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2-24.回帰の夜 ダイダロス・タイター

 タイムリープの能力を手に入れた”元祝福者”ダイダロス・タイターが糸魚川駅に到着したのは19時を回ったころだった。

 ダイダロスがチェックしている凛悟のSNS。

 その投稿の最後は『糸魚川駅近くの展望台から夕陽をみまーす! サンセットロマンチック!! 夜にまた来てスターロマンチックの予定でーす!』というものだった。


 夜の展望台でイチャイチャでもするのか!? 自分たちの状況がわかっているのか!?

 ダイダロスはそう思ったが、それなら好都合とも思い展望台の近くに潜む。

 しかし、待てども待てどもふたりは来ない。

 もう帰ったか? それとも予定を変更したか?

 どちらでもいい、夜半過ぎまで待って、来ないようだったリープすればいい。

 そう考えていた彼の視界に見覚えのある車が映る。

 間違いない、あのふたりの車だ。

 車は展望台から少し距離を置いて停まり、そこから男が降りて展望台へと歩いていく。

 夜の闇ではっきりとは見えないが、左手の甲に数字のようなものがある。

 よし、”祝福者”だ、おそらく鈴成凛悟とかいうやつだろう。

 女の方はどうした? ひとりか? それとも車に潜んで何か企んでいるのか?

 まあいい、確かめればいいだけだ。

 潜んでいる植え込みからおもむろに立ちあがると、ダイダロスは何食わぬ顔で車に近づき、窓をコンコンと叩く。

 反応が無い。

 しかも車内は暗く、中にうっすらと人影があるくらいしかわからない。

 だが、予想通りだ。

 ダイダロスは懐から車の緊急脱出用ハンマーを取り出す。

 サイドガラスを割るのに特化したハンマーだ。


 ガシャ


 ダイダロスがハンマーをひと振りするだけでサイドガラスは粉々に砕け、車内が(あら)わになる。

 思った通りだ。

 ダイダロスの目に移ったのはひとりの女性。

 SNSで見た凛悟のパートナー、蜜子。

 ダイダロスが蜜子の左手を掴み捻り上げると、そこには11の数字。

 間違いない”祝福者”だ。

 このふたりが恋人なのか友人なのか、それとも”祝福ゲーム”の協力者なのか。

 ダイダロスにとってそんなことはどうでも良かった。

 ダイダロスが知りたいのはこのふたりのうち片方がピンチに陥った時、もう片方が”祝福”を使ってまで助けるかどうかだ。

 ダイダロスが凛悟の方を見ると、怒りの形相で近づいて来る男の姿があった。

 おお怖え、今にも俺をぶち殺しそうな勢いじゃないか。

 ほんの少しだけダイダロスは恐怖を覚えた。

 だから、やり直し(・・・・)することにした。


 ◇◇◇◇


 タイムリープの能力でダイダロスは再び茂みの中に戻る。

 割れたはずの車のサイドガラスは元に戻り、凛悟は何事も無かったかのように展望台へ向かっている。

 展望台といっても、さほど豪勢なものではない。

 歩道橋に毛が生えた程度のものだ。

 昼間ならその上からは美しい海が見えるだろう。

 だが、夜の海は黒く暗い。

 しかも、この季節の日本海は荒れ気味で波の音は大きい。

 会話の声など消してしまうほどに。


 まずは情に訴えてみるか。

 ダイダロスは小走りで凛悟へ駆け寄り、その前で膝を付いた。


「やっと見つけた! お願いだ! 俺を助けてくれ! 夢の中で死んで今も死んだ俺の妹を助けてくれ! 俺の名は……」

「ダイダロス・タイターだろ」

 

