背筋に、氷の刃が這い上がる。


 (……もう、間に合わない——)


 術式が、放たれる——その瞬間。


 眩い光と共に、魔法陣が炸裂した。


 鋭く練り上げられた干渉術式が、シェイドの構築を一瞬で打ち消す。


 空気が跳ね返り、粉塵が舞った。


 「間一髪、だね」


 頭上から、静かに降ってくる声音。


 風に乗って現れたその姿に、私は目を見張った。


 白衣を翻し、淡い青緑の髪が夕風に揺れる。

 銀灰の瞳が、まっすぐ私を捉えていた。


 ——ノア。


 「まったく……厄介ごとには事欠かない。……でも、間に合ってよかった」


 私の目から、ぽろりと涙がこぼれた。


 その姿を見たとたん、胸の奥に溜まっていた何かが決壊する。


 「ノアっ……!」


 気づけば私は、ノアの胸に飛び込んでいた。


 彼は少し驚いたように肩を揺らしたが、すぐにその背で私を受け止めてくれた。


 「ふふ……そんな顔されると、英雄気取りになっちゃいそうだよ」


 息がかかるほど近くで囁かれて、私はくしゃりと笑った。


 隣で横たわっていたアスランがむくりと身を起こし、ぽつりと呟く。


 「かっけ――……え? なに? ヒーロー登場なの!?」


 ずれたテンションに、緊張がわずかにほぐれる。

 

 (……間に合った。今度こそ——)


 けれど、まだ終わりじゃない。


 ノアの視線が、シェイドを射抜くように見据えた。


 「シェイド。君の暴走は、ここまでだ」


 風が止む。


 空気の張りつめた気配の中で、ふたりの術者が対峙する。


 この夜、最後の決着が始まろうとしていた——。


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