↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NOTE  作者: 諏訪貴信


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/43

噂〈創Ⅰ〉

「その記事にスキをしたら絶対にいけないんだって」という噂が流れてきたのが今年の夏だ。


最初は誰も信じていなかった。


「また怪談かよ」「インプレッション稼ぎだろ」

「こういうの好きなやついるよね」


そんなコメントがSNSには並んでいた。


問題の記事は、ごく普通のエッセイだった。タイトルは『夏の匂い』。作者名は空欄。プロフィール画像もなく、フォロー数はゼロ。投稿日時だけが「2026年7月7日 午前3時33分」と表示されている。


内容は驚くほど平凡だった。


子どもの頃に見た入道雲の話。風鈴の音の話。

亡くなった祖母が作ってくれた麦茶の話。


文章は少し古めかしく、どこか懐かしい。読んだ者はみな、「悪くない記事だった」と言う。


ただ、一つだけ奇妙な点があった。


この記事に「スキ」を押した人間が、次の日から記事を書けなくなるのだ。


最初は偶然だと思われていた。


ある人気クリエイターは、「何を書いても空っぽに感じる」と言い残して更新を止めた。別の作家は、「文章が頭の中から消えていく」と投稿し、そのままアカウントを削除した。


十人、二十人と増えていくうちに、誰かが気づいた。


彼らは皆、『夏の匂い』にスキを押していた。


「呪いの記事だ。」


そんな言葉が広まった。


けれど、人間というのは不思議なもので、「絶対に押してはいけない」と言われると、どうしても押したくなる。


僕もその一人だった。


その記事を見つけたのは、眠れない夜のことだ。


確かに懐かしい文章だった。


読み終える頃には、遠い昔の夏休みを思い出していた。蝉の声、汗ばんだ手、祖父の家の畳の匂い。忘れていたはずの記憶が次々と蘇ってくる。


気づけば僕の指は、「スキ」のボタンの上にあった。


やめておけ。


そんな声が頭のどこかで聞こえた気がした。


だが、僕は笑ってしまった。


たかがネットの怪談だ。


そして、ボタンを押した。


「ありがとうございました。」


画面の中央に、小さくそう表示された。


おかしい。


NOTEの「スキ」は、そんなメッセージだっただろうか。


違和感を覚えたのは一瞬だった。すぐに画面は元に戻り、何事もなかったように記事が表示されている。


僕はそのまま眠りについた。


翌朝、一つの記事を書こうと思った。


けれど、何も書けなかった。


書きたいことがないわけではない。


言葉だけが、出てこない。


頭の中には文章がある。なのに、キーボードに触れた瞬間、それが砂のように崩れて消えてしまうのだ。


三日後、僕はさらに奇妙なことに気づく。


『夏の匂い』の記事が、少しだけ変わっていた。


最後の一文が増えていたのである。


「三百七十四人目の夏を、ありがとう。」


そして、その下には見覚えのある文章が続いていた。


『文章を書くことが好きでした。』


それは昨日、僕が消してしまった下書きの冒頭だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。