 ダイダロスの涙の訴えは凛悟の冷ややかな声で止められた。


「どうして俺の名を……」

「妹の名も知ってる。ティターニア・タイター。彼女は今も元気なはずだが?」


 なるほど、SNSで自分の居場所を晒すバカかと思っていたが、あれは誘いだったか。

 俺が情報屋からエゴルトのメールの宛先を仕入れたように、コイツも俺たち兄妹の情報を仕入れたか。

 ダイダロスは凛悟の評価を改め、それならもう少し試してやるかと再びタイムリープの能力を使った。


 ◇◇◇◇


「やっと見つけた! お願いだ! 俺の死んだ両親を生き返らせたい! 俺の名は……」

「ダイダロス・タイター。君の両親は蒸発して、生きているか死んでいるかもわからないはずじゃないか?」


 そこまで情報が漏れているか、ひょっとしたらあの情報屋から情報を買いでもしたか。

 まあいい、それならもっと情報を引き出すまでだ。

 そう思いながらダイダロスは再びリープを行う。


 ◇◇◇◇


「やっと見つけたお願いだ! 俺の死んだ友人を生き返らせるために協力してくれ! これは俺の仮説だが……」

「”祝福”がふたつあれば神の定めたルールを変えた上で生き返らせる願いが叶えられるかもしれないだろ」

 

 凛悟の返しにダイダロスは少し感心する。

 それはダイダロスが考えていたかなり都合の良いシナリオのひとつ。

 同時にふたつの”祝福”を消費させられるのだから。


「そ、そこまで考えているとはおみそれしました。俺はもう”祝福”を使ってしまいました。どうか貴方様とそこの素敵な恋人様の”祝福”で世界をお救い下さい。救世主(メシア)様」


 我ながらわざとらしい日本語だ。

 だが、その方が情に訴えられるかもしれないとダイダロスは考える。

 そして、少し期待する。

 この訴えに『YES』と言って欲しいと。

 ダイダロスは妹、ティターニアの願いを叶えるためなら何でもする。

 殺人だって(いと)わない覚悟を持っている。

 だが、犯罪行為を好むような悪人ではなかった。

 もし、ここで『Yes』と凛悟が言ったなら、このふたりの攻略は最後にしよう。

 残り3つの”祝福”になるまで他の”祝福者”を攻略し、彼らに死んだ人を生き返らせてもらった上で、最後の願いをティターニアに叶えさせよう。

 それがきっと、ティターニアも俺もみんなも幸せになるハッピーエンドだ。

 そう思うくらいには。

 

「お願いします。『YES』と言って下さい」


 この台詞はダイダロスの偽らざる真実であった。


「悪いがそれは出来ない。俺にはやるべきことがある」


 やっぱりダメだったか。

 所詮は俺も含め、己の願いを捨ててまで他人を救おうとするヤツなんていやしない。

 凛悟の返事にダイダロスは肩を落とすと、これからは実力行使だと意志を固めた。


「そうか、残念だ……」


 春の嵐で波の音は増々大きくなり、この決意の言葉が凛悟の耳に届いたかはダイダロスにはわからなかった。

 だが、次の言葉は確実に届ける勢いで彼は叫んだ。

 

「だったら! 無理にでもやってもらうしかねぇよなぁ!!」


 ナイフ一閃、凛悟の服がスパッと開き、そこから赤い染みが広がる。

 凛悟の顔が苦痛に歪み、腕を抑えながら展望台の階段へと走り出す。


「逃がしゃしねぇ!」


 凛悟を追ってダイダロスは階段を駆け上がり、デッキの上でふたりは対峙(たいじ)する。


「わりぃな、俺、嘘ついてたわ。友人を生き返らせたいなんて嘘。俺が最後のひとりになるためテメエを半殺しにする。狙いはわかるよな。テメェの”祝福”をテメエの身体を治すのに使わせるためさ」

 

 これも嘘。

 本当の目的はこの場を切り抜けるために凛悟に”祝福”を使わせ、それをタイムリープで無効にすること。

 ダイダロスはひっかかってくれよと思いながら左手の聖痕(スティグマ)を、今は残数のカウントにしかならないそれを凛悟へと見せつける。

 だが、凛悟の取った行動は彼の期待とも予想とも全く異なっていた。


「悪い。俺も嘘をついていた」


 凛悟は左手を上げると、その甲からペリペリと11という数字を剥がした。

 シール!? もう”祝福者”じゃない!?

 想定外の展開にダイダロスの身体が一瞬硬直する。

 凛悟はその隙を見逃さなかった。

 その隙は見逃されなかった。 

 凛悟のタックルによりダイダロスの身体は階段へと押し出され。


 パンッ


 ダイダロスは乾いた音と衝撃を感じ、見た。

 赤い鮮血が上がるのを。

 凛悟の肩から上がるのを。



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