表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

メイドとデリシア

「あら、エラ、お仕着せが汚れているわよ」


 デリシアは自分付きとなったメイドのエラに声を掛ける。


 まだ十五歳のエラは仕事に不慣れ。

 本来ならば主人の妻となったデリシアに付けられるメイドではない。


 慣れない他国での生活に少しでも早く馴染めるようにと、歳の近いメイドを付けるべきだと判断したメイド長がデリシア付きにエラを大抜擢した。


 エラは仕事には不慣れで躓く事ばかりだが、メイド長が選ぶとあって人当たりが良い可愛い子だ。


 デリシアは元王女である。

 本来ならばメイドの中でも家格の高いものがつくべきだが、エラと過ごす時間は嫌ではない。


 エラもその事を理解しているのだろう、落ち着いた行動を心掛け、最初の頃に比べて表情をコロコロ変える事は無くなった。


 ただ王女であったデリシアの前では緊張してしまうのか、ここ最近凡ミスが多い。


 デリシアはまったく気にしていないが、エラは日に日に萎縮している気がする。


 ただでさえ新人に近いメイドが急に若奥様付きのメイドになったのだ。


 緊張が続く日々、多少の失敗は仕方がないのだが、真面目なエラはそうは思えないようで、今日の表情はいつもより暗いものだった。


「お、奥様、お見苦しくて申し訳ありません、すぐに着替えて参ります」


「あ、エラ、待って頂戴」


 余りにも様子の可笑しいエラを呼び止める。

 普段も確かに緊張はしているが、今日は顔色まで悪い。


 エラはデリシアに声を掛けられると、ビクッと肩を揺らし、背を向けたまま立ち止まる。


 まるで何かに怯えているのか、怖がっているようなそぶりだ。


「まあ、エラ、汚れているだけじゃなくって破れもあるじゃない……」


 明らかにおかしいエマの様子とお仕着せ。


 幼いながらも女性の勘が働いたデリシアにはすぐに事の事情が理解できた。


「エラ、メイド長の所へ一緒に行きましょうか」


「えっ……な、何故?」


「いいから、行きましょう」


 青くなり震えるエラに笑顔を向け「大丈夫よ」と安心する言葉を掛けると、デリシアはエラの手を引いていく。


 ここ数日ですっかり屋敷になれたデリシアは、エラを引っ張り屋敷内を迷うことなく進んでいく。


 まるで以前からこの屋敷を知っているかのようだが、デリシアがこの屋敷に足を踏み入れたのは結婚式の後が初めてだ。


 順調にメイド長の執務室にたどり着くと、デリシアは遠慮なく戸を叩く。


「メイド長、いるのでしょう? デリシアよ。少し話しがあるのだけど、いいかしら?」


「お、奥様? はい、少々お待ちくださいませ」


 デリシアの訪問に驚いたような声が聞こえた後、メイド長が執務室の扉を開けてくれた。


 デリシアはありがとうと礼を言い、メイド長の仕事部屋へと遠慮なく入って行く。


 手を引かれているエラも顔色の悪いまま部屋へと通される。


 当然顔でデスク前のソファへと腰かけたデリシアの前に、困惑気味のメイド長が立つ。


 エラはデリシアに手を掴まれたままなので、真っ青な顔でデリシアの横に座らされていた。


「メイド長、お話があるの、座って頂けるかしら」


「いえ、そんな、奥様の前でメイドが席に着くなど許されません」


 真面目顔でメイド長が答えれば、デリシアは幼い顔をほころばせ楽しそうに笑う。


 一瞬馬鹿にされているのかと思ったメイド長だったが、それは違うとすぐに気が付いた。


 目の前に座るデリシアの漆黒の瞳には優しさが溢れている。


 まるで家族にでも向けるかのような微笑みに、メイド長の警戒は絆された。


「ねえ、メイド長、お願いよ、座って頂戴。貴女が座らなければエラも恐縮してしまうでしょう。それに私は貴女と向き合って話がしたいのよ。ね、グレタ、お願いよ」


 自分の名を呼ぶデリシアに、メイド長のグレタは驚く。


 嫁いできたその日に自己紹介はしたが、まさか名を覚えられているとは思いもしなかった。


「グレタ、お願い」


 妹が姉か母にでも甘えるような声色で願われては、グレタも嫌とは言えない。


 それに主に三度も願われて断ることは不敬にもなる。


「畏まりました……」


 グレタはため息を飲み込みデリシアの前に腰を下ろす。

 

