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辺境伯の妻の座

 辺境伯家で働いているキアラ・レンドルは、男爵家の跡取り令嬢だった。

 婿を取るため幼いころから婚約していたし、婚約者との関係も良好だった。


 あと半年で結婚。

 そんな時期に父が思わぬ行動に出た、母と離縁し新しい妻を迎えると言い出したのだ。

 キアラは自分の耳を疑った。


「お父様、何を仰っているのです? お母様と離婚だなんて」


「ハハハッ、キアラ、あの女は男児を産めなかった出来損ないだ。離縁をするには十分な理由となる」


「お母様が出来損ないですって?」


 確かに母はキアラ一人しか子供を産むことが出来なかった。

 けれどそんな家はごまんとあるし、子供がいない家だって多くある。

 父はキアラを可愛がっていたし母とも良好な関係だと思っていた。

 なのに本当は自分たちなど愛しておらず、男児を望んでいたのかと、ショックから言葉が出ないでいるキアラの前、父が「それに」と嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「実は新しく結婚する相手ももう決まっているんだ」

「えっ?」

「彼女は私の子を妊娠しているんだよ」

「……っ!」


 要は愛人を迎え入れたかっただけ、母が男児を産めなかったなどただの言い訳だった。

 まさか父がこんな人だったなんて!

 キアラのショックは計り知れない物だった。





「悪いけれど君との婚約は無かったことにして貰うよ」

「えっ?」


 悪いことは続くもので父の愛人が産んだ子供は男児で、男爵家の跡取りだったキアラの立場は危ういものとなった。


 まだ産まれたばかりの弟を父はハッキリと跡取りとは認めておらず、一応はキアラをそのまま跡取りだとそう言っているのだが、父の意識は全て弟に向いていて、キアラが婿養子を取ることに良い顔をしなくなった。


 その為結婚式の予定も立たず、父の婚約者への対応も素っ気ない物に変わっていった。

 当然婚約者も何かを察したのだろう、キアラとの結婚よりも良い条件があればそちらに移る。

 なので婚約解消は仕方がなかったが、貴族令嬢であるキアラには大きな傷となった。


「キアラ、良いじゃないか、無理して結婚する必要はない、弟が成人するまでこの屋敷にいればいいんだ」


 産まれたばかりの子がいるにしては高齢である父は、自分が亡くなった後の弟のことを心配しているのだろう。

 だからキアラが中継ぎの当主となり弟が成人するまで傍にいれば安心、そう思っているようだ。


 けれどキアラの幸せは?


 母を追い出した後妻をキアラは好きになれないし、弟だって認められない。

 なのにずっと傍にいて彼らを支えろと言うのか?


 生殺しのような生活はとても耐えられない。

 弟が成人したらキアラはどうなる?

 一生誰とも結婚せず、その後は修道院ででも暮らすのか?


 結婚適齢期ギリギリの年齢になると、そんな未来が見え始めキアラは焦り始めた。

 父はキアラの結婚相手を探していると言っていたが、とてもそんな様子には見えなかった。


 それに今現在微妙な位置に立つキアラと誰が結婚したいと思うだろうか。

 もしキアラと結婚しても男爵の地位は手に入らない可能性が高い。

 その上後妻とその息子がいる。

 キアラと結婚すれば面倒なことに巻き込まれる。

 それが分かっていながら婚姻を望む者などいなかった。


 まだ学生時代であれば恋愛結婚を考えられただろうが、キアラは学生時代にはすでに婚約者がいたため恋愛など考えられえなかった。


 このままではマズイ。

 そう思い始めた時、父がルヴィダ辺境伯家での行儀見習いの話を持って来た。


 ルヴィダ辺境伯は妻が亡くなっている。

 弟が三歳になりある程度の成長が安心できた。

 なのでキアラを嫁に出してもいい。

 ならば繋がりが欲しいルヴィダ辺境伯の後妻となれば丁度いい。


 欲深い父はそう思った様だ。

 最初は後妻かと難色を示したキアラだったが、家を出るいいきっかけになるかもと期待を持った。


 それに辺境伯と無理に恋仲になる必要はない。

 表向きは行儀見習いなのだ。

 弟が成長し跡取りとして認められるまで、自分はルヴィダ辺境伯で働き続け、いずれそこを足掛かりに王都にでも出れば良い。


 キアラは父を、そして元婚約者を酷い人間だと心の中で罵り、後妻と弟を害虫のように嫌っていたが、出て行く母に声を掛けることもせず、今まさに自分が後妻と同じ待遇を望んでいる矛盾さにも気づいていなかった。


 要はキアラこそ父親によく似ているのだ。



 

