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希望 2


 気味の悪い赤黒い雲が空を覆い、辺りには月や星の輝きは一切届かない。そんな街中の魔法で作られた光源が輝く。その光源の真下に居た沖はビルの上空を見つめながら小さく呟いた。


「やっと二時間たったのか、雨乃宮君達のメッセージのおかげで少し楽に戦えたね」


 彼らの前では複数体のゴーレムが、ある瞬間にばらばらと地面に崩れ出した。それは稼働限界を迎えたからだろう。


 とり囲んでいたゴーレムたちが崩れ出したのを見て、安堵の表情を浮かべた愛理とクリス。二人は早歩きで、沖の元へ寄ってくる。沖は空から視線を外すと近寄ってくる二人に話しかけた。


「どうやら二時間たったようだけど、この赤黒い雲を見るにまだ安心はできなそうだね。むしろ最悪が起こっていそうだ。雨乃宮君達大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ? 麗華とイリス、なによりあずちゃんが居るんだよ」


 いつものおちゃらけた雰囲気が一切ない愛理は、目を細め梓たちがいるであろう、サンシャインビルの方角に視線を向ける。

「俺も同意見だな」


 クリスは近くの壁に体を預けると目元に皺を寄せた。

「あれ、愛理もクリスも雨乃宮君の評価がずいぶん高いね?」

「あぁん? お前は梓の本気の魔法陣や無詠唱を見てないからだろ。正直俺は勝てる気がしねぇ」


 壁に寄りかかり肩をすくめるクリスに、沖は驚きながら言葉を返した。

「クリスがそこまで言うなんて珍しいね」


「あいつは魔法陣自体を凍らせて足場にして川を飛び越すんだぜ。しかも一般に一切復旧していない、多分オリジナルの魔法だ。そんなのを平然と無詠唱で使って魔力が減ったそぶりも見せねぇ。ついでにイリスもおかしい。そんな異常な技を見せた梓に対して『つまらない』とキッパリ言い切りやがった。確かに地味だが称賛されるべき魔法なはずなのに、だ」


 驚いていたのは俺だけだったよ、と言いながらクリスは苦笑した。

「確かに彼は力を隠しているそぶりは有ったね。何やら目立ちたくないようだったし」


「実力を隠すね……。そういえばあずちゃん和術も使えるとか言っておきながら西洋魔法ばっかり使っていたわね。もしかして本気を出すときは和術だから、普段は西洋魔法でごまかそうっていう算段なのかしら」


 冷たい表情で淡々と述べる愛理に沖は肩をすくめる。そして梓の事を思い出そうと頭の中にある記憶の引出しを開け放った。言われてみれば彼が和術を使った所をあまり見ていない。いや、使わせようにも彼自身が誘導して使わせなかったことだってあることを思い出していた。


「愛理の言うとおりなのかも知れないね」

「はぁそう言われるとどんどん納得できるわね。実はね麗華から聞いたんだけど、幻惑術の雨乃宮家って知ってる? 近衛家に劣らないほどの名家だったらしいわ。でも日本が開国したあたりに家が潰されたの」


 愛理は崩れたゴーレムの石の中からちょうどいい大きさの石を見つけるとそれに腰掛ける。

「知らないよ。って家が潰された?」


「何やらタブーをやらかしたらしいわよ? 今ではそんな問題でもないんだけど当時としてはヤバかったらしいわ」


 沖は考える。家が潰されるほどのタブーとは何なのだろうと。数百年前が禁忌で今はそれほどの問題ではないこと。沖は考えても答えは出ることはなく結局時間の無駄と思考を放棄した。


「はぁ、それで愛理は雨乃宮君がその雨乃宮家の血をひく者とでも言うのかい?」


「ええ、だって麗華はそれを断言していたわ。そもそも苗字も同じだしね。それに彼の強さを断定したのにはもうひとつ理由が有る。学校から外に出るにあたって、麗華たちは門から堂々と出てったわよね。あれよ。そもそも疑問だったのよ。あずちゃん達が自由に動けるかと言ったらそうでもないはずだから」


「ああ。愛理もそう思ったのか、それは僕も思ったよ」

「あん? どういうことだ?」


 クリスは目を細め、沖を見つめる。

「彼らが門を出れたのってシルバークラスだからだよね? ゴーレム退治をしろ、ってことで。でもよく考えてみてよ。シルバークラスっていまこのあたりで戦っている魔法師の中では最低のクラスになるよね」

「まぁそれ以外は学園で待機になっているからな」


「だったらさ、誰かの指揮下に入らないとおかしいんだよ。軍隊だってそうでしょ。上官の下に一般兵が居て、一般兵は上官の命令に従うしかない。魔法連盟も同じじゃないか。だったら上のクラス、この場合だとゴールドクラスの人に指揮権が有るはずだよね。シルバーは、ただただゴールドにしたがって命令をこなすだけだと思わないかい?」


「たしかに……な」

「ウチそれの回答を出せるわ。門を飛び越えた後に麗華がまるで狐に化かされたみたいにボケっとしていたわよね? 麗華があずちゃんをみつめながらポツリと言った言葉、私聞こえたの。聞き間違いじゃなく『ゴールド』って言ってたわ」


 クリスは表情を歪ませ、寄りかかっていた壁を蹴り一歩前に踏み出す。

「ん、おいっ。それって」

「ええ、多分クリスの思った通りよ。そのゴールドは間違いなくMSC(Magic Status Card)の色ね」


「そうか、そうだったのか。梓君は『シルバー』クラスなんかじゃない。もうすでに『ゴールド』クラスだったのか。この学校でも校長先生をはじめとした先生達でも数人しかもっていないゴールド。でもそれなら納得がいくね。彼らが自由に行動できた事に」


「チッ。なるほどな。たしかにシルバークラスだったら、どこかのゴールドクラスの人間の指揮下に入らなければならないが、梓がゴールドクラスなら関係ねぇな。むしろ指揮権をもってやがるのか」


「ええ、だからあずちゃん達は自由に行動できたのよ」

 クリスは後退し、再度壁に寄りかかり悪態をつく。


「クッソ、チームのリーダー決めの時いろいろほざいてやがったな。何が魔法の自信無いだよ。俺たちの二つ上、麗華とイリスの一つ上のランクじゃねぇか。つーかランクだけで見れば学園の中でトップじゃねぇか!」


「僕たちは見事に化かされたねぇ。雨乃宮君に」

 クリスは肩をすくめると大きく息を吐く。


「畜生。これはあれだな。『お金』持ってきたつもりが『葉っぱ』だったみたいな感じか?」

 クリスの言葉を聞いた沖は笑いながらそれを否定した。


「ははっ違うよクリス。ごまかされた、騙された事については当たっているけどね、『葉っぱ』と『お金』が逆だよ。いやもっと分かりやすく言えば『棍棒』だと思っていたものが実は…………『最高の剣』だったんだよ」


 不意に愛理が小さく息を吐いて立ち上がる。

「ん、おふたりさーん、ざんねんながら、休憩は終わりぃ」


 愛理はいつものように軽い口調で話しだすと、杖を持ち直した。

 オレンジ社の魔具を使ったゴーレムが崩れたとしても、まだ他の魔具を持ったゴーレムはさほど多くないとはいえ存在している。彼らの前に現れたのはそんなゴーレム達だった。


「ほんじゃぁま、もうひと踏ん張り行きますか」

 三人はゴーレムを睨みつけながら魔力を活性化させる。


-- 事件発生から 百二十五分経過 --


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