「ありがとう、グレタ」


 目の前のデリシアが礼を言い嬉しそうに微笑だことでグレタはまた驚いた。


 我儘で気分屋のお姫様。

 気に入らないことがあると癇癪をおこす。


 そう報告を受けていたグレタだったが、目の前にいる少女はとてもそんな人物には見えなかったからだ。







「シア、話があるのだが、この後私の執務室に来ていただいても宜しいだろうか?」


 朝食の席でグレンはそうデリシアに声を掛けた。


「ええ、勿論よ」


 夫に誘われ嬉しそうに答えるデリシアを見て、グレンの胸が少しだけ痛む。


 今日はデリシアに対し、少しきつい話をしなければならない。


 この屋敷の主人であり、名ばかりだがデリシアの夫であり、辺境伯であるグレンとしては当然の行為なのだが、まだ幼い少女の喜ぶ姿を見ていると、胸が痛むというのが本音だった。



 執務室に着くと、デリシアは慣れた様子でソファへと腰かける。


 フランが淹れたお茶を飲み、美味しいと言っては喜んで見せる。


「出来れば内密に話をしたいのだが」


 そんなグレンの願いにも余裕顔で応え、自身のメイドを下がらせる。


 この後デリシアにこれから話そうと思っている話を伝えたら、一体彼女の表情はどうなるのか。


 そう考えると今度は胃が痛みだした。


 メイドが下がり、フランが部屋の隅に行った事でグレンはデリシアと向き合った。


 リガーテ国の王族の証しである黒水晶のような瞳がグレンへと向けられる。


 グレンは幼い少女を前にし、心を鬼にして言葉を放った。


「シア、君がメイドを不当に扱い、解雇しようとしていると訴えがあったのだが……それは本当だろうか?」


 グレンの問いかけにデリシアは一瞬きょとんとした顔をする。


 その表情は年齢相応で、まだ子供だと思える仕草。


 その様子が問いたださなければならないグレンの胸に痛みを与える。


「不当解雇ですか? それは相手がどう捉えられているかに寄りますが、私がこの屋敷の女主人としてメイドに解雇を宣言したのは本当です。彼女は私のメイドに相応しくはありませんでしたので」


 悪びれる様子もなく不当解雇を認めるデリシア。


 屋敷内で自由にしていいとは言ったが、使用人の扱いについてまで関わっていいとは言っていない。


 彼女はグレンの妻になったが、ルヴィダ辺境伯家の女主人と認めたわけではない。


 デリシア本人の自由は認めたが、家の中を好きにしていいとは言っていないのだ。


 グレンは流石にムッとし、その表情を隠さなかった。


「私に何の相談もなくメイドを解雇するとはどういうことだろうか」


 威圧とまではいかないが、勝手な行動に対し怒りが湧いてしまう。


 けれどデリシアは悪びれた様子もなく、怖がることも無く、グレンを揶揄うようにクスリと笑った。


「あら? この屋敷内では自由にしていいと仰ったのは旦那様ではありませんか?」


 初夜の夜に見た挑戦的な表情でデリシアが問いかける。


 彼女のこういった仕草は嫌いではないが、ただ今のグレンには逆効果だった。


「貴女の自由は認めたが解雇は別だ。メイドの雇用に関しては私が責任を持っている。君が勝手をする事は許されない。君は私の本当の妻ではないのだからな」


「まあ、私付きのメイドですのに?」


「君付きのメイドであっても雇っているのはこの私だ。不当解雇は許されない」


「そうですか……分かりました。ではお好きになさってくださいませ」


 怒るグレンを怖がる様子もなく、デリシアは余裕顔で笑う。


 こんな時だからか十二歳の少女であることを忘れさせるほど、デリシアの表情はやはり大人びている。


(これが王族の貫禄か、幼くても中々やるものだ)


 感心するグレンに対しデリシアは笑みを消し、「後悔しても知りませんよ」とグレンを睨み返す。


「ハハハ、私が後悔するなどあり得ない」


 挑発的な態度を続けるデリシアに、初夜の日の反省を棚に上げグレンは大人の余裕を見せた態度でそう言い切ったのだった。

 

遅くなりました。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