 そんな思いを持ってルヴィダ辺境伯へ向かったところ、キアラは一目でグレンに恋をしてしまった。

 元婚約者とは違う鍛え上げられた体躯。

 大人の男性らしい魅力ある笑顔。

 薄青色の瞳は冬の空のようで美しい。

 少し渋めの声はキアラの耳に良く響き心地いい。


 これこそがまさにキアラの初恋。

 元婚約者にはない大人の魅力にキアラは一瞬で虜となった。




 それからキアラはルヴィダ辺境伯家で真面目に働いた。

 少しでもグレンに良い印象を持ってもらおうと、慣れない仕事を頑張った。


 メイド長にも認められ、グレンにも名を覚えてもらった。

 そろそろアプローチをしてみようか。

 食事に誘うのは流石に無理だろうが、街中を一緒に散歩するぐらいならば許されるかもしれない。


 そんな思いを抱えていたところ、王命によるグレンの結婚が決まってしまった。



「デリシア・リガーテです。いえ、これからはデリシア・ルヴィダとなりますわね。皆様どうぞ宜しくお願い致しますね」


 ルヴィダ辺境伯家へとやって来たグレンの新しい妻は、まだ子供と言っても可笑しくない、女としての魅力を全くもたない容姿の少女だった。

 顔立ちは確かに美しいが、グレンと並べば親子にしか見えず、当然夜の通いも無いようだった。


「奥様、旦那様に愛せないって言われたみたいよ」

「そりゃあそうよね、あの見た目だもの、旦那様が子供を相手に出来る訳がないわ、当然でしょう」

「つまり私達にもまだチャンスがあるって事よね、どうにかしてあの子を追い出せないかしら」


 妻がいないグレンを狙う女性は屋敷内にも多くいて、普段は恋のライバルとして余り仲が良くなかったメイドたちと、どうにかデリシアを追い出せないかと話し合った。


 メイド長の配慮で貴族令嬢である自分達がデリシア付きになれたのは丁度良かった。

 平民であるエラに仕事を押し付け、自分達は冷遇されている風を装った。

 メイド長やグレンにエラが言いつけないように、グラスやカップをエラに投げつけ脅し、言うことを聞かせることは簡単だった。


 そのグラスやカップも、デリシアが喚起を起こしたことにすればメイド長も疑わなかった。

 そして仕上げは奥ゆかしい女性を装ってグレンに訴えるだけ。

 真面目に働いて来たキアラの言葉を、グレンもフランもメイド長も疑いはしないはず。


(これで私が辺境伯夫人よ!)


 案の定メイド長もグレンもキアラの話を信じてくれた。

 結婚したばかりのデリシアよりも、当然これまで真面目に働いてきたキアラの方が信頼されたのだ。


 その事がよりキアラの行動を増長させた。


「ねえ、決定的な痛手をあのお姫様に与えない?」


 グレンを手に入れるため、邪魔なデリシアを追い出すため、キアラは他のメイドたちと相談した。

 グレンを怒らせることが出来れば、たとえ王命であってもデリシアの事は見限るだろう。


 既に白い結婚でどうにか関係を結んでいる二人だ。

 脆い関係にひびを入れるなど簡単だった。


「ちゃんと見張ってなさいよ」


 ライバル二人を見張りに残し、キアラはグレンの妻だったアレクシアの部屋へと忍び込む。

 デリシアは未だ客室に通されたままで、夫人の部屋はグレンの前妻アレクシアが亡くなった時のままだ。


 グレンが今もアレクシアを思い大切にしている事は辺境伯家の者ならば皆知っている。

 なのでアレクシアの私物をデリシアの私室へ忍ばせれば、きっとグレンは怒り狂うそう思ったのだ。


 夫人の部屋に入りクローゼットへと迷うことなく向かう。

 アレクシアの部屋は掃除で何度か足を踏み入れたことがあるため、どこに何があるかがキアラには分かっていた。


「これが良いかしら……」


 グレンの色ともいえるブルートパーズの宝石を手に取った。

 大きなものよりも運びやすい小さなものが良いだろうと、その中でも指輪を選んだ。


 それをエプロンのポケットに入れクローゼットを出る。

 誰かに見つかったら掃除をしていたと言えるよう、はたきは持ってきていた。


 廊下に出ると協力者の二人の姿はそこには無かった。

 逃げたのか、誰かに呼ばれて仕事に戻ったのかは分からないが、キアラはグレンへの想いはその程度だったのだろうと、呆れながらも今度はデリシアの部屋に向かった。


(あの子はこの時間、エラと庭を散歩しているはずよね)


 そっとデリシアの部屋の扉を開け、誰もいないか中を確認する。

 本来ならば護衛騎士辺りがいても可笑しくはないが、愛されていないデリシアには護衛騎士などいるはずがない。


 案の定部屋には誰もおらず、キアラはその事にホッとした。


(隠すのはどこがいいかしら、ベッドの下か、それともクローゼットの中かしら……)


 グレンに告げ口する前にデリシア本人に見つかってはならない。

 なのでデリシアが開けることのない、見ることのない場所に指輪を隠さなければならない。


(エラにはきつく言い聞かせておかないとね)


 きっとこの部屋を掃除するエラはすぐに指輪を見つけ出すだろう。

 だからこそまた脅しキアラの言うことを聞くように躾けなければならない。


 どうにか指輪を隠しそのことに満足していると、不意に背中に誰かの視線を感じたきがしてキアラは慌てて振り返った。


「お仕事は終わったのかしら?」


 クローゼットから出たキアラに話しかけて来た人物は、なんとデリシア本人だった。


「お、奥様……」


 良い笑顔で佇むデリシアの姿に、キアラは何故かゾッとした物を感じた。


 自分とデリシアしかいない空間。


 なのに何故か誰かに見張られている。


 そんな気持ち悪さを感じたキアラだった。

 

こんにちは、いつも応援ありがとうございます。

ブクマ、評価、励みになっております。

夢子


新作投稿してます。

良かったら読んで頂けると嬉しいです。

家政婦ソフィアとエルフなご主人様

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