希望 3
「受けよ! 雷火」
ミズクはかんざしを軽く縦に振ると、かんざしの先から青白い光がジグザクに伸び、メフィストフェレスの周りをうろちょろしていた餓鬼に直撃した。その雷が直撃した瞬間、餓鬼どもの体に火が付き、暴れながらその場に倒れる。するとやがてその醜い体は淡い影となって大気中に溶け込んでいき、ついていた火も消えてしまった。
またイリスは威力こそミズクに及ばないものの、光槍を飛ばし周りの餓鬼を蹴散らし、数を減らす。そして二人のおかげで出来たメフィストフェレスへの道を梓は走り、ふたりが倒し損ねた餓鬼を一刀のもとに切り捨てながら前へ前へと進んだ。
そして梓がメフィストフェレスと五メートルの距離まで来たときだった。後ろから麗華の生み出した炎の刃がメフィストフェレスに飛んで行く。そしてメフィストフェレスが槍ではじいている隙に梓はメフィストフェレスの懐に入り、小狐丸をふるった。
メフィストフェレスは梓が来る事を読んでいたのだろう。梓が小狐丸を振りぬく前に、纏っていた蒼い炎が梓に襲いかかる。しかし梓はその炎に対して何もしなかった。なぜなら彼には必要なかったのだ。
メフィストフェレスの炎は梓を文字通り『突き抜けた』。
そして炎が付きぬけた梓の体は、一瞬ぶれたかと思うと細かい光の粒となってかき消えてしまった。
「妖狐の幻術に引っかかったね!」
いつの間にかメフィストフェレスの後ろに回り込んでいた梓は小狐丸をふるう。そしてその刃はメフィストフェレスの翼の片方を落とした。そして梓はすぐに後ろに飛びずさると小狐丸を構え直す。
翼をそぎ落とされたメフィストフェレスは甲高い声を上げた。そんな様子を見て心の中で『行ける!』と梓、麗華、イリスは思った。心の中に希望の光が見えたのだ。
このまま攻撃すれば押し切れる。
彼らはそう思っていた。しかしその希望はすぐに消えてしまった。
「ファック、ファック、ファック、ファックファァァァック!」
パラファウストはひび割れた声で叫ぶと、血走った目で梓を見つめる。
「おい、メフィストフェレス、何をもたもたしている。あいつらをぶち殺せぇ!」
「生贄……不足」
パラファウストはまるで物に当たる子供のように、奇声を発し駄々をこねながら杖を振り上げた。
「糞がっ。くそがくそがぁぁぁぁ!」
パラファウストの頭に浮かんでいるのは絶望だった。圧倒的な力を持つメフィストフェレスを召喚したと言うのに、雨乃宮梓が出して来たのはメフィストフェレスに匹敵するであろう妖怪、玉藻前だったからだ。
場は逆転した。流れは完全にあちらにあって、パラファウストに勝ち目はもう殆どない。
そうなればどうだろう? メフィストフェレスが倒されれば自分は即、捕まってしまう。終わり、それももう完全な終わりだ。パラファウストは考えて投げやりな結論を出した。
「ちっ、だったらせめてこのあたりのヤツだけでも巻き込んでやるか……」
思いつめた顔をしたパラファウストを見て梓は息をのむ。
「あいつ、まさか!」
梓はすぐに小狐丸を振り水の刃をパラファウストに飛ばしたものの、ソレは遅かった。
「メフィストフェレス! 生贄の数を増やすぞ。今度は俺のすべてだ。俺の体を、血を、魔力を、魂を、すべてをやる! それで東京を浄土にしろぉおおおお!」
メフィストフェレスはニヤリと笑うと手で梓の魔法を弾き、その手でパラファウストをつかむ。ミシミシと骨がきしむ音を立て、パラファウストからは甲高い悲鳴が漏れる。メフィストフェレスはピクピクと痙攣しているパラファウストをそのまま自分自身の胸に押し当てた。
「ひぃいいいいいいいぎゃああああああぁぁあぁあぁああ」
パラファウストは耳をふさぎたくなるような悲鳴を上げながら、メフィストフェレスの体にゆっくり飲み込まれていく。
左手から、左足、そして体半分。ついで頭が飲み込まれ、悲鳴が聞こえなくなると、右手、右足も飲みこんだ。
するとメフィストフェレスの体が一瞬膨張したかのように梓は感じた。しかしそれはある意味では間違っていなかった。見た目自体に全く変化はないが、メフィストフェレスから放たれる魔力が倍化したからだ。
「これはヤバいね」
「ほう、あの者の魔力は結構優秀だったのだろうぞ、一時的にじゃろうがメフィストフェレス本来の力が出せるようになっておるわ」
メフィストフェレスはあろうことか翼を再生させ、そのまま空中へ浮かびあがり足元に魔法陣を生み出す。そこからは、先ほどの餓鬼ではなく一段レベルの高い悪魔、トラの顔にグリフォンの体をしたガーゴイル達が生み出されていた。
次々と生み出されるガーゴイルを見た麗華とイリス。彼女達の顔には絶望が浮かんでいた。それも仕方がないだろう。一瞬の希望を見いだした後の、この現状なのだ。
梓は二人の様子を見て思案する。どうすれば二人を復活させられるだろうか? その問いは数秒で答えが出た。彼は頷く。二人が絶望に立たされている今、自分がこんな時こそ余裕を見せて二人を安心させねばならない。
その余裕を見せるためになにをしなければなら無いか。圧倒的力を見せつけることである。それは一番使いたくなかった奥の手であって、ミズクを隠す最大の理由でもあるアレを使うことでもあった。だけどもう梓は使うことにためらいは無かった。
