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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第三章
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EMOTION(5)

 玄関で別れを告げる。名残惜しかったが、ずっと引き留めていては両親が帰ってきて鉢合わせということになりかねないし、暗くなれば先輩の帰りが危険だ。


「先輩、帰り道――大丈夫ですか。何でしたら送りますが」

 ここから一番近いバス停は歩いて20分近くかかる。しかもベンチすら無い。

「大丈夫。透也くんは風邪ひいてるんだから家で安静にしてなきゃ」

「それはそうですが……」


 たかだか往復40分程度、どうってことはない――つもりではいるが、久しぶりの風邪だけにあまり自信はない。先輩に移してもいけないし、ここで見送る方が良いだろう。

「実はね、バスで辿り着く自信がなくて、タクシーで来たんだ」

「タクシーで……そんな。お金かかるでしょうに」

 僕は未だに一人でタクシーに乗った経験がない。先輩は自分のお小遣いでよく乗るのだろうか。


「気にしないの。アルくんの面会代だから」

 さらりという先輩に申し訳ないやら、ありがたいやら、僕は言葉に詰まってしまった。

「また近くでタクシー拾うか、来なかったら電話で呼んで帰るよ。だから心配しないで」

「分かり……ました」

 そう言われると返す言葉がない。


 しかし――今日が、2人でじっくり話が出来る最後の機会になってしまうのだろうか。 先輩曰く、アルの里親探しは継続してくれるらしい。だがそれも連絡はスマホを通じてになるだろう。

 あれこれ校内で噂が広まってしまったし、もう学校では面と向かって話すのも難しいかもしれない。


「最初に会ったとき……」

「ん?」

 前々から聞きたかったことを僕は尋ねた。

「先輩、彗星を見たがってましたよね。ほうき星の方の」

「あ、うん」

 結局、同音の水星の方を一緒に見に行ったのだけれど。今思うと、なかなか思い切ったことをやったものだ。


「彗星を見たかった理由、教えてもらってもいいですか」

「流れ星に3回願いを――って言うでしょ?流星より大きな彗星なら、もっと御利益あるかなってね。安直だったかな」

 御利益――それは彼女の目のことなのだろう。

 流星と彗星は全く異なる天体現象だ。だがそれを以て彼女が愚かだと言う気にはなれなかった。どれほど切実な想いが込められているか、今では知っている。


「天文部だと、夜中に流星とか観測するんだよね」

「はい。地べたに寝ころんで、空の1点を眺めて――流星群のシーズンで多いときは、1時間で数十個も見えるんですよ」

「いいなぁ楽しそう。私もしたかった」

 一瞬で消えていく流星に3回の願いを胸の内で唱えるなんてきわめて難しい。それでも今に伝わっているのは、希望を持ちたい人が今も昔も絶えないからだろう。


 だが先輩は――夜空から星が消えつつある彼女は、流星に願いを託したくても難しいのだ。その機会すら、奪われつつある。

「いいよ、そのことはもう気にしないで」

 先輩のいつもより深い微笑が、酷く物悲しい。胸を刺される思いがする。

 何とかしてあげたい。焦燥感ばかり込み上げる。


「それじゃあね。お大事に」

 帰り際の先輩は、普段よりも大きめに手を振っていた。


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