巨人と膠着の第8話
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男は唖然としていた。
唐突に現れた見知らぬ女を母の下へと送ってやろうとした。間違いなく呪詛は効果を発揮した。あの女はそれを食らった。
それは間違いない。
間違いない、はずなのに――!
「姉妹が関わっているというのは本当の事みたいですね」
女は変わらず其処にいた。
まるで意にも介さず呪詛を握り潰している。
理解不能、というのが今を表すのに最も最適な言葉だろう。この呪詛は男がこの地に住み着いてから数十年、一切の淀みなく集め、凝縮させた物だ。
人間ならば容易に殺し、竜が相手であっても著しく衰弱させる事は約束される程の死そのものと言える物だった。
それを明らかに人間の少女としか思えないような年齢の何かが触れても死なず、あまつさえ握り潰してすらいる。
潰された呪詛は宙に消え去り、体に纏わりついている筈の呪詛は何ら動きを阻害することなく消えるのを待つだけとなっている。
「何だ貴様⋯⋯! 何故生きている?!あの方から戴いた至高の御業が何故――!」
女が歩いてくる。
「簡単な話でしょう」
足が自然と後ろに下がり、逃げようとする。
「貴方はそれを扱える器ではありません。そもそも使い方を間違っていますし」
しかし、女との距離は開かない。当然だ、女も歩いているのだから。
「貴方はそれを呪詛を溜め込む為の器として使っていました。でもそれの本質は死に行く人を看取る為の物です」
死んでしまった人の想いを汲み取り、置いていった人達へせめて一言声を届けられるようにと創られた物です。と女は言う。
「でも貴方はそれを只怨念を溜め込み、生者を殺す物として仕立てあげた」
「我が母は死そのもの! 死者の願い等⋯⋯! そんな些事に手間をかける筈が無い!」
「貴方がやっているのはその死を汚すことでしょう。 直接頼まれた訳でも無いのに勝手に理解した気になって、貴方は自ら母と仰ぐ人を踏みにじった」
「理解した気になっているのは貴様だ! 貴様は母の声を聞いたわけでも、姿を見たわけでもない! 死を汚す? 世を死で溢れさせる事こそが死そのものである我が母の願いである!」
「確かに声を聞いた事はありませんし、姿を見たわけではありませんが貴方のしている事は彼女の意に反している事は知っています」
そう淡々と言う女に男は憤怒をぶちまけた。
「貴様如き俗物が母の意思を語るかァ!」
不敬、不遜、あらゆる侮辱をこの女はしている。ならば誅さねばならない。
先程までの躊躇いをかなぐり捨て男は女に呪詛ではなく、持っていた魔導器で魔術を発動させた。
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最初にラグリスと会った時に姉妹の事を聞いた事があった。戦いながらであった為、2人しか聞くことが出来なかったがそれでも印象的だったのを覚えている。
1人は上から5番目の命廻の魔女。
命の循環に関する部分を管理している魔女で、普段は《庭園》と呼ばれる場所で地上の命を見守っているらしい事。
象徴している概念だけに、魔女同士でも手を出す事は禁じられている事。
そしてもう1人は6番目の死導の魔女。
命廻の魔女とは双子であり、同じ場所で同時に生まれたらしい。
象徴しているのは死と霊であり、死んだ霊達を次の循環へ導く役目を持っている。
ラグリスが言うには彼女は死を司っているからこそ生を尊重しており、死は次の生までの通過点の様なものと考えているようだ。
⋯⋯そんな彼女が生あるものを悪戯に殺し、自分の為にと献上しようとする行為を是とするとは到底思えない。
そして、先程の呪詛擬きを受けて確信した。
あれは生者を呪う呪詛というよりは、生者と共に生きたかったという未練であり、それをあの男が憎悪という形に歪めていたという事を。
ならば殺された彼らの悪夢を止めないといけない。
迫り来る魔術を受けながら、何事も無かったように歩いていく。自身の時を圧縮している為、人が発動させる魔術では最早傷すらつかない。
男が何か叫びながら後退りしているが、魔術が煩くて聞き取りずらい。
そして遂に男を追い詰めた。
「貴方は彼らの願いを歪めていました。でも貴方の力では彼ら全員の意思を憎悪に傾ける事は出来ない筈」
言っては何だが、彼の力では精々1人2人の意思を歪めるのが精一杯だろう。彼が授かったのはあくまで意思を溜め込む器であり、器の中身である意思を歪める物ではない。
つまり彼らをを憎悪に傾ける程の何かが存在する。
「何を言っている⋯⋯! ⋯⋯? え、あ」
男は何かに気づくものの言葉すら発する事なく、男は唐突に眼から黒い涙を吹き出し、事切れた。
「何が⋯!?」
その場を飛び退いた瞬間、先程男が使っていた物とは比べ物にならない程の憎悪と悪意が籠った泥のような物が噴出し、男や他の骸を貪り喰っていく。
バリバリ、と何かを噛み砕くような不快な音が鳴り響く中、泥のような何かが徐々に形を成していく。
「⋯⋯これがこの事態の原因⋯⋯という事で良いんですかね?」
泥はどす黒い人型を成し、その全身の至るところに苦渋に満ちた表情の顔が埋め込まれている。
全長で10メートル程だろうか、下半身が泥のように崩れては形成されてを繰り返している。
「⋯⋯これは表には出せませんね」
こんなのが表に出てくれば確かにケルンは滅びるだろう。これは生命にとっての天敵と言っても良い。
「――――――!」
泥の巨人は絶叫したような音を出し、拳を振りかぶった。その顔(のような部分)は真っ直ぐ此方を見ている。
「それじゃ、やりますか!」
瞬時に理装を展開し、同じく拳で迎撃する。
ぶつかり合った拳は泥の巨人の方が砕け散り、しかし瞬時に再生しもう一度殴ってきた。
それを先程と同様に拳で殴り壊すが、一瞬で再生していく。
(殴るだけでは効果が無い、か)
単純な物理攻撃では憎悪という精神的な原動力で動く泥の巨人には効果が無いのだろう。
ならば理を使うしかない。
泥の巨人の時を停止させ、動きを止めるとそのままの状態で泥の巨人の時間だけを急速に加速させる。
大体二百年程経過させてから、停止を解除する。
泥の巨人は全身が錆びたようにガタガタと震えていたが、次には全身を自ら叩き割り、泥の状態となったまま此方に襲いかかってきた。
「凄い根性ですね!」
自身の時間を延伸させる事で加速させて泥を避けると泥はなんと空中で方向転換し、再び此方へ向かってきた。
(どうしますかね)
泥を完全に消滅させる方法が無いわけではない。それこそ泥の存在が生まれる前までに時を戻せばそれで終わりだ。
だがそれでは何も解決しない。
泥の巨人の核となっている人物は文字通り人を殺せる程の憎悪を持っている。その憎悪をどうにかしない限り根本的な解決とは言い難いだろう。
それに他の人達の意思も取り込まれているし、何より憎悪を憎悪のまま倒すのは気がむかない。
とはいえ、このままの状況が何時までも続くとは限らない。
「さて、どうしますかね」
戦いはもう少し長引きそうだ。
戦闘シーンって本当に難しいですね⋯⋯。




