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薔薇と鏡の王国《rewrite》—— “モブ”が書き換える、愛と死と回帰の物語。  作者: 舞見ぽこ
第5章 聖光の顕現、揺らぐ運命の座標

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第93話 守ると決めた場所

 隠れ里の道を進むうち、ふいに足元に何かが飛びついてきた。


 「……スフレ?」


 白い毛並みを揺らして駆け寄ってきたのは、あの子犬だった。

 ノアはしゃがみ込み、そっとその頭に手を置く。


 「……覚えていてくれたのかい?」


 優しく微笑むと、スフレは尻尾をぱたぱたと振って応える。


 そこへ、ぱたぱたと駆け寄ってくる小さな足音。


 「わぁ……お兄ちゃんの髪、すごくきれいな色……!」


 目を輝かせたリゼが、ノアの髪に視線を注ぐ。


 「……ありがとう」


 少したじろぎながらも、ノアは冷静を装って返した。

 スフレとリゼに導かれるように、ノアは再び歩き出す。


 

 * * * * * *


 

 「ま〜〜っ! えらいシュッとした兄ちゃんやなぁ!」


 元気な声とともに、オバサンヌ=デシマルがどこからともなく現れた。

 目を丸くしてノアを見つめ、その腕をぐいっと引っ張ろうとする勢いだ。


 「うちの里に、こ〜んなハイカラな兄ちゃん来るなんて珍しいで! あんた、誰かの知り合いなん?」


 ノアは少し面食らいながらも、「……通りすがりの協力者」と無難にかわそうとした。だが——


 「……あんた、ハルカの男でしょ?」


 横から割って入ったのは、赤髪を揺らしたエレナだった。腕を組んだまま、真顔でじっとノアを見つめている。


 ノアはわずかに眉を上げたあと、飄々とした口調で返した。


 「そうだよ?」


 あまりにもさらりと言われて、一瞬その場の空気が止まる。


 「は、はぁ!?」と、おばちゃんが素っ頓狂な声を上げる。


 ノアは微笑みすら浮かべず、淡々と続けた。


 「ただ、今は“そうじゃない”かもしれないけどね。彼女がどう思ってるかは……わからないから」


 その声には寂しさでも未練でもなく、ただ事実だけを語るような静かさがあった。


 「なにそれ……」とエレナが呆れたように鼻を鳴らす。


 「めんどくさい男だわ、ほんと」


 「よく言われる」


 軽く肩をすくめるノアに、今度はおばちゃんがじっと目を細めて彼を見上げた。


 「……ハルカちゃん、見る目あるんかないんか、よう分からんわ」


 「どっちに転んでも、おかしくはないと思う」


 やれやれといった顔で答えるノア。その飄々とした態度に、おばちゃんも思わず吹き出した。


 「まぁ、アンタみたいなんが来てくれるなら、あの子も安心やわ。……って、あの子なら倉庫の方——」


 「もう、おばちゃんったら。倉庫じゃなくて聖都よ、聖都」


 エレナが呆れたように突っ込みを入れた瞬間、ノアの動きがわずかに止まった。


 「……聖都?」


 声は落ち着いていたが、指先がほんの少しだけ揺れていた。


 おばちゃんが「あら、知らんかったん?」と目を丸くする。


 「ハルカちゃん、病気のヴィスくんの看病で聖都に行ったんやで。仮面の梟くんたち一緒に。ちょっと前に出発してもうたわ」


 「……そう、だったんだ」


 ノアは小さくつぶやいた。唇がごくわずかに引き結ばれる。


 (会えると思っていたのに。……けど)


 それ以上、何も言わずに顔を上げたその瞳には、変わらぬ静けさが戻っていた。


 「……なら僕は、僕にできることをするよ」


 その言葉に、エレナがほんの少しだけ、視線を柔らかくした。


 「ふーん。意外と素直じゃん、あんた」


 「そう見えるなら、君の目が優しいんだよ」


 肩をすくめるノアに、おばちゃんが笑いながら背中をポンと叩いた。


 「まあまあ、こっちは任せとき。あの子が帰ってきたとき、立派な隠れ家になってるよう頑張ってるさかいな」



 

 そのとき、澄んだ声が背後からかかった。


 「失礼、ノア殿ですね? こちらにいらしていたとは」


 振り返ると、金茶色の髪を結い上げた青年が、静かな笑みを浮かべて立っていた。


 フィリオ=セリオス。


 魔導防衛を担当する参謀であり、数日前、聖都行きの出発直前に魔導通信で連絡を交わした相手だった。


 「先日の助力、誠にありがとうございました。おかげでヴィス殿の状態も、なんとか安定しています」


 フィリオが丁寧に一礼するのに、ノアも軽く頷いた。


 「……あれで移動中は持つはずだ。君がきちんと調整してくれていれば、だけど」


 「その点はご安心を。術式の展開速度、干渉率ともに計算内です」


 「……なら良かった」


 エレナが目をぱちくりと瞬かせ、おばちゃんも首をかしげる。


 「えっ、知り合いなん? なんか難しい話してはるけど」


 「研究者って、やたら小難しいことを語り合いたがるのよね……」


 エレナが呆れ顔でぼそりと漏らすと、スフレが「わんっ」と短く鳴いてノアの足元にじゃれついた。


 ノアはその毛並みをひと撫ですると、静かに言った。


 「彼女がここにいないと聞いて、少し迷った。でも、来たのは会うためだけじゃない」


 「……あん?」


 エレナが眉をひそめると、ノアは前を見据えたまま、淡々と語る。


 「王妃軍との交戦で、“沈黙の帳”が破られたと聞いている。場所が割れた今、再襲撃の可能性は高い。現在の仮結界じゃ、迎撃も抑止も不十分だ」


 フィリオがすぐに頷いた。


 「現状の補修は急造で、持って一ヶ月程度。しかも強力な追跡術式には耐えられません」


 ノアの声が少しだけ鋭くなった。


 「だったら急がないと。ここがまた狙われたら、今度こそ持たない。

 だから僕にできることをするよ。それが彼女を守ることにつながるなら——」


 そこまで言いかけたところで、ノアは一瞬だけ言葉を止めた。


 そして、小さく笑った。


 「……別に感謝してほしくてやるわけじゃないから、気にしなくていいよ」


 おばちゃんは「まあ……ええ男やなあ」と感心し、エレナは少しだけ頬をそらしながら、そっぽを向いた。


 「……ほんと、あんたらってわかりにくいわね」


 スフレが「わんっ」と短く鳴き、ノアの足元にぴたりと寄り添った。


 そこへ、フィリオがふと思い出したように言う。


 「……そういえば、後日で構いませんが。地下神殿の件も、改めてご意見を伺いたいと思っています」


 「地下神殿……?」


 ノアが眉をひそめる。


 フィリオは穏やかな口調で答える。


 「拠点再建築の中で発見された遺構です。現在、調査と分析を進めているのですが——」


 「……なるほど。興味が湧いたよ。時間ができたら、見せてもらえるかな?」


 「もちろん」


 ノアは視線を遠くへ向けた。

 淡い陽光の中で、仮住居の合間を忙しなく動く人々の姿が見える。

 その中に、彼女の姿はない。けれど——確かに、彼女の意志は残っている。


 「……少しは、僕もこの場所に、役立てるといいんだけどね」


 静かな決意と共に、彼は歩を進めた。

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