EMOTION(4)
「ごめんね……巻き込んで」
「いえ、そんな」
先輩に謝られる筋合いはない。勘違い、無理解、やっかみ――全てろくでもない他の生徒たちのせいだ。
「それから、謝らないといけないことがもう1つあって」
先輩が躊躇い気味に言葉を続ける。嫌な予感がした。
「天文部帰宅支部の活動は――もう出来そうにないの」
「えっ――」
申し訳なさそうに話す先輩の言葉が、僕には却って残酷に響いた。
「親がね、家庭教師つけるって言い出したの。しかも、ほぼ毎日」
確かに先輩は裕福な家庭だし、お付きの家庭教師がいても何も違和感はない。むしろ今までいなかったのかと思うくらいだ。
「去年部活やめてから、しばらくはなんとか誤魔化してたんだけど。もう受験が近いし、放課後ぶらぶらするくらいなら、さっさと家に帰ってきて勉強に集中しろって」
「さっさと帰れっていうのは――」
「うん。授業終わったら即帰宅。門限は17時だって」
日が暮れるのを待たずに帰宅を命じられたとなると、もう天文部帰宅支部の活動は出来ない。日没の時刻は日に日に長くなっていて、既に18時近いのだ。とても星が見える時間帯ではない。
「……でも先輩って、成績優秀らしいじゃないですか。独学でも大丈夫でしょう」
先輩に言っても仕方ないだろうに、ごねる様に僕は呟く。すると先輩は少々恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「実はね、最近結構落ち気味なの。家庭教師の件は、それがバレたってのもあるんだけどね」
落ちたといっても、彼女の元々の成績の高さを考えれば言うほど悪くなったとは思えない。だが、それを許さない厳しい家柄なのだろう。
「考え事することが多くなったせいもあるかな。集中できてないんだよ。ダメだね、私」
「ダメって――」
先輩は静かにアルを胸元から降ろした。アルは名残惜しそうに先輩を見上げている。
「勉強も部活も中途半端にしてさ。透也くんを自分の我が儘のせいで嫌な思いさせて」
「嫌な思いなんて、してません」
している訳ない。今の自分は確かに苛立っているが、それは先輩に対してではなく、先輩を取り巻く世界と己の無力に対するものだ。
「これからだと思ったんだけどね……短い間だったけど、勉強になったし、楽しかったよ――はい、これどうぞ」
そう言うと、先輩は鞄から包みを取り出した。青い包装紙に、金色のリボンでラッピングされている。
「学校で渡すつもりだったんだけど。まぁアルくんに会えたし、ね」
はっとした。そう今日は――
「アルくんを救ってくれて、そして綺麗な夜空へ案内してくれて、ありがとう」
胸が熱くなる。顔が火照る。喉につかえてうまく言葉が出てこない。それは決して、風邪をひいているからだけではなかった。
「ありがとう――ございます。こちらこそ……」
先輩の顔を直視できぬまま、僕はそれを受け取った。
今日が何の日だとか、義理だとか本命だとか、中身だとかどうでもいい。
面と向かって心のこもった贈り物をもらう。その行為が嬉しいのだ。僕はそれを初めて知った。