梓はみんなに見せつけるように笑みを浮かべながら口を開く。
「でもあの程度か。ならいけるね。ミズク、憑依を頼む」
その瞬間イリスと麗華は驚きながら梓を見つめた。二人の頭には彼の発言があまりにも信じられなかった。梓は二人をちらりと見つめると、ミズクに視線を戻した。
「おお、覚悟はできとるんじゃな?」
梓が頷くのを見たミズクは、笑いながら魔法陣を足元に浮かべる。そして体を透明化させながらゆっくり梓に近づいていく。一歩、二歩、三歩。そして優しく体を重ねると砂糖を水に溶かすかのように梓の中に入り込み、その姿が消失する。
その瞬間、梓からすさまじい閃光が巻き起こる。
彼から放たれるすさまじい閃光から逃れるために、麗華とイリスは自身の腕で顔を隠し、硬く目を閉じる。
麗華達が目を閉じていたのは数秒ほどだった。その光は徐々に光が弱まっていったからだ。麗華は光が弱まるとおそるおそる目を開け、光の元凶、前に立っている梓を見つめる。
梓を見た麗華達は驚愕し、混乱した。そこにはつい先ほどまでは彼女達が知っている梓がいたはずだった。しかしそこに立っていたのは……梓であって、梓ではなかった。
麗華達が彼を彼なのかと疑問を持ったのは仕方ない事である。なぜなら、顔は梓その者であったが、それ以外の部分、体に異常が見られたからだ。耳が隠れる程度の長さだった黒髪は肩まですらりと伸びており、そしてその髪からひょっこりと二つの獣耳が顔をだしている。それだけではない、腰には尻尾まで生えていた。もちろんつい先ほどまでの梓は真人間なはずだった。だけど彼の体はまるで獣人へと変化してしまったかのようだった。
また梓から放たれる魔力も桁違いに上昇していた。普段の彼からは想像できないほど大きさ。以前の彼の魔力をバケツ一杯と例えるならば、今は湖のような魔力。人間として持ちうることができるのかと疑問を抱くほどの魔力。だが梓が先ほどした憑依という行為を考えるのであれば、その変化はまだ起こりえる事ではあるため、そこまでなら彼女達はなんとか納得できた。
しかし、それらを納得したとしても彼女達は彼を彼だと断言できなかった。彼が彼でない事に拍車をかけているのはそこではない別の部分だったから。
本来男性は胸が大きく成長しない。それにミズクが梓に憑依したとしても胸が成長することは、今まで憑依させた人を沢山見て来た麗華達であったが、そんな現象を見たこともないし、噂で聞いたことも無かった。
もちろん先ほどまで見ていた梓は男であって、胸に脂肪が無かった。そう、有るわけがない。しかしそれはもう過去形である。
「嘘……?」
「まさ、か。おん……な…………でしたの? 名前が女性らしいとは、思っていましたけども……体まで……」
胸に大きな脂肪を蓄えた梓は、泣きそうな表情で彼女達を見つめる。
「ちがうよ! 男だよ。自分はミズクの影響を強くうけちゃうから、こんな姿になったのぉ! 居るでしょそういう子! ほら憑依の影響受けやすい子。 自分だよ、自分ですよ、自分なんだよ! 自分は女じゃなぁぁぁぁーい!」
少しだけ声が高くなった梓の言葉を聞いて、イリスは何かを思い出したように声を上げた。
「女になる……。あっ! 梓思い出したわ。確かそれお湯をかけると元に戻るわ!」
その言葉を聞いた麗華は小さく肩を揺らし、やがてプッと噴出した。
「てええーちがう! 自分はカップラーメンでも女溺泉に落ちたわけでもないからっ! お湯を掛けても元には戻らないから!」
麗華は口元抑えながら二人に言う。
「ふふっ現実を見なさい二人とも。そのネタは古いですわ。最近の中高生が解ると思えませんわ」
「そうそう現実見ないと……ってそこ突っ込むんだ。そもそも知ってるんだ! いやさ、ね。突っ込んじゃった自分もアレだけどさ。ああ、もう!」
梓は魔力を体に循環させつつ、頭を掻くと真剣な表情で二人を見つめた。
「この状況でボケるってあれだよね。もう、二人とも余裕の表れなんだよね」
「梓って名前の勝利の女神が降臨しちゃったし、なんとなく勝てそうな気がしてきたわ。まぁ周りの雑魚悪魔どもは任せなさい」
「そうですわ、周りは任せてくださいまし。アナタはしっかりあいつにトドメを刺すように」
先ほどの顔と打って変わって笑ったまま表情を崩さない二人を見て、梓も思わず笑みが浮かぶ。彼は伸びた髪を後ろに流し邪魔そうに首を振ると、麗華がポケットから赤いファーの髪留めを取り出し梓に渡した。梓頷いて受け取ると、慣れた手つきで髪をまとめる。そして梓はふうと息を吐いて再度、二人の顔を見つめた。
「ははっ、皆良い顔! 頼もしいよ。うん」
『ほれ、アズ。そろそろ行かんか。相手はどんどん増殖しておろう』
そして彼は大きく深呼吸して一歩踏み出す。今の梓の体にはメフィストフェレスと同等、いやそれよりも大きな魔力が渦巻いていた。
「ミズクにも言われちゃったし……じゃぁ行こうか!」
梓は頼りになる二人の前に立ち、体中の魔力を循環させる。前方はパラファウストと混じり合ったメフィストフェレス、そして今なお増え続けるガーゴイル。
「行くよ! 此処からは本気だ」
著者作品『異世界奇想曲』と同じネタじゃね? と思うかもしれませんが、実はこっちを書いたのが先です。ネタのプロトタイプです。




