2-25.覚悟の代償 鈴成凛悟
今しかないと思った。
ここしかないと思った。
覚悟を決めるしかないと思った。
全ては凛悟の予想通り、彼の持つ情報を統合して立てた計画の通りに事は進んでいた。
だが、覚悟していてもこれほどの痛みは彼の、凛悟の想定外だった。
いや、想像出来るはずもない。
銃で狙撃されたらどうなるか、そんな体験はこの日本ではまず手に入らないのだから。
凛悟の予想は見事なまでに的中していた。
エゴルトが”祝福”を奪い取るには”祝福者”が死ななくてはならない。
それも”祝福”を使うことなく。
簡単なようで難しい。
なぜなら、死の間際で”祝福”を使わせることなく殺さなくてはならないから。
考えられる方法としては、薬品で意識を失っている間に殺害、もしくは思考する一瞬すら与えずに狙撃で射殺。
凛悟はこの予想から狙撃にターゲットを絞って作戦を立てた。
彼がSNSで場所を特定させるような書き込みをして誘っていたのはダイダロスだけではない。
エゴルトが送り出すであろう暗殺者もだ。
この展望台に立てば間違いなく狙撃の対象になるだろう。
問題は誰が狙撃され、そのタイミングはいつになるかだ。
狙撃は通常ツーマンセルで行われる。
ひとりが状況を判断し、もうひとりが引き金を引く。
ならば、引き金を引きやすいタイミングを作り出してやればいい。
ターゲットを絞ってやればいい。
敵の目的は一撃で”祝福者”を始末すること。
凛悟の手の聖痕がシールだとわかればターゲットから外れる。
聖痕が偽物だとわかればダイダロスは動揺し思考し動きが止まる。
このタイミングに凛悟は賭けた。
賭けに勝った。
その身体を犠牲にして。
銃弾を受けた凛悟の腕はダランと力なく垂れ、流れる血は留まることを知らず階段を流れ落ちる。
凛悟は眩暈すら許さないほどの激しい痛みの中で自分を鼓舞する。
エゴルトが叶えた願いは彼に重要なことを示唆してくれた。
”ルールは変えられる”
”祝福者”が”祝福”を持ったまま命を落とせば、その”祝福”はランダムで別の人間に移る。
このルールが変えられたということは、『死んだ人間は生き返らない』というルールも変えられるということ。
それはつまり、自称”神”は、本当は人間を生き返らせることが出来るということだ。
可能性が確信に変わったのなら、彼が、自身と自分を信じる彼女との理想の結末に向かわない理由はない。
たとえ困難であっても、たとえ痛みを伴っても、たとえ、命を失ってでも。
だが、”祝福”は必要だ。
無駄撃ちさせるわけにはいかない。
だから凛悟はダイダロスを説得する必要があった。
「お前!? いったい!? どうして!?」
イタリアでは警察に申請すればハンドガンの所持は認められている。
マフィアの抗争にはアサルトライフルが使用されることだってある。
だから、ダイダロスは日本の一般人より知識があった。
これはスナイパーライフルによる狙撃だと。
「詳しく説明する暇はない。俺が言えることは俺たち”祝福者”は命を狙われている」
「誰にだ!?」
「エゴルト・エボルト、これは忠告だ。あいつに近づくな、信用するな」
息も荒く凛悟はダイダロスへと告げる。
「どうして俺を助けた?」
「お前にお願いがあって、だからそれを伝えるためにここに導いた。ギリギリのタイミングだったけどな」
そう言いながら凛悟は頭の中で何度も繰り返した台詞を思い出す。
「これは取引だ。お前にどうしても叶えたい目的があるのなら、そのために俺の身体を利用しろ。盾にでも囮にでも、何にでも使え」
「悪いが最初からそのつもりだ」
ダイダロスはもう立つ力も残っていない凛悟の身体を持ち上げ、そこに自分を隠すようにして階段を降りる。
「──だけど、もし、それが叶ったのなら。俺のお願いを聞いてくれ」
弱々しく息をしながら凛悟は言葉を続ける。
「もし、叶ったのなら……、この”祝福ゲーム”の最後の最後まで何もせず見届けていてくれ」
ダイダロスは凛悟の行動にある種の敬意を覚えていた。
自分が死ぬのは怖くない、死んでも問題ない。
何度でもやり直しが出来るのだから。
だが、嫌なことではあったし、凛悟の命掛けの忠告に感じる所がないほど非情ではなかった。
同時に『俺の目的が叶うのは残された”祝福”がティターニアのものだけになった時だけどな』とも考えていた。
だから、彼は言った、出来るものならこの言葉は守ってやろうと思いながら。
「いいぜ、叶ったらな」
凛悟の願いが、決して叶わぬ願いだという、ある種の哀愁を込めて。
そして、ふたりが階段の陰から半身を出した時。
2発目の銃声が鳴った。




