呪詛と恨みの第7話
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穴があったら入りたいやり取りから数時間、朝を迎え司祭と合流するためにぺリウスさんの屋敷へと向かっていた。ちなみにペルアはぺリウスさんと一緒に過ごすらしい。
少し歩いてぺリウスさんの屋敷の前に到着した。周りを見回してみるがまだ司祭の人は来ていないようだ、別に待ち合わせした訳でも無いのでー!仕方ないのだが。
と考えていると遠くから馬車のような物が此方に見向かってくるのが見えた。
側面に何かの紋章のようなものが描かれた馬車は近くに来ると停止し、中から中年頃の男性が降りてきた。
男性は此方を見つけると何処と無く胡散臭い表情で、
「今回の調査に同行したいと願い出たのは貴女でしょうか?」
「はい、アルシアと言います」
「成る程アルシアさん。私はブレジウスから派遣されてきた司祭であるニゼール・トルカと申します。貴女は何故今回の件に関わろうと?」
「⋯⋯幾らかこのような事態に覚えがあるもので、何かわかるかな、と」
そう言うと司祭――ニゼールさんは
「ではその見識が役立つ事を祈りましょうか」
と、何処か刺というか嫌味を含んだ様子で言いつつ真っ直ぐ屋敷の方へ進んでいったので、此方もその背を追いかける。
そして屋敷の中へと入っていった。
自身を見つめる何かの視線を感じながら――。
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屋敷の中を歩くニゼールはアルシアの事を考えていた。
(やはり怪しいですねぇ)
ルードックが襲われたとの報告を聞き、知らない仲では無いため独自に調査したのだが、其処にあったのは停止した男達。
まるで時間が止まったように微動だにしない男達を拘束した後で急に動き出した男達が気になる事を言っていたのだ。
曰く、魔女が来た。と
何の冗談かと思ったものだが、帰還した後ブレジウスから「新たな魔女が誕生した」との報告を受け、男達はそれに遭遇したかもしれないのだと考えた。
賊の言う事を真に受ける必要は無いが、仮に真実であった場合取り返しのつかない事態に発展する可能性もある。
何せ魔女とは災厄そのもの。魔女と知らずに手を出してしまった結果、都市が大混乱に陥り、最悪の場合には都市が滅びたりするなど都市にとっては非常に頭の痛い存在になっている。
被害を受けた者達の中には魔女を滅ぼそうという動きもあったのだが、《メルカルスの惨劇》によってそうした動きも沈静化してしまっている。なんせ下手に喧嘩を売ってしまえば自分達の都市ごと皆殺しにされる可能性を見せつけられてしまったのだから。
そういったこともあって魔女は多くの人に恐るべき存在として認識されている。それは他の竜族などの単体性能で人間を大きく超える種族等も変わりない。
そんな魔女がこの都市にいる可能性があるというのだから、どうにかせねばならないと考えるのも自然だった。ましてやその魔女らしき人物が
少し話をした感じでは、普通の少女といった感じだった。軽く嫌味も言ってみたのだが特に気分を害している様子はない。
それに加えてぺリウスが助けられたというのだからあまり悪意があるタイプではないようだが、ふとした拍子で本性を表してくるかもしれない。
疑いすぎと言われるかもしれないが都市の安全を確実に守るためには必要な事なのだ。
とにかく今はアルシアを監視しながら、屋敷の件を解決しなければならない。
そう考え歩いているニゼールだったがあることに気づく。
後ろからの足音が聞こえてこないのだ。慌てて振り返るとそこには誰もいなかった。
「馬鹿な、一体どこへ?!」
狼狽するニゼールだが、その後ろから黒い染みのような何かが徐々に広がっていることに気づき、すぐに法術の発動の準備を始める。見ただけで理解した。これを表に出せば確実に大量の死者が出ると。
それは文字通りの視界を覆う程の呪詛の闇。生ある者全てを殺さんとする殺意の奔流。
止めなければならない。その一心で浄化の法術を発動させたニゼールだったが、その聖なる光は闇に触れた瞬間飲み込まれ何の意味も為さなかった。
「な」
何、というよりも早くニゼールは闇に飲み込まれて――。
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「ニゼールさん!」
目の前で何の前兆もなく唐突に消えたニゼールにアルシアは彼の名を呼ぶも返事はない。
アルシアがニゼールを探そうと足を踏み出した瞬間、床が崩れ落ちるように消失した。
アルシアが落ちていくと床は独りでに修復し、何事も無かったかのように元に戻った。
床に降り立つと其処にはまるで洞窟のような通路が続いており、その先には古びた扉があった。
その扉を開けると、其処は巨大な祭祀場となっており、その床には夥しい数の骸と血で出来た魔方陣のような物があった。
そして、その中心には一心不乱に祈りを捧げている男が1人。
「おぉ母よ。万象に広がる死の母よ。我が手に貴女の慈悲をお恵みください」
等といった事を延々と呟いている。
男の周囲には恐らく男に殺されたと思しき人達が血に濡れた白装束を纏って横たわっている。
「此処で何をしているのですか」
そうアルシアが問い掛けるが男は祈るのみで気付いた様子はない。
アルシアは埒があかないと考えて男に近寄る。すると男は血相を変えて
「何をしている下朗!?我が母への神聖なる儀式を邪魔するかァ!」
そう言う男にアルシアは聞いた。
「何故こんな所でこのような事を?貴方は此処で何をしているのですか?」
男はその言葉を聞いて先の剣幕がまるで嘘のように笑顔になり、
「知れた事です。我が母への貢ぎ物を用意しているのです。我が母は死その物。多くの命を与え私は母の寵愛を得るのです」
「⋯⋯貴方が殺した人達にも家族が居て、友がいます。貴方はその人達を殺して何も感じないのですか?」
それを聞いた男は笑顔のまま
「寧ろ喜ばしい事でしょう?全ての生命はいずれ我が母の下へと辿り着きます。つまらない苦しむだけの人生が終わり、母の下で永遠の充足を得るのです」
何が悪いのです。と言う男はさらに
「この都市に生きる者も皆同じ。つまらなく生き、つまらなく死ぬのであれば我が母の糧となる事で生に意味を持つ方が幸せでしょう」
先程の司祭のようにね、と言う男。
「⋯⋯先程の司祭とはニゼールさんの事ですか?」
男は詰まらない事を聞いた、と云わんばかりに
「名前など知りませんよ。所詮意味の無い命、覚える価値が何処にあると言うのです?」
「⋯⋯もう一度だけ聞きます。貴方は自分のした事がどういう事か理解しているのですか?」
「しつこいですね。意味の無い生に意味を与えてあげているだけですよ」
男は長く話しすぎました、と言って
「では貴方も我が母の下へ行き、その詰まらない生に意味を持つと良いでしょう」
そう言った男が祭祀場一面を覆い尽くす程の凄まじい量の呪詛
をアルシアに差し向けた。常人であれば恐らく視界に入っただけで発狂する呪詛を前にアルシアは、
「⋯⋯そうですか」
とだけ呟いた。
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