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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第四章
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未来の二人に(1)

「そうか……お手柄だったな」

 僕は鞆浦先生に、一部始終を話した。天文部は廃部となったので、地学講義室ではなく、クラスの教室だ。

 ちょうど進路希望の聞き取りも兼ねた個人面談が開始されたばかりだった。面談と言いながら、先生と2人では雑談になるのがいつもの流れだった。


「正直、廃部の前に何か成果――県内の発表会なりコンクールなりで小さな賞の一つでも、とは内心思っていたけど、一人の命を救ったんだ。文部科学大臣賞なんかよりよっぽど名誉さ。俺も自慢して回れないのが残念だけどな」

「いえ、良いんです。先生にそう言って貰えるだけで」


 先輩が自身の命を絶とうとしたことを知っているのは、僕と先輩の両親以外はごく僅かしかいない。これ以上余計な噂で振り回されるのは彼女も家族も御免だろう。鞆浦先生は先輩が運び込まれた詳細も知っている数少ない人だし、ここだけの秘密だ。

 ただ、失明した件は遠からず生徒含め学校関係者全員に明らかになる。先輩に登校の意志はあるものの、特別支援学校への転校の可能性も含めて、家族や学校関係者を交えて協議している段階だ。


「菊池は、もちろん藤崎とは離ればなれになりたくはないんだろう?」

「はい……」

 そうは言うものの、これからの彼女の生活を考えると、容易に引き留めできることではない。高校側も事態を聞いて困惑しているようで、現状では事故があっても責任をとることは困難、と先輩の家族に伝えたとのことだった。それを聞いて僕は怒りが沸いたが、鞆浦先生は少々ばつが悪そうな顔で話した。


「あまり悪く思わんでくれ。この高校だって、施設や備品は全盲者向けに対応してる訳じゃないからな。命に関わる事故が起きる可能性だってある。単純に面倒だから追い出したいって訳じゃないんだ」

「それは、そうかもしれませんけど」

 そうは言っても、体のいい厄介払いをしたいのではないか、とも思ってしまう。


「それに――こんな言い方をするのは問題かもしれないが、藤崎にとって何が幸せなのか、考えないといけない」

「同じく障害者が集まる学校の方が、本人にとって幸福ってことですか」

 確かに同じくハンディキャップを背負った同年代の仲間がいる環境の方が過ごしやすいのかもしれないが――


「いや、障害と共に生きるってのは単に日常生活を不便なく送れればいいってだけじゃない。将来設計のことも考えなきゃならないからな」

 将来設計――そう、先輩は進路選択を控えているのだ。 

「うちの嫁が役所の福祉課で働いてるから色々聞くんだが――視覚障害者は、障害者の中でも最も雇用環境が厳しいんだ」

 先生はどこかやりきれない表情で語った。


「身体障害者はスロープやエレベーターなど職場の初期投資は嵩むが、あとは基本的に健常者と変わらない。聴覚障害者は電話番こそできないが、それ以外はパソコンを使ってメールも経理もデザインも出来る。知的障害者も仕事さえ選べば、場合によっては健常者より高いパフォーマンスを発揮することがある」

 つまり、出来ることと出来ないことが明確に分かれているらしい。


「だが、視覚障害者は難しい。他の障害者と違って、あらゆることが少しずつ出来ないからだ。新人にまずあてがわれる接客や書類整理、配達も困難だし、現場の環境の変化にも弱い。だから企業側も雇用に二の足を踏むんだ」

 日常の生活だけではない。この先何十年と、日々仕事をして生活の糧を得ていかなければならないのだ。

 先輩の家柄からすれば、無理に働かずとも親元に身を寄せていれば食うに困ることはないだろう。だが、先輩がそんなことを是とする筈がない。


「かつては視覚障害者の就く職と言えば鍼灸師やマッサージ師にほぼ限られていた。現在でも多いみたいだな」

「先輩がマッサージ師……」

 全く想像が出来ない。いや、先輩なら案外顧客を癒やす力があって向いていたりするだろうか。テニス部で鍛えられているから割と力もあって――

「何だ。藤崎からマッサージを受ける想像でもしたか?」

「し、してません」

 実のところ少しばかり不埒な想像をしてしまったので、一瞬言葉に詰まった。


「まぁ真面目な話、最近は読み上げソフトも充実してきたから、取り巻く環境は格段に改善されてはきてるがな。全盲で難関大学に合格した人も出てきているし、医師や弁護士として一線級の活躍をしてる人もいる。それでも、人一倍、いや3倍4倍以上努力しないといけないだろう」

 先輩が努力家なのは疑いない。勉学もスポーツも高校随一だ。けれど、そんな彼女ですら絶望の淵に追い込まれるのが障害なのだ。


「もし高卒での就職を選択するのなら、特別支援学校の方が様々なコネクションもあるし、圧倒的に良いのは間違いない。藤崎自身がどう考えているかは分からないが……」

 図書室での会話を思い出す。先輩は西洋文学の専攻を進路希望に挙げていた。視覚障害者が文学研究――それは言うまでもなく、平坦な道のりではないだろう。


「先生……」

 僕は、先生に向き直った。心の中でずっと考えていたことが、ついに決意として収斂した。

「僕の進路――いえ、将来の夢が決まりました」